夜をぶっとばして
snowdrop
真夜中
「ドライブいかへん?」
一つ年上の同期から、内線がかかってっきた。
パジャマに袖を通しては見たものの、寝るにはまだ早く、机に向かって書きものをしていたところだった。
「どうせ暇やろ?」
そう言われると、このあと寝るだけなのだから、返す言葉がみつからない。
「美味しいコーヒー、ご馳走してあげるから」
「……寝れなくなるよ」
「夜は長いんだし、たまにはそんな日があっても良いんじゃないの」
ますますもって断りづらくなる。
訪問販売に押し切られそうな性格をなんとかしようと頭の隅っこに残しつつ、「わかりました」と返事。ボタンを一つずつ外して着替えると、施錠して自室を後にした。
寮の裏口を出たところで長身の友人と合流し、坂のところに停めてある白っぽい乗用車に乗り込んだ。
「どうせなら、可愛い彼女を誘って隣に乗せたら良いのに」
助手席に乗ってシートベルトを締めると、
「俺もそうしたいけど、乗せたい彼女がまだいなくてね。今夜はきみで我慢する」
運転席の扉を閉めた彼の言葉に笑みを返し、「せいぜいしおらしく座っているよ」と答えた。
「免許取ったんだね」
尋ねると彼は、
「いんや。持ってた」
浪人時代に教習所に通ってた、とシートベルトを締め、彼はエンジンをかけた。
「ところで、免許はもってるの?」
「昨年の夏、取りました」
「だったらレンタルして乗らないと。運転の仕方、忘れるよ」
彼の運転する車は、北へと走り出す。
「そうだね」と返事をするも、運転する気はなかった。
「免許をとったとき、親の車を借りようとしたら頑なに断られた。一メートルのバックすらさせてもらえなくて。だから、『この先車に乗るように言っても二度と乗らないから』といって、それ以来運転してない」
「もったいないなぁ。何のために免許取ったの?」
「親が免許取れっていうから。ほしいなんて思ったことなんてないよ」
「車に興味は?」
「ない。載せて運ばれるのは構わないけどね」と呟くと、彼は吹き出して笑った。なにがおかしいのかわからない。
「この車は?」
「部活の撮影会で一週間借りた。明日が返却日」
「だから、返す前にドライブに誘ってくれたわけですね」
ありがとうございますと、素直に礼を述べる。
彼が所属している部活は、昨年まで写真準部というサークル扱いだった。が、今年から部に昇格し、名前も新たに『光画部』と変更された、写真部である。
「ちなみに、部の名前の由来って」
「例の漫画から。究極超人あ~る」
「だよね」
「俺は嫌やったんやけど、部長してた先輩がどうしてもって聞かなくて。高校のときに所属してた写真部を改名したかったけどできなくて。それで大学に来て変えたってわけ」
「先輩って確か」
「今年、四回生。半年後に卒業予定で就職活動中」
長年の夢がかなってよかったねと口にすると、
「先輩は良かったかもしれへんけど、引き継いでいくのは俺らなんやけどね」
はははは、と、彼は乾いた笑いをする。
漫研にいた頃から、彼の部の手伝いをしてきた縁で、部を辞めてからも彼は何かと声をかけてくれていた。それがわかっているから、断らず彼の誘いに乗ったのだ。
「光画部の部員と違うのに」
「まあまあ、似たようなもんだよ」
「ユーレイ部員?」
「うん」
彼は嬉しそうにうなずいた。
部に昇格できたとはいえ、入部してくれた一回生も少なく、四回生の部長をいれて部員は、最低基準の五人。卒業して入部者がいなければ、サークルに逆戻りになる可能性がある。
部員獲得のため、未来の部長として彼は、撮影会など部活動に力をいれているのだろう。声をかけてくれる理由は、来年新入部員が入らなかったときの保険、かもしれない。
「漫研、いややったの?」
「そんなことないよ。絵も話も描けるし、漫画も読み放題だった」
「文化祭とかで配ってた同人誌みせてもらったけど、絵もうまいし、おもしろかったで。やめることないと思ったけど」
「昔の話だよ」
「たかが数カ月前のことやん」
息を吐いて呆れた彼は、ハンドルを切る。
車は細い道へと入っていく。
街灯の数が減り、夜本来の闇が色濃くなっていくと、ガタゴトと車体が小刻みに揺れていく。気づけば山道に入っていた。
「山越えするの?」
「そうそう。目的地は隣県だから」
よくわかったねと聞かれ、
「部活見学のとき、ワンダーフォーゲル部のパラグライダーをする人たちに同行したことがあって。そのとき、この道を通ったから」
「そんな部があるんだ」
「他にも、鳥人間コンテストを目指す航空機設計部やラピュタの曲を演奏する軽音部とか、応援団は屋上で声出ししてたね」
「俺は見学しなかった。写真しか興味なかったから」
「ふうん。その後もいくつかまわって、漫研に行ったら『見学期間はもう終わった』と教えられ、そのまま入部することになったの」
入部のいきさつを話すと、彼はスピードを落とし、声を上げて笑った。
「ほんまおもろいわ、やっぱ」
「誰が?」
尋ねると、当然のごとく指をさされる。
なにも面白いことなんてないのだけれど、彼が楽しんでくれるならそれも良いかもしれない。
そうだ、と彼は思い出したように音楽をかける。
現在過去未来~あの人に逢ったなら~、とどこかで聞き覚えのある曲が流れてきた。
「これって……」
「ドライブで聞く曲といったら、やっぱりこれっしょ」
「聞いてたら迷子になっちゃうよ」
不吉な、とツッコミをいれると、
「大丈夫大丈夫、道なりにまっすぐ一本道だから」
彼は曲に合わせて、ひとつ曲がり角ひとつまちがえて迷い道くねくね~と、軽やかに歌いながらハンドルを握り、ヘッドランプの明かりだけを頼りに、深く闇の中へと車を走らせていった。
彼が運転する車はようやく山を抜け、再び街灯が目につくまともな道を走り出す。
たどり着いたのは、通りにぽつんと一軒ある、こじんまりとした喫茶店だった。彼の話によれば、先輩と撮影場所を探しまわっていたとき、偶然見つけたという。
四人がけのテーブル席が三つ、カウンター席は六席ほど。髭をはやした短髪で細身のマスターが一人で経営していた。
営業時間は深夜二時までらしい。が、店内には他に客の姿はなかった。
「遅くまで開けていて、やってけるのかな」
「俺達みたいな客が来てるじゃないか」
「ごもっとも」
聞けば、夏から秋にかけてライダーの集団がよく訪れてくれるため、やっていけるのだという。
カウンター席に座る彼の隣で、彼と同じブレンドを注文した。
フレッシュを垂らし、スプーンで底をこするように前後に動かして混ぜる。
湯気とともに立ち上るコーヒー特有の香りに誘われて一口飲む、と、酸味があってやや苦い。が、飲みやすかった。
「おいしいね」
「砂糖を入れなくても飲めるんだ」
「親戚が喫茶店を経営してて、うちにもコーヒーを送ってくれるから。中学から飲んでる。兄は、砂糖を入れて飲むけどね」
「コーヒーが飲める人だったとは。俺と趣味が同じとは知らんかったわ」
気を良くして彼は、「いつかこんな喫茶店を開くのが夢なんだ」と語りだす。素敵な夢だと褒めながら、コーヒーだけでは経営は難しいよと口にする。
「立地が良ければ集客は望めるけど、家賃は高いし、同業他社の店舗やコンビニでも気軽に飲める状況を踏まえると、差別化を図って独自のウリが必要だよ。郊外なら家賃は押さえられても、頻繁に利用してもらえる固定客を増やさないといけないから、その店ならではの付加価値が欠かせない。どちらにしても、戦略が必要だね」
「ツーリング客が利用してくれるって、マスターは言ってたけど」
店を出た彼は車に乗り込み、
「コーヒーだけっていうのは難しいよね。軽食やスイーツなど、食後につけるのはいい考えだけど、それをすると、食事がメインになりそうだ」
シートベルトを締めた。
「名古屋ならモーニングで集客してるね。コーヒーチケットを買ってもらって何回も利用してもらったり、モーニングだけでなくランチもしたり。夜は夜で、また違った客層を狙うメニューを提供するとか」
「なるほどね」
彼はエンジンをかけて、車を走らせる。
面白い自販機を見つけたからと、帰り道に立ち寄る。
闇夜の中、ひと気も他の車も見当たらない通りの一角に、煌々と灯る三台の自動販売機が立っていた。その中の一つに、振って飲むプリンが販売されていた。振る回数で、プリンの硬さが変わるという。
「振りすぎるなよ。トロトロの普通の飲み物になってしまうから」
食感を残して飲むのがいいらしい。
数回振って、口に入れてみる。
「たしかに、ちょっとプリンな感じ。面白いね」
「だろっ」
「コーヒーにもこういう変化があると、興味を持って集客につながるかもね」
「コーヒープリンジュース……コーヒーゼリーみたいなものか。類似商品がすでにいっぱいありそうだな」
「アイデアは良いと思ったんだけど」
飲み終えて再び乗車する。
「形を変える、というのはいいかもしれない。まあ、喫茶店を経営できるかどうかわからんけど、そのときには参考にさせてもらうよ」
彼は、行きに通った道をなぞるように車を走らせた。
自室に戻り、机上にある目覚まし時計で時刻を確かめる。
深夜二時を過ぎていた。
その後、布団に入るも朝まで寝付けなかった。
夜をぶっとばして snowdrop @kasumin
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