地球人ライフ始めます。

笛吹ヒサコ

地球人ライフ始めます。

 太陽系第三惑星地球には、知的生命体は存在しない。

 過去の調査に基づいた常識が、今覆されようとしていた。


 過去――地球時間に換算して約一〇年前に行われた調査には、確かに疑わしい点があった。

 当時の調査報告書には、星間遠隔調査で資源価値すらないと判明した。ところが、我々にとって未知の妨害結界によって遠隔調査の信頼度が著しく下げられている可能性があったため、地球に調査隊を派遣した。調査隊から遠隔調査の結果と同じく、資源価値も乏しいため、侵略価値もなしと報告がなされ、地球に知的生命体は存在しないと公式に発表された。調査隊は、帰還途中に事故のため、全員死亡。当時は、現地調査用の小型宇宙船の事故は、よくあることだった。さすがに、全滅は珍しい事例だったらしい。


 当時の概要を読み返して、ストローを噛んだ。


「なーんで、上の方々はこんな雑な報告、真に受けたんかなー」


 いくらなんでも雑すぎん。

 てか、地球人、全然下等生物じゃん。

 こんなん、一瞬で侵略アンド征服できちゃうっしょ。

 あ、あれか、上の方々の気まぐれってやつ。

 まぁたしかに、上の方々の思惑なんか、俺みたいな下っ端にわかるわけがないんですけどねぇ。


 地球人に擬態し、現地調査開始して四八時間と三八分。

 なぜ、こんな雑魚い星が見過ごされたのか、遠隔調査がなぜ間違ったのかとか、疑問は残る。けど、そこらへんは、俺の仕事じゃないし。


「あ〜、タピオカうんめ〜」


 調査も終了ってことでよさげだし、少しくらいまったりダラダラしてもいいと思う。てか、いいだろう。バレなけりゃいいんだ。

 そういうわけで、俺は公園のベンチでまったりしている。

 信じられないことにブームが去ろうとしているタピオカドリンクだけじゃなく、ちょっとしたランチになるキッチンカーが複数集まっている公園は、地球人の憩いの場になっているようだ。

 スーツ姿のおっさんに、ベビーカーを押しながら喋り続けているママさんたちに、キッチンカーの前で財布と相談している学生たち……それから、スマホ画面をガン見しながら、俺の隣に腰を下ろした明らかに地球人基準で美女にカテゴライズされるだろう地球人に擬態した俺の見知らぬ同僚……ん?


「うっそ、マジかぁ。あたしのアッくんが結婚……しかもアイドルて、全然イメージ違うじゃん。はぁ、推しの幸せをファンの幸せ、わかってんよ、でもまずは現実を受け入れないと、うん」


 両手を額に当てて、「あ〜〜〜〜〜〜〜」と呻く彼女は、間違いなく同志のはずだが、俺と一緒に派遣されてきた調査隊の中にはいなかったはずだ。もしかして、前回全滅したと言われている調査隊の一人ではないだろうか。


「あのぉ……」

「あ、ごめんごめん。推しが結婚して、ちょっと動揺してたわ」

「はぁ」


 顔を上げた彼女は、俺が推察したとおり、前回の調査隊の生き残りだと名乗った。

 それから、地球侵略は阻止するべきだと言った。


「それはつまり、地球人が我々の脅威になるということですか?」


 信じられないが、地球人は下等生物などではなく、我々に対抗する持つ知的生命体というなのだろう。得体のしれない脅威に、隠している腕が飛び出しそうになった。

 だが、彼女は盛大なため息をついて、俺の肩を掴んだ。


「君、わかってないね」

「なにがです?」

「よく聞いて」


 彼女の目つきが変わった。これはアレだ。聞き流したら、殺られるやつだ。


「地球人は、確かに我々より遥かに劣った下等生物。肉体は脆弱だし、技術も愚かで戦争もしまくるし、自分の星に全然優しくない。このまま放置しても、一万年と経たずに自滅すること間違いなし」

「は、はぁ。だったら……」

「だからいい」

「は?」


 ギラギラ据わっていた目が、キラキラ輝いている。なんか怖い。彼女が本当にあの鬼上官なんだろうか。なにか、洗脳するようなヤバい技術があるなら、解明しなくてはならない。


「だからいいのよ!! 愚かでひ弱な地球人に擬態して暮らすの、めっちゃイージーすぎるもの」

「イ、イージーて……」

「なぁにが、ブラック企業よ。二四時間どころか、一〇〇時間余裕すぎて、笑えてきちゃうし、お遊びレベルのお仕事で、休日があるとか、地球、ホワイトすぎる」

「なるほど……」


 彼女の言っていることは、理解できる。

 擬態しても、地球人より頑丈で高性能な肉体からだだ。加えて、休日や休暇という概念を今回の調査で知ったくらい、休みなく上の方々のために働いている。それが、常識だったから。


「ままごとレベルのお仕事で、多種多様な娯楽に溢れている地球を滅ぼすとか、もったいなさすぎるでしょ」

「た、たしかに……」


 娯楽のために働いているんじゃないかと衝撃を受けたのは、まだ記憶に新しい。


「このまま、楽しみも知らずに上の方々に消耗されるなんて、まっぴらごめんよ」

「……」


 どうしよう。

 なんか、地球人に擬態して生きるのが、めっちゃ魅力的に思えてきたんだけど。


「騙されたと思って、地球人ライフ始めちゃいなさい。私という先輩がいるんだし、何かあったら相談に乗るし」


 これはアレだ。布教ってやつだ。正直、俺も地球人ライフ始めたい。だが――


「あの、でも……」


 俺が言いかけたその時、辺り一帯に影が落ちた。

 見上げなくてもわかる。俺以外の誰かが、即刻侵略すべきと上の方々に報告し、実行されたのだ。


「チッ」

「俺じゃないですよ」

「わかってる」


 頭上の戦艦を睨む彼女の気迫に、俺は思わず言い訳が口に出た。


「すぐに戻るから、ちょっと待ってて」

「え、でも、もう手遅れですって」

「いいえ、手遅れなんかじゃないわ。地球人ライフは、誰にも邪魔させない」


 どう考えても、手遅れだ。

 彼女が満喫し、俺が羨むイージーで楽しい地球人ライフは、上の方々の計画通り抹消される。なのに、彼女はどこかに駆け去ってしまった。

 俺があっけに取られていると、公園で憩っていた地球人たちはまったく怯えることなく、スマホを頭上に迫る脅威にかざしているではないか。こんな状況でもどこかワクワクしている地球人は、本当に愚かな下等生物だ。だからこそ、彼女が布教してきた地球人ライフは上の方々を裏切ってもと思うほど、魅力的だった。


「残念だなぁ」


 ズズッと残っていたタピオカを吸い尽くして、ストローを噛みしめる。本当に、残念だ。でもそれだけだ。


「ん?」


 擬態を解いてメタリックなボディを晒した彼女が、戦艦に向かって飛んでいくではないか。

 どう考えても自殺行為だと呆れている俺をよそに、地球人たちは歓声を上げている。


「アースラバーズが来た」

「シルバースリーアームだ!!」


 シルバースリーアームとはひどいネーミングだが、彼女のことだとわかる。彼女の後を追うように、蒼と紅の閃光が走ると、また歓声が上がる。

 なにかおかしい。なにが起きているんだ。


「アース、ラバーズ?」

「おや、君、アースラバーズを知らないのかい?」


 いつの間にか彼女のかわりにスーツ姿のおっさんが座っていた。


「アースラバーズとは、『愛する地球のために』に戦うスーパーヒーローたちさ。二刀流の刀霊士に、五感を越えた感覚パワーに目覚めた超越者といった地球人類だけでなく、エイリアンに異世界人といった地球外生命体といった地球外生命体までいる」

「は、はぁ」

「ちなみに、ボクの推しはシルバースリーアーム。ボクはシルバーちゃんて呼んでいるけど、メタリックなボディーがたまんなくて。エイリアンなのに、『愛する地球人を守りたい』という理由だた一つで戦ってくれるなんて、尊すぎる!! シルバーちゃん、最高オブ最高!!」

「…………」


 あんたの推し、さっきまでそこで地球人を愚かな下等生物って言ったましたけど。


「シルバーちゃん、頑張れー!!」


 解説(布教)して気がすんだのか、おっさんは俺の存在を忘れて声援を送り出した。

 なんか、疲れた。今までなんの疑問も持たずに上の方々の命令に従うだけだった人生に。

 疲れすぎて、ものの数分で戦艦が撃退されたことに、なんの感慨も浮かばなかった。


「タピオカ、もう一杯買ってこよう」


 んで、彼女が戻ってきたら、俺もイージーな地球人ライフ始めるって言おうかな。

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地球人ライフ始めます。 笛吹ヒサコ @rosemary_h

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