エピローグ

……静かだ。終わったんだろうか。

「……ここは」

「朧君の家よ」

ああ、妙に見慣れた天井だと思ったら。

「……そうか、あれからどのくらい過ぎたんだ?」

「一日ね。朧君のお父さんは街を後にしたわ」

「……だろうな」

あのタフな親父のことだ。負けたとはいえ、それなりに善戦したはずだが……逃げるくらい、出来るだろうな。

「……ところで、何か食べる?」

腹のことを聞かれ、調子よく腹が鳴る。

「ああ、色々動いていたから、腹が減っていたのを忘れていたわ」

……そう言えば、いい匂いがするな。

「お粥を作ったから、少し待っていて」

「あ、ああ」

……いつの間に。まぁ、助かったけど。

「朧君、持ってきたわ」

「ああ、ありがとう。そこに置いておいてくれれば……ん?」

あれ、こんなに荷物多かったっけ、俺の部屋?

「そうは言っても朧君、まだ怪我が治っていないはずよ。だから……はい、あーん」

「……へ?」

……マジで?

「いや、自分で食え……痛っ」

チッ、腕がやられていたか。自分だと治療とか出来ないからな、どうしたものか。

「ある程度の治療はしたけど、まだ完治してないから無理しない方がいいわ」

……釧灘さんの実力なら治せそうな気もするが、そこはどうなんだ?

「はい、あーん」

「熱いから、熱いから押し込もうとするな!」

これ、諦めなきゃダメな奴だ。

「あー……」

……お、美味い。自分で作った時は偶に芯が残った時もあったが、このお粥はそんなこともない。

「美味い……」

「それなら良かった。まだお粥はあるから、ゆっくり食べてね。はい、あーん……」

続行か。まぁ、腕は確かに治っていないけどさ。

「……一人で食えると、思うんだけどな」

「まだ腕を痛めているんだから、無茶言わない。ほら、あーん……」

……今、気付いたが、無茶しているのはどっちだ。釧灘さん……顔が赤いじゃないか。まぁ、俺が腕を痛めているのは事実だけどさ。


その後は特に何事もなく、お粥を食べ終えるまでそれが続いた。

「……美味かった」

「お粗末様。食器を洗っておくね」

「悪いな」

ここまでしなくても良かったんだが。

「いいの。私もしばらく滞在するつもりだし」

ごめん、今なんて言った?

「……はい?」

「実は、あのテロでマンションの点検が入っちゃってね……暫く入れないの」

なるほど。それで部屋に荷物が多い、と。でもさ、仮にも年頃の男女ですよ?

「あー……でもさ、商業施設が多い区画にホテルがあったはずだろ。お前程の魔法使いならそれ位の生活費なんて……ゲフッ」

痛くはないが、喰い終わったばかりの腹に拳を入れるな。

「その先は言わせないわ。それに、こんな美女に介抱してもらうなら、朧君も本望でしょう?」

「……そうだな」

これ以上は突っ込まない方がいいだろう、俺の身の為にも。



翌日、夕日が顔を見せる頃、朧君を連れて案内したのは学園都市の中でも私のお気に入りの場所。

「……へえ、ここは来たことが無かったな」

「そう。私はこの街を見渡せるから好きだけど……朧君はどう?」

朧君は、この場所をどう思うだろうか。

「ああ、ここはいいな。空が見えて、街が見えて、何より静かだ。とても落ち着くな」

「気に入ってくれて嬉しいわ」

さて、改めて確認しなくちゃね。

「……1ヶ月前くらいのテロがあった日、テロリストを排除して私を病院に連れて行ってくれたのは……やっぱり朧君だよね」

「……そうだったかな。ただ、色々あってすっかり忘れていた」

うん、恍けると思ってた。

「私って、そんなに印象薄い人だっけ?」

上目遣いで見ればイチコロと聞いたけど……

「逆だ逆。印象が強すぎるし周囲の影響が強すぎる。だから、関わるのを避けたかったんだ」

お、効いている?

「じゃあ、あの時どうして助けてくれたの?」

「……後味が悪いだろ。見ず知らずの奴でも生きているんだからさ、それだけだ」

ああ、やっぱり……

「……朧君は、朧君だね」

「何だそりゃ」

不意に風が吹いた。昼に比べると比較的涼しい風が私達を包んでいる。

「……ねぇ」

ああ、緊張する。どうしようもなく、心臓が動いている。

「何だ、改まって」

「朧君のお父さんから伝言があって」

「……親父は何て言っていた」

朧君の目線が下を向いた。もう、戻れないから。でもね、朧君。

「お前は、お前のままでいい……ですって」

「……そうか」

君が思うより、君はずっと強いんだよ。それから……それから……

「おい、どうした」

これ、言う為にここに呼んだんだから、言わないと……!

「それから……それから、朧君のことを頼む……って、言われたわ」

「……………えーっと……そうか、そっかー……」

あ、目が丸くなっている。だよね、いきなり言われると驚くよね。ええい、もう言っちゃえ!

「だからね、覚悟しなさい。私と一緒にいるということの意味を、これから沢山教えてあげる!」

今の私の顔は、夕日のように真っ赤だろう。だけど、言いたかったんだ。色んなものをくれた、君に。

「強がりは止めておけって。けどまぁ……親父もそう言ったんだし、そうだな」

余裕を持っているようで……そうでもない?

二回、大きく息を吸って……何て言うんだろう。今まで使ったどんな魔法よりも、今はドキドキしている。

「火之果さん、これからもよろしくな」

……………………!!!

「……えぇ、ええ!」

空を漂う雲が流れ続けるように、変わらないものはないんだろう。私の起こした事故から街を再度復興した時のように。その事故で私がこの学園都市にやってきたように。朧君のお父さんが変わってしまったように。

「要件はこれだけか?」

「え、あ……うん」

「じゃあ、帰るか。釧灘さんもまだ怪我が残っているだろうし、寒くなる前に帰ろうぜ」

そうして私は、朧君が伸ばした手を両手で握ったのだ。

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雲のような君と手を繋ぐ 久遠の語部 @aeternitas

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