五斗米道 ~俵を担いだマッチョマンの老賢者は、米の力で魔獣を倒す!~
雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞
第1話 思し召しより炊けた飯! 米の飯と女は白いほどよい! 米俵、背負った老賢者!
森の中を、息も荒く、
数日前、王国は魔王によって破壊され、王城は
国王も兄である王子達も根絶やしにされ、命からがら逃げ延びたムスビも、いままさに魔王の配下によって追い詰められようとしていた。
背後で膨れ上がる殺意。
必死で踏み出した足が、木の根に取られ「あっ」というまに転倒する。
森を掻き分けて、全長五メートルはあろうかという魔獣――コカトリスが姿を現したのだ。
その討伐には、軍隊が必要とまで呼ばれる強壮なる魔物。
雄鶏と蛇を掛け合わせたような、醜悪な外見の魔獣は高らかに吠え立て、赤い魔眼を
「もはや、これまでなのでしょうか……?」
姫の眉根がハの字に曲がり、宝石のような瞳から大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちる。
絶体絶命。
このまま、喉笛を食いちぎられて死ぬのだと、彼女は覚悟して。
「いいえ、それでも王族として、私は生きるのです!」
一矢報いるべく、落ちていた棒きれを震える手で構えたときだった。
「やあ! やあ! やあ! 三度の飯も
突然の大声に、コカトリスでさえ驚いて顔を上げる。
ムスビも振り返って、それを見て、ぽかーんと口を開くことになった。
「
吐き出される言葉は意味不明。
それ以上に姫が理解を拒絶したのは、〝救い主〟の姿が異端極まりなかったからだ。
いや、それはまだ、百歩譲ってよい。
問題は何故か、老爺が
「な、何者ですかっ」
姫にしてみれば、警戒すべき相手が増えたというのが本当のところだった。
ヤバいやつだなと思ったし、このヤバさは魔王に匹敵するのじゃあないかとも思ったが、それでも
「……誰だか
「
「はい? いまなんと?」
「しかし、その態度は気に入った。
「だから、なんと言いましたか!?」
『――――!』
不毛なやりとりを重ねる二人にしびれを切らしたのか、魔獣コカトリスが咆哮する。
姫の全身に鳥肌が立つ。
その雄叫びはあらゆる生物を恐怖させ、聞くだけで寿命を縮めるのだ。
『――――!』
コカトリスが、いつでも殺せる姫から視線を切り、老人へと狙いを定め、大きく踏み込んだ。
ふるわれるのは大木ほどもあるくちばし!
もしも命中すれば、
これから繰り広げられるだろう惨劇を予想して、姫は堅く目をつぶった。
だが、予想に反して聞こえてきたのは、コカトリスの
「なっ」
恐る恐る目を開けて、姫は絶句する。
コカトリスのくちばしを、老人は受け止めていたのである。
――しかも俵で!
それだけではない。
老人はジリジリと魔獣の
「
『――――ッ!?』
振り抜かれた拳が、魔獣の顎をかち上げる。
一歩後退するコカトリス。
老人はその隙を逃さず、俵を魔獣へと向ける。
白い
大波小波、どんぶらこ。
俵から無尽蔵に吹き出すのは、当然ながら、小さな小さな米粒たち。
それが白い大津波となり、あっという間にコカトリスの巨体を押し流していく。
悲鳴を上げる魔獣を横目に、老人は
「はっはっは! 生まれ出でてから八十八年!
「米魔法!?」
思わず復唱してしまうムスビ。
その間にも、米俵からは米粒が溢れ続け、コカトリスを埋め立てていく。
「この俵の内容量は、平常時八十八トン」
「八十八トン!?」
「さらに一粒の米にも八百万の神あり。降臨!」
老人の言葉を切っ掛けとして、辺り一面を埋め尽くしていた米が白く輝く。
無限の米からまろび出るのは、無量大数の神々。
荒れ狂う水がほとばしり、業火が初めちょろちょろなかパッパと燃える。
そして、何故か舞い踊る天女。
「そいや! そいや!」
半裸でハッスルする老人。
「あわわわわわわ……」
姫は、生きた心地がしなかった。
魔王などより、よほど恐ろしく、敵に回してはいけないなにかが
やがて神々はこの地を去り、あとには一面の米が。
――湯気を上げる銀シャリが、残った。
「
無造作に米を一掴み取って、老人は姫へと差し出した。
「え、えー?」
「米をこぼすと目が潰れる。儂は全てを無駄にしない主義だ」
「…………」
一応。
仮にも命を救われた人間に――本当に人間だろうかと姫は疑っていたが――そこまで言われては断れない。
「ほれ、ほれ。腹が減っては戦ができぬと申すぞ?」
「……では、いただきます」
押しつけられた米を、恐る恐る口にして。
「――!?」
目を
「おいしい……っ」
あまりの
「これは、鳥とも魚とも付かないうま味が……
「うむ。コカトリス炊き込みご飯、いっちょ上がりだ」
サムズアップを決める老人を見て、姫はたまげてしまった。
あろうことかこの半裸の筋肉老爺は、コカトリスを単独で倒し、料理までしてしまったのである。
「あ、あなたはいったい、なにものなのですか……?」
問い掛ける姫に、老人は飯を頬張りながら答えた。
「儂はターハラ。どこにでもいる米賢者に過ぎん」
「いやいやいやいや」
いない。
米賢者はどこにでもはいない。
さらなるご飯へと手を伸ばしながら――美味しくて手が止まらなかった――この人はなんなのだろうと思う姫なのだった。
§§
かくて、亡国の姫君ムスビ・ユーコー・ブンゲツと。
米賢者ターハラは出逢った。
彼女たちはその後、襲い来る魔王の軍勢と戦い、
米賢者ターハラ・ソウ・イーチロー、
五斗米道 ~俵を担いだマッチョマンの老賢者は、米の力で魔獣を倒す!~ 雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞 @aoi-ringo
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