アンドロイドは老人に優しくない
羽間慧
あたしはまだまだ若いもんね!
「おばあちゃん、誕生日おめでとう!」
受話器を取ると、聞き覚えのない声が聴こえた。あたしの誕生日は来月だから、間違い電話かもしれない。いや、詐欺の可能性も捨てきれないねぇ。
「おばあちゃん家に行けなくてごめんね。本当は直接米寿のお祝いをしたかったんだけど、有休がどうしても取れなくて。正月には顔を出せるはずだから、のんびり待っていてくれると嬉しいな。おせちはあまり高くないのを取り寄せといて。豪華じゃなくていいから」
「うんうん。それじゃあね」
あたしは電話を切った。朝五時だって言うのに、詐欺の人も大変だねぇ。いくら老人の朝が早いからって、電話をかける時間帯は常識の範囲内でお願いしたいね。
それにしても、高くないおせちを頼むとはどういうことだろう。値の張る商品を買わせようという魂胆じゃないのかね。
首を傾げていると、再び電話が鳴った。
「もしもし、良信だよ。さっき言い忘れていたんだけど、俺が送ったプレゼントどうだった? おとといには届いたみたいだから、早速使ってみたんじゃないかな」
「あんな小さな良信くんが、プレゼントを送ってくれるようになったのかい。ばあちゃんは嬉しくて涙が出そうだ。後で電話するから、会社に行っといで」
孫の声も分からなくなるなんて、あたしはなんて酷いばあちゃんなんだろう。しかも、良信くんからのプレゼントを何日も外に放置しておくなんて。配達員が宅配ボックスに入れているから盗難の心配はないけれど、家にこもっていることがバレてしまう。
あたしは大慌てで通話を終わらせた。
玄関までドタドタと走り、荷物を運び込む。ホームベーカリーのような大きさの箱だ。割れ物や取り扱い注意などの記述はない。
「何が入っているのかしら」
ダンボールのテープを剥がし、あたしはドキドキしながら開けた。梱包材を取った瞬間、びっくりして腰が抜けちまったよ。
時代劇で、敵の首を取る場面を見たことはある。
もちろん本物の首じゃないことは分かっているんだけど、本能的に気分が悪くなってしまう。それと同じ気持ちになった。だって、明らかに人の頭部だもの。ビニールに包まれている黒髪は、成人女性のものに見える。
まさか、うちの孫が殺人を……?
震える手でビニールを引っ張ると、あたしの背と同じくらいの人形が出てきた。
なんだ、体育座りで梱包されていたのか。生首だと勘違いしてしまったよ。心臓に悪いプレゼントだねぇ。
あたしは人形をじゅうたんの上に座らせた。肩にかかる髪に、ぽってりとした唇。正面から見ると、人形の印象が変わった。
「若いときの良教さんにそっくり」
スーツと眼鏡を着けさせたら、亡き夫の面影が濃くなりそうだ。泣きぼくろの位置まで似ているなんてずるい。
人形と目線を合わせることが気まずくなり、あたしはダンボールの中を漁った。底にあったものは、介護アンドロイド取り扱い説明書。分厚い冊子に読む気が失せる。
説明書なんて読まなくても、今まで何とかやって来れたんだ。ボタンを押せば、ちょちょいのちょいよ。
あたしがアンドロイドの耳飾りを押すと、機械音が響いた。
『出荷時に充電は完了しております。これから照子様の身の回りを整えさせていただきます。初期名は金森ですが、呼びやすい名前でお呼びくださいませ』
「こちらこそ、よろしく頼むよ。それにしても随分と丁寧な挨拶だね。こんな年寄り相手だ。砕けた表現でも構わないよ」
金森さんの流暢な話し方に感心した。技術は進歩したものだねぇ。一般家庭にアンドロイドがやってくるなんて、すごいことだよ。
『ではお言葉に甘えて』
金森さんは微笑んだ。子どものように可愛らしい表情に癒される。
『照子様のクローゼットから、お似合いのコーデを選んで参ります。そのクソダサい格好で誕生日を過ごすおつもりなら、全力でお止めいたしますよ』
「まぁ、コーデを選んでくれるのはありがたいわね。クローゼットはこっちよ」
あたしは金森さんに案内するために立ち上がった。毎日の服選び、意外とおっくうなのよねぇ。良教さんが亡くなってからは、一日中パジャマでいることも増えてしまったもの。金森さんが考えてくれると助かるわぁ。
上機嫌になってから、小さな違和感に気付いた。
「クソダサいって言ったのは、気のせいかしらねぇ」
『事実ですから。大人の魅力かっこ笑。オシャレな要素が皆目見当もつきません。そのような状態に目をつぶり、不要なお世辞を申し上げては失礼でしょう?』
金森さんは目を伏せた。自分の失言を撤回するつもりはないらしい。
「あんたの目は節穴か!」
あたしは力の限り叫んだ。
身につけているのはパジャマではない。美しく歳を重ねた女性にふさわしいコーデだ。
ちりめん生地で作られたズボンは、ドレープに惹かれて三本まとめて購入したものだ。蒸れにくい素材で、ウエストがゴムになっていることもシニア層に嬉しいアイテムだった。今日は落ち着いた雰囲気に仕上げたかったため、こげ茶色に決めた。グレーのニットと喧嘩しない色合いだと思ったのに、ひどい言われようだ。
『かがんでも背中が見えないパンツを選ばれているのは致し方ないことでしょう。腰を曲げるお年頃ですからね。しかしながら、ババアがババアの服を選ぶとは愚の骨頂。くすんだ肌がますます暗く見えてしまいます』
な、なんだって!
お風呂上がりにスキンケアをしているのに。くすんだ肌だと?
『左様でございます。顔周りにパステルカラーを持ってくれば、華やかな印象になると思います。まぁ、照子様はかなり頑固な性格をされていますから、聞き入れてくださらないでしょうが。大丈夫です。想定済みですので』
「砕けた表現でもいいとは言ったが、単なる悪口じゃないかね。どこが介護アンドロイドなんだ」
『このやりとりも介護の一環です。介護職の方々と比べ、対応に大差が生まれているのは事実ですが。わたくしはアンドロイド。犬の鳴き声をご所望とあらば、ポメラニアンモードに切り替えます。駄犬と罵ってくださっても構いません。心ゆくまで罵倒なさってください。はっはっは。くうーん』
そういうことじゃないんだよ。あたしが言いたかったのは……あたしが言おうとしたのはね……。
金森さんがわーわー言うから忘れちまったじゃないか!
『照子様の記憶力の衰えが心配です。購入者の良信様も、照子様の心身を案じておられました』
金森さんはあたしの手を取った。忘れていた頬の火照り、高まる鼓動がうるさく響く。
『米寿を迎えられましたこと、心よりお慶び申し上げます。 これからも、健やかでいらっしゃいますようお祈りいたしております。転倒されないよう日々サポートしますので、トイレも安心して身を委ねられてください』
「トイレって、トイレ介助のことかしら。アンドロイド相手とは言え、花も恥じらう乙女なのよ」
かくん。
金森さんは大きく首を振った。
『ベージュの薔薇柄ショーツは、女を捨てた証拠では』
「そんなことないわい!」
まったく、失礼極まりないアンドロイドじゃ!
けばけばしい薔薇柄じゃなくて同系色の刺繍だ。色気はまだ失われておらん!
老人の神経を逆撫でする言葉ばかり言いおって。あたしは金森さんの頬をつねった。
朝から疲れを感じるものの、心は昨日よりも晴れやかだった。
アンドロイドは老人に優しくない 羽間慧 @hazamakei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます