超短編小説「老後は心配しなくていい」

夜長 明

未来相談センターへようこそ

 未来相談センターへようこそ。ここでは皆さんの『未来を知る権利』に基づき、将来の自分がどんな生活をしているのかをお教えすることができます。

「まずは、1年後」

 かしこまりました。

 ——観測完了。

 あなたは問題なく大学を卒業し、そこそこの会社に勤め始めるようです。

「そう。次は5年後」

 はい、かしこまりました。

 ——観測完了。

 あなたはどうやら先程とは別の職場にいるようです。転職時期を確認しますか?

「じゃあやって」

 はい、少しお待ちください。

 ——判明しました。転職したのは現在のあなたから見て4年後です。人間関係があまり良くなかったことが原因と考えられます。

「そう。転職はまあ、どうでもいいかな。結婚するのはいつ?」

 ——あなたが34歳の時です。お相手は同じ職場の方のようです。

「職場結婚か。いまそれを知るとなんか恥ずかしいな」

 自分の未来を知るということは、必ずしも良いことではないのですよ。分からないということには価値があります。

「へえ。なかなか趣深いことを言うね」

 私はそのようにプログラムされていますので。できるだけ人間味のある会話ができるようになっています。

「すごいな。じゃあ今度はもっと先のことをこうかな。そうだね、米寿べいじゅの僕はどうなってる?」



「そうだね、米寿の僕はどうなってる?」

 あえて88歳と言わず米寿と言ったのは、このシステムの語彙を検証する狙いがあったからだ。というのは半分嘘だ。これまでのやりとりの自然さを見るに、こいつは米寿くらい知っているだろうと僕は考えていた。

「——観測完了。あなたは88歳になっていません」

 その意味は明らかだった。

「え、嘘でしょ。最近の平均寿命は120歳だよ」

「はい。しかし今から約20年後に、私の正統進化型プログラムが開発され、自分の未来を無限に演算することができるようになります」

「それはすごい」

「そこであなたは将来起こりうるすべての未来を擬似的に体験し、これ以上ない満足感のもと、自ら命を絶ちます」

 どうやら88歳の僕は機械が見せる幻の中にしか存在しないらしい。それを知って、僕は安心した。おかげで自分の老後を心配しなくてもよくなった。さすが未来相談センターだな。

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超短編小説「老後は心配しなくていい」 夜長 明 @water_

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