走ること。それは――元気の証。

くすのきさくら

おしゃべりタイム

3月下旬。もうすぐ桜の開花の便りが届きそうなポカポカとした昼下がりの事。

私は、買い物のために実家から駅へと向かっていた。

少し前までは雪がチラついたりと、いつもの冬に比べて寒い日が多かったのだが……急に春がやって来たという感じだ。日差しがあるところでは暑いくらいだ。


駅へと向かう途中の公園では、小さな子供たちが遊具で遊んでいたり。ベンチではママ友だろうか?おしゃべりに花が咲いている様子がある。その奥では――グランドゴルフ?ゲートボール?だろうかを楽しんでいるおじいちゃんおばあちゃんの姿も。

私はそんな様子を横目に見つつ駅へと向かった。


そうそう今私の居るところは――田舎だ。都会なら、電車の時間を気にせずとも次々と電車が来るというところもあるだろうが――再度言うが。田舎である。

電車は1時間に1本だ。もしかしたらこれでも多いと思う地域の人が居るかもしれないが――とにかく。少ないのだ。

私は今、春休みということで、実家に帰ってきているのだが普段は次々と電車が来るのが当たり前の都市部に住んでいるので――実家に居ると――とても不便に感じる。


両親などはずっとこの地域に居るからか。これが普通。という感じで過ごしているみたいだが……一度便利な生活を知った私は――改めて不便な土地だ。と実感していた。


そんなことを思いつつ。駅へと私は到着した。

駅へとやって来ると電車がゆっくりと動いている音が聞こえてきた。これはこの駅ではあたりでいつもの音だ。

――えっ?1時間に1本の駅じゃないのかって?いや、この駅はお客さんが乗れる電車が基本1時間に1本だけでね。この駅には車両の車庫があるので常に電車の走行音は聞こえる駅である。


って、私は駅に来てからとあるミスに気が付いた。


「—―あっ、今日……平日だった」


休みというのは怖い。曜日感覚が――というやつである。そういえば今日は平日だった。普段は土日にしか買い物などは行かないので――普通に今日は休日ダイヤと思っていた私だった。


この駅は平日、休日では微妙に電車の時刻が違うので――。


「次の電車……30分後だ」


私はそんなことをつぶやきつつ。誰も居ない駅のホームへと向かった。そしてベンチに座り――スマホでもいじりながらぼーっとする事にした。

今から家に戻って――という時間もなかったので、駅で30分待つことを選んだのだった。

まあ寒くはないし。ちょっと風もあり。ポカポカ陽気で悪くはないのだが――無駄な時間だな。と私は思いつつスマホをいじる。


少しスマホをいじっていて、あー、気持ちいい風。眠くなりそう。などと思っていると――。


「明日は長距離移動なんだよな。足回り大丈夫かなー」

「私は今からだね。早く行きたいよ」


ふと私の耳にそんな声が届いてきた。誰かが話しているみたいだ。声は――おじいちゃんおばあちゃん?という感じだった。


「俺最近出番が無いんだけど――」


あっ、若い?声も聞こえてきた。


「そういう日もあるだろ?」

「お疲れー。今日は朝から子供たちが元気だったよ」


また別の声が増えた。今度は若い?女性?だろうか。老若男女問わずいろいろな人が集まっているらしい。

私の視線の中には――人の姿は見えない。見えているのは――目の前にある電車の車両基地に並んでいる車両だけだ。なので……もしかしたら駅の裏などに駐車場があったと思うので――そこで誰かが話しているのかもしれない。今駅はゆっくりと走っていた電車も止まり静かなので声が聞こえてきているみたいだ。


などと私が思っていると――さらに話し声が聞こえてきた。盗み聞き。ではないが――勝手に聞こえてきているので――私はちょっと暇つぶしにどんな話をしているのか聞いていると――。


「にしても、足回りがもうボロボロでね。長距離は大変なんだよ。ちゃんと見てもらわないとな」

「じゃあ世代交代だな」

「それは譲れんな」

「なんでさー。そろそろ新しくしないと」

「まだまだ走るんだよ」

「お客さん喜ばせるためには新しい僕が。でしょ」

「若いのはまだまだじゃ」


――何の話かな?足回り?足腰の事かな?あと、長距離――世代交代?もしかして。陸上競技?マラソン?そういうグループ?の人が近くに居るのかな?お客さんを喜ばせる。みたいな事も聞こえていたから――お客さん――観客の人の事だとすると――やっぱり、陸上競技?マラソンとかかな?私がそんなことを思いつつ考えていると。


「朝から小さな子が張り付いててね。こけないか心配だったよ」

「低い位置の手すりもいるんじゃない?」


別の女性?の声がまた聞こえてきた。手すり?観客席の事かな?と私が考えたりしている間も話はどんどん聞こえてきた。


「予算が無いかなー。どっかの新しいやつにお金使いこんだみたいだし」

「ちょ、なんか勝手に俺の悪口言ってないか?聞こえてるぞ?」

「全然活躍してないくせに」

「仕方ないだろ。お呼びがかからないんだから。でもそのうち大活躍するよ」

「他の子はいつも満員なのにねー。ちなみに私もさっきは満員。キミはいつ大活躍するんだろうね?」

「くそー、早く声かかれー。準備は出来てるんだよ。お偉いさん!」


女性たちの会話に先ほどの男性?が混じった。って――お金やら――活躍やら……ホントどんな集まりなんだろう?でもやっぱり陸上関係?ランナーさんたちかな?お金って賞金?の事だよね?あれでも――満員……?あっ、競技場とかかな?競技場を満員に――ってえっ?実はすごいランナーさんたちが近くに居る?


でも、やっぱり私の近くに人影は無いんだよね。駅のホームも人居ないし。やっぱり視界に入るのは――この路線で普通電車とかによく使われている電車複数とこの駅には無縁の特急で使われている車両。あと、あれは何だろう?見たことないかな?新しい車両?うん。私そういうのは詳しくないからな。わかんないや。ってホントどこで話しているんだろう?と私が思っていると――また声が聞こえてきた。


「若いの少しは静かにしろ。騒がしいから呼ばれないんだよ。静かな時間を求めるお客さんもいるんだからな」

「爺さんの方が爆音だと思うけど――」

「若いのにとやかく言われる筋合いはないな。ここの最高齢は私だ」

「あれ?私の方が上でしょ?」

「えっ?婆さん何年目じゃった?」

「48」

「……」

「爺さんが黙ったぞー」

「おじいちゃんは46だっけ?」

「……」

「ふふふー」

「爺さん2番目だな」

「黙れ若いの―。働いてないくせに」

「今は呼ばれないだけだって!ってずっと止まってるわけじゃないからな!?」

「とにかくじゃ。ここの最高齢は――婆さんだが。わしもほぼ同じなんじゃ」

「いや――2番目でしょ。爺さんは」

「2番目だね」

「うん」

「ほほほー。さあ、私はそろそろ走る準備をしないとね。爺さん以上に長距離の予定だからね」

「いってらっしゃーい」

「気を付けてねー」


――あれ?爆音?走るのに爆音?うん?足音?なわけないよね――って、48歳?46歳?の人が走っている――長距離を?その中には若い?感じの人も交じっていて――同じところで――活躍中?えっ。もしかしてホントにすごい人居るんじゃないの?なんでこんな田舎の駅に?って――でも46や48でおじいちゃんおばあちゃんと呼ばれている――?などと私が考えつつ周りを真面目に確認しようとした時。


「—―コホン。先ほどから皆さん。賑やか過ぎますよ」


落ち着いた声が話の輪に加わった。って、すると私の近くに止まっていた電車が動きだした。が、話し声はちゃんと聞こえてきた。


「あっ、久しぶりに声聞いたー。生きてたんだ」

「—―勝手に殺さないでください。ちゃんと居ますし。今も働いています。各所の手入れでこっちは大変なんですから。おしゃべりに入っている暇がないんですよ」

「ずっとここに居るだけなのに大変だねー。って突然参加してきたね。どうしたの?」


誰だろう?なんか上?の方から新しい声が――って上!?屋根しかないんだけど?この駅――2階あったっけ!?と私が思っている間も会話は勝手に進んでいた。


「コホン。最高齢の事でなんやかんやと言っているみたいですが」

「言ってるね。おじいちゃんとそいつが揉めてるね。おばあちゃんは元気に今出て行ったよ」

「ここに止まっている場合は、私が最高齢ですよ?88ですからね」

「「「—―」」」


あっ、静かになった――って、ちょっと待って?88で――この会話に入ってきた人が居るってことは、88歳の選手!?えっ!?何この集まり。ってかこの人イケメンボイス。と、私が思っていると。


「コホン。皆さんはまだまだ落ち着きが足りないみたいですね。あっ、お客さんそろそろですよ。そこに座っている方」

「—―—―えっ?」


上から聞こえてきているイケメンボイスのおじいちゃんの声が――何故か私の方に向いている気がした。


「もうすぐ、駅の人が起こしに来ますよ」

「—―—―—―はい?」


あれ?何?どういうこと?と私が思っていると――。


――――。


「—―さん。お客さん?」

「—―—―ふぇ?」


私は声をかけられてハッとした。

あれ?私何してるんだろう?えっと――と思っていると。鉄道会社の制服を着た男性と目が合った――ってそうだ、私電車待ってたんだ。と私が思い出すと同時に。


「まもなく電車発車しますよ?」


制服を着た男性がそう言いながら私の座っていた場所から少し離れたところに止まっている2両編成の電車を指差した。


「—―えっ……あっ!?すみません。ありがとうございます」


私は荷物を慌てて持って――電車へと飛び乗ったのだった。


「あれー?私――今誰かと話していた……いや、話しかけられていたような――」


そんなことを思っていると発車ベルが鳴り。電車が動き出した。

あれ?と思いつつふと私は車内のつり革広告に目がとまった。


『――駅開業88周年記念切符発売中』


そんな文字が目に飛び込んできたのだった。



(おわり)

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