三代目魔王の特別な日

日諸 畔(ひもろ ほとり)

魔王軍、集う

 その日、魔王城は異様な空気に包まれていた。魔王軍が誇る三大軍団の長が全員集まるなど、異例中の異例だ。

 今日は記念すべき日だ。ここに集わねば反逆と判断されても不思議ではない。


「はは、皆が集うなど久しぶりだのう」


 突撃魔獣軍団長【破滅のブリオーダ】が巨体を震わせた。彼専用の椅子に腰掛け、六本の腕を器用に組んでいる。

 普段は金色に輝き敵を睨みつける双眸が、今日ばかりはうっすらと緩んでいた。地響きを伴う大声も控えめに穏やかであった。


「ああ、今は戦を忘れようぞ」


 撃滅呪法軍団長【深淵のノイシュ】が、深く被ったローブからしゃがれた笑いを上げた。声を聞けば万の呪いが相手を襲うと言われる彼だが、今だけはそれを抑え込んでいた。

 普段は闇そのものを体現しているような宝玉が埋め込まれた杖も、淡い紫色の光を放っている。


「ええ、間もなくですね」


 内政軍団長の【ナカノ・シズカ】が恍惚とした表情を見せる。彼女は魔王軍唯一の人間だ。二つ名はやめてほしいと、魔王に向かい自ら懇願した者としても有名である。

 異世界から来たというシズカは、ふとしたことで魔王に気に入られた。今は類稀な調整能力と資料作成能力と表計算能力と時間管理能力などを評価され、内政を一手に引き受けている。


 ここで魔王軍の歴史を紹介しよう。

 遥か昔より、魔族は人類と争いあってきた。種族として相容れない部分が多く、調和することが出来なかったからだ。

 会談の時間を守らなかったり、食事の約束をすっぽかしたり、トイレの使い方が汚なかったり。


 基本的にいい加減な魔族に嫌気がさした人類は、魔族との国交を断絶した。それが初代魔王の時代。

 魔族は人類に比べて長命だ。初代魔王の存命中に人類の王は五回代替わりをした。その間に何か間違って話が伝わったのか、人類と魔族は次第に争うようになっていった。


 二代目の魔王は侵略を危惧し、魔王軍を設立する。個々の能力では圧倒的に人類に勝る魔族だが、統率の取れた人類軍に苦戦を強いられた。

 一進一退の状態が続き、魔王は三代目に引き継がれた。それが現在の魔王だ。


 三代目は戦争の終結を目指すため、魔王軍を大きく組織化した。あと、お行儀よくする練習にも力を入れた。その裏には、異世界人の助言があったとされている。

 結果、圧倒的な大勝を続け、二代目在任時に人類から奪われた土地を取り返すこととなった。三代目魔王は、それ以上進行することをよしとしなかった。


 異世界人を活用した停戦の交渉は功を奏し、現在は最前線で睨み合いが続いているという状況だ。

 そして、本日は特別な日。人類軍の攻撃が心配されるが、それどころではない。


「魔王様の、おなーりー」


 魔王つきの侍女【ペリーナ・ペティーナ】が鈴の鳴るような声で宣言をする。有翼魔人の彼女は、実に美しい容姿をしていた。

 あと、羽がもふもふで手触りがいいらしい。


 群衆の大歓声が上がる中、玉座を覆ったベールがはがされる。


『魔王様、ばんざーい!』

『魔王軍に栄光あれ!』

『こっち向いてください!』

『かわいい! かわいい!』

『魔導サイリウムを投げるのはおやめください!』


 狂喜乱舞の叫びと、運営スタッフの悲鳴が飛び交う。


「くるしゅうない、しずまるのじゃ」


 その喧騒も、ただの一言で静まった。あまりにも可憐、あまりにも甘美な響きであった。

 白く輝く髪、緩やかにカーブする一対の角。愛らしいという言葉すら陳腐に感じる尊顔。そして、誰もが愛でたいと心から願う、起伏のない小さな肢体。

 三代目魔王【ダクザム・二ローナ・バギラシャス三世】そのお姿だ。


「きょうは、余の誕生日会にあつまってくれて、ありがとう」


 記念すべき本日は、彼女の八十八歳の誕生日である。

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三代目魔王の特別な日 日諸 畔(ひもろ ほとり) @horihoho

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