四倉秘書は米寿祝いを探したい

水涸 木犀

Ⅴ 四倉秘書は米寿祝いを探したい [theme5:88歳]

 もう見慣れてきたエンドロールをスキップしてから、わたしはVRゴーグルを着け直した。


 わたしはわけあって、完成間近のVR乙女ゲーム「オフィスでの出会いは突然に」を職場でプレイしている。ゲームを楽しむためではなく、ちょっとした事故でログアウトできなくなってしまった経営企画部の伍代ごだいを安全にログアウトさせるのを目的として攻略を進めているので、プレイスタイルは速さ重視だ。

 攻略対象キャラクターは6人もいるので、予定していた2日でのクリアはさすがに無理だった。3日目にしてようやく、折り返しの4人目の攻略を始めるところだ。


「四人目は……ちょっと毛色を変えて、四倉よつくら秘書にしてみようかな」

 なるべく早く攻略すべきとはいえ、タイムを競っているわけではないし、少しでも飽きずにゲームを楽しみたいという思いもある。そこで、今回はすこし異色のキャラ攻略を目指すことにした。


 四倉秘書は、主人公――サツキと名付けている――の会社の社長秘書だ。現在の社長が就任したのと同時に秘書に抜擢され、以来ずっと現職である。社長からの信頼は厚く、社員たちも冠婚葬祭のアドバイスを求めるために度々声をかけている、という設定だ。


 ――うちの会社リアルにも社長秘書はいるけれど、女性だからな――

 男性の社長秘書は珍しい気もするが、だからこそ新鮮味があるというものだ。わたしはさっそく、四倉秘書の攻略にとりかかった。


 これまでの攻略キャラに比べ、四倉秘書は主人公サツキと仕事上の接点が薄い。上司と社長のアポ取りを仲介してもらったり、社長から上司への伝達事項を言伝されたり。そんなメッセンジャー的やり取りを何回か繰り返したのちに、外出イベントらしきものが発生した。


 主人公サツキが所属する開発部にやって来た四倉秘書は、懇意にしている取引先の会長への米寿祝いを買いに行きたいのだという。

『米寿祝い、というと一般的にはその字に因み、お米を贈るか無難にお花を贈るのですが。先方の会長は大変なお酒好きでして、うちの社長からは辛口の日本酒を贈るように承っております。しかし私は生憎と下戸でして。開発部とX社とは接点が深いでしょうから、どなたか私のお酒選びに付き合っていただけないでしょうか』

 上司の一ノ瀬部長――彼は1周目の攻略対象キャラだった――が、主人公サツキのほうを向く。

『お前、気分転換ついでに行ってきてくれないか?

 ①ぜひ、お供させてください ②わたしでよければ…… ③わたしも下戸なので遠慮します』


「この分岐、下戸の人は反射的に③を選びそうじゃない?」

「ああ。酒が飲めない人が選択しづらいルート分岐は、万人向けの乙女ゲームとしてはあまり相応しくないかもしれないな」

『シナリオ修正ですね……上司と相談してみます』


 わたしと伍代――私のすぐ横で攻略を眺めている――の突っ込みを受けて、ゲーム開発者の弥生やよいが開発者用ウィンドウに文字を打ち返してくる。一応わたしの攻略は、伍代のログアウトとその他のバグや不具合の確認を兼ねているので、気づいたことがあれば伝えるようにしている。このゲームが企画会議に出された段階で不備があった場合、経営管理部伍代に叩かれるのはわたしなのだ。手を抜くわけにはいかない。


 とはいえ、ゲームクリアも大事な目的だ。下戸が選択しにくい問題は一旦棚に上げて、わたしは②を選ぶ。

 今は、四倉秘書と一緒に外出する択を選ばなければならない。となると①か②だが、①だとちょっと演技がかっていてわざとらしいと感じた次第だ。

『わたしでよければ……お役に立てるかわかりませんが』

『ご謙遜を。会長は新しいものを好まれますから、若い方の感性が入った方が良いと思っていたところです。頼りにさせていただきますね』

 四倉秘書はそういって控えめな笑みを見せる。彼は主人公サツキと連れ立って、オフィスの外へと繰り出した。


   〇 〇 〇


 職場から少し歩いたところにある酒屋さんに、二人は入っていく。日本酒だけでなくワインやビール、それに栓抜きや徳利、ワイングラスなども数多く陳列されており、品種に疎い私は何が何だかわからない。とにかく、品ぞろえが豊富だということだけはわかる。


『いつも、アルコール類の贈り物を選ぶ際はこのお店にお世話になっているのです』

『①今回はワインやビールじゃないんですね ②徳利とっくりもおしゃれですね ③四倉さんはお酒を飲まれるんですか?』

「うん? ……どの選択肢がいいんだ?」


 雑談に近い選択肢が表示され、わたしは首を傾げる。

 どれを選んでも話が膨らみそうだが、個人的に③はあまり選びたくない。職業柄かもしれないが、四倉秘書はガードが堅い印象を受けるので、仕事中に個人的なことを聞くと好感度が下がる気がした。

 となると①と②で悩むものの、さきほど「米寿祝はお米を贈る」という話が出てきていたので、お米からつくられる日本酒をプレゼントすることになったのだと推測される。であれば①への返答は予想がつくので、②を選んでみることにした。


『徳利もおしゃれですね』

 主人公サツキが日本酒の並びに置かれた徳利を手に取ると、四倉秘書は微笑んだ。

『ええ。ここのお店は小物も気が利いた商品が多いのです。……米寿祝いの話になった際に、社長からは徳利やおちょこのアイデアも出ましたが、私は日本酒をお勧めしました。お年を召してなお日本酒がお好きな方であれば、ご自身でこだわりの徳利をお持ちでしょうから』

『なるほど。言われてみればそうですね』


 本心から納得して、わたしは素の答えを返した。確かに、年配の方であればあるほど、自分の好きなものは本人が買いそろえてしまっているだろう。であるならば、贈り物は形が残らないものの方がよいのかもしれない。


 四倉秘書の後ろに続く形で日本酒コーナーを進んでいくと、彼は端のほうで立ち止まった。

『この辺りが、辛口の日本酒コーナーですか。……思った通り、辛口だけでもかなりの種類がありますね。サツキさん、何か選ぶ基準になりそうなアイデアはお持ちですか。会長の情報が必要であれば、可能な限りお伝えはしますが』

『四倉秘書に何を尋ねますか?

 ①会長の誕生月 ②会長の好きな食べ物 ③会長の出身地』


「これ、乙女ゲームだよな? 秘書見習いが社長秘書を目指すゲームではないよな?」

『乙女ゲームです!』

 伍代と弥生がノリツッコミをしているが、わたしも今回ばかりは伍代に同意した。

 おそらく、プレゼントを選ぶうえで適切な選択肢を選ぶと好感度が上がるのだろうが、これはもはや恋愛うんぬんより“どれだけ秘書的な知識があるか”が問われている感がある。きちんとわが社現実世界の社長秘書に取材したのだろうなと感心はするが、乙女ゲームの選択肢としてどうかと言われると疑問だ。


 伍代のツッコミに持っていかれた意識をゲームに戻し、改めて選択肢を考える。

 いま選んでいるのが花なら、①もありだろう。誕生月に因んだ色や旬のお花を選ぶことができそうだ。しかしお酒ではちょっと想像できない。②の好きな食べ物も、一見するとよさそうだが「辛口・甘口」を選ぶときの判断基準になりやすい気がする。今回は「辛口」と既に決まっているので、ここから食べ物を聞いてもお酒の絞り込みは難しそうだ。であればと③を選ぶ。


『会長の出身地は、どちらでしょうか?』

『会長は新潟のご出身です。……米どころですから、日本酒の種類も豊富ですね』

『では、あえて新潟は外す、というのは如何でしょうか』

『というと?』

 わずかに首を傾げた四倉秘書に対し、主人公サツキは言葉を続ける。


『さきほど、四倉さんは“お年を召してなお日本酒がお好きな方であれば、ご自身でこだわりの徳利をお持ちだろう”とおっしゃいました。であるならば、同じ理由で出身地のお酒のことはよくご存じなのではないでしょうか。好き嫌いも既に決まっているかもしれません……もし、お好みの銘柄が不明であれば、あえて別の生産地のお酒を選んだ方が、外すおそれが少ないかと思います』


 自動文字送り機能で流れる主人公サツキの台詞を見て、これが正解の択だったらしい、とわたしは確信した。ひとつ前の選択肢を拾って回答している場合、その択は正解であることが多い。案の定、やや間をおいてから四倉秘書の身体がピンク色に光る。好感度アップのしるしだ。


『やはり、サツキさんにお手伝い頂いて正解でした。貴女のいうとおり、新潟のお酒は外して、なるべく飲んだことがなさそうな新しい銘柄のものを選びましょう。となると見栄えと予算を鑑みて……こちらにしましょうか』

 どうやら、無事適切なお酒を選ぶことができたようだ。ラッピングと配送の手続きを済ませた四倉秘書は、主人公サツキに向かって深く頭を下げた。


『お手伝いいただき、ありがとうございます。このお礼は今度必ず』

『そんな、大したことはしていないですし。四倉さんもお忙しいでしょうから』

『いえいえ。実を申しますと、米寿のお祝いの品としてお酒を選ぶのは、今回が初めてだったのです。サツキさんのご意見、非常に参考になりました。今後も、アドバイスを頂くことがあるかもしれません』

『私で、よろしければ……』

『ええ、是非。今後とも宜しくお願いします』


 無事好感度が上がり、買い出しイベントを進めることができた。言動がきっちりしていて「お堅い」印象の四倉秘書だが、意外と攻略難易度は低いかもしれない。

 ――堅物眼鏡伍代さんも、意外とチョロかったりして――

 そんなどうでもいいことを考えながら、わたしは場面転換を待つのだった。

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