第6話 傷②


残党が出てくることを警戒していた私達だったけれど、姿を見せたのはこの街の警官達だった。どうやら、警察の方でも独自で動いていたらしい。何時の間にか、テロリストの残党を捕縛していたらしい。

「先生達もありがとうございました」

「いや、助かったのはこっちだ。それより、さっき正門からこっちに来た奴は何処に行った?」

「……え?」

ようやく私は、朧君を見失っていたことに気付いた。

「え、嘘、朧君!?」

誰かが近づいて……あれ、あの人は1週間ほど前にあった警官さんかな。

「すみません、さっきこっちに来た人は何処へ行きましたか!?」

「君は先日の……釧灘さんだったかな?」

「あ、はい。釧灘です」

やっぱりこの前の……!

「彼だったら、ここの区画から抜けていったはずだ。よく分からなかったが、かなり必死になって誰かを追っていた。一部の残党も着いていったので、こちらも追わせている。君も疲れているみたいだし、ここで待っていても……」

「ありがとうございます!」

きっと、朧君は……今も戦っているはずだ。

「あ、ちょっと!?」

なら、私も行かないと。



火がようやく落ち着いた学園周辺から少し離れた場所で、俺はようやく目的の人物を見つけることが出来た。この場所で最も会いたくなかった人物と。

「……強くなったな。それに、その鉄扇の使い方も随分と様になった」

全く、ここに来るまでに何人のテロリストに遭遇したのやら。それも、警官がいたから何とかなったけどさ。

「言っとくが、これはあんたのお陰だぞ」

それでも、この目の前の相手だけは別だ。何しろ、蹴りや鉄扇を使った一撃は、事前に分かっていたように躱される。

「くそっ!」

おまけに、相手の蹴りやナイフは針に糸を通すようにこちらの急所を狙うんだから、一瞬一瞬が冷や汗ものだ。

「ほぅ、前より素早くなったものだ」

今ので皮一枚切れたが、まぁ問題ない。どの道、俺がやることは変わらない。

「逃げるのだけは慣れたからな」

「ところで、お前は逃げても良かったのに、どうしてここに立っている?」

それこそ、どうしてあんたが聞くんだよ。

「それもあんたの教えだったはずだろ……親父」

全く、何であんたがこんな所で、こんなことしてんだよ。

「……ここで逃げるのなら、見逃していたものを」

理由を話す気はない、か。戦いが避けられないのは分かっちゃいるんだが……親父の魔法が魔法だけにやり辛い。

「わざと誰かを傷つけている訳じゃないのに、魔法使い相手にテロをする必要なんてないだろう。そもそも、昔のあんたなら、ここまでの真似はしなかったはずだ」

だが、仕方ない。今は俺も魔法があるし、多少は足掻けるだろ、と。まずは一振り。

「ほう、魔法が使えるようになったか。私といた頃は使えなかった筈だが」

チ、相変わらず考えも軌道も読まれているな。

「巡り合わせが良かったんで、な!」

蹴りが躱された上、ナイフのカウンターが!

「あっぶね!」

何とか避けたはいいが……流石は親父、こちらの考えが完全に読まれている。以前、思想を押し付けることも出来ると聞いたが……してこないんだな。

「全く、朧のような魔法使いばかりなら、私もこんなことをせずに済むんだが」

……とは言え、こちらの話を聞くようには見えない。ま、最初から弁解の余地なんて無かったか。親父の蹴りに合わせて飛び退き、一つ深呼吸。

「っフゥー……ま、魔法使いだから増長する奴が多いのは事実だったけどよ。全員がそういう奴らかと言われたら違うだろ。少なからず、この街の警官とかは違った気がするが」

やっぱり、攻め辛い。というか、迂闊に攻めたらこっちが殺られる。

「なるほど、お前が我々の潜伏先を教えたのか」

おっと、流石は親父。俺のやっていたことなんてお見通しだな。ま、盗み聞きした上で場所の特定までやっただけだぞ。

「……それだけか、言い残すことは」

「親父こそ、言い残すことはねえのか、よ!」

絶対に、まだ親父の仲間もいる筈だ。だから、時間を掛けられない。無理矢理でも決めに行かなければ……

「朧君、その人、銃を持っているわ!」

! 釧灘さん……って、親父のソレは!

火薬の臭いが鼻に付く。久しく嗅いでいなかった、戦場の臭い。

「……あーあ、親父にそれは反則だろ」

全く、考えが読まれている上にソレは困りものだな。あまりの状況に、思わず深いため息が出てしまう。

「そうだ。それで、お前が考えている通り、敵は私以外にもいるんだぞ。それでいいのか?」

……あーあ、やっぱりまだ数人を待機させていたか、だけどな。

「釧灘!」

俺が言うよりも早く、周囲に雷の音が響く。若干甘いぞ、親父。

「ここまで来たら、徹底的に付き合うわよ。私が他のテロリストの相手をするから、朧君は!」

「任された!」

「それとこれ……えい!」

「…………」

何だ、何を投げて……って、これは!

「助かった!」

まさか、これを釧灘さんが持っていたとは……って、親父がこんな行動を読めないはずないよな。つまり、釧灘さんがこれを渡すと分かっていて見逃した、か。

「…………」

失くしたはずのもう一つの鉄扇が今、戻って来た。そして、今の俺には魔法もある。なら、やることは一つだけだ。

「偶には応える期待ってのもあるよな……行くぞ、親父」

「なら、見せてみろ……朧」



朧君と誰かが戦い始めて……あっという間に何処かへ行ってしまう。だけど、そっちに行くことは出来ない。数人の敵が銃を持っているんだから。

「撃て!」

掛け声と共に銃声が響く。

「えい!」

だけど、その攻撃は。この土壁を貫けない。

「………!」

「────!!」

何て言っているかは聞こえないけど、きっと苛立っているのだろう。

早く、朧君の元に行きたい。だけど、この状況を作った人たちを見逃すわ訳にはいかない。例え、この人達の身内が、私達のような魔法使いに奪われていたのだとしても。

「……それをやったら、同じだもんね」

不思議と笑みが出ている自分に気がついた。自分が起こしてしまったことは変えられない。だけど、それを無かったことにするのだけは……許されない。

「……………!」

銃撃は続く。まだ、止まない。だけど。

「いい加減に、しなさい!」

僅かに見えた彼らの居場所。そこに目掛けて雷を落とす。

「………ゥ!」

確認出来ないが、誰かには当たったらしい。けど、感電させたただけだ。早く捕まえないと……

「君、大丈夫かい!?」

「え、加藤さん!?」

「全く、君たちは無茶をする。それで、さっき雷が落ちたけど、あれは君の仕業かい!」

「はい、数人動ける人がいるかもしれませんが、捕まえるのを頼めますか!」

正直、今の土壁も何処まで維持できるのか、自信が無い。

「任せてくれ!」

頼もしい返事と共に、数人の警官が彼らを捕縛していった。



ようやく、ようやくテロリストを捕まえることが出来た……のだけど、朧君を見失ってしまった。

「何処に行ったの……もう」

他の警官達も一緒になって捜索してくれているが、魔力も体力も消耗しているようで、手探りの調査になっていた。おまけに、建物が崩れたりしているので、その人達の避難も併せて手が足りていない状況なので、人手も割けないといった所だろう。

始めは魔法が使われた形跡を中心に探していたが……二人が戦ったと思われる形跡を見つけることが出来なかったが……ふと思い出す。そう言えば、接近戦をしていたような……

「……そういえば朧君と敵対していた人、魔法らしい魔法を使っていなかったような……」

よくよく考えれば、あの二人は殆ど接近戦だ。

「……ということは、こっちかな?」

だから、魔法があまり使われていない場所を探してみる、本当に合っているかは自信ないけれど。でも、よく見たら、地面が僅かに凹んでいたり、弾丸が転がっていたりする……これは二人の戦闘跡でいいんだろうか?

「朧君、何処……?」

正直、歩くだけでも結構しんどい。だが、ここで倒れる訳にはいかない。せめて、朧君を連れて帰るまでは。

「……あ!」

あれは朧君だ。だけど、もうボロボロじゃない。対して、朧君が相手をしていた人はまだ動け……あれ、ナイフでトドメを刺そうとしているんじゃ……

「朧君!」

動いて、お願い!

「ぅ……!」

あ、鉄扇でナイフを弾き飛ばした……のかな。けど、鉄扇も朧君の手から離れてしまった上に、カウンターのような相手の蹴りを受けてこっちに飛ばされてくる。

「朧君!」

重っ……良かった、気絶しただけみたい。

「……強くなったな。昔からしぶといのが取り柄だったが、まだ動けたか」

あぁ、朧君は最後の蹴りを受けて気を失ったのね。後はこの人だけ、か。

「君が来たということは……そっちは片付いてしまった、ということだね」

攻めるなら今だけど……この人は他のテロリストにはない不気味な気配がある。

「まさか、君のような若い魔法使いが来るとはね。それと魔法を使うのは止めておきなさい。そろそろ君も限界のはずだ」

……うん、やっぱりこの人は魔法使いだ。なら、迂闊に攻めるのは危険だ。だからと言って、朧君にこれ以上手出しをさせるつもりもないが。

「ふぅー……」

息を整えたはいいが……あの人の言う通り、もう限界だ。あと一発か二発、魔法が使えたらラッキーだ。それより前に疲れから気を失いそうだけど……それでも、応援の警官達が来れば何とかなる、はず。

「強情だね……まぁいい、君に質問だ」

何故?

「魔法使いとそれ以外の人たち……君はどう考えている」

時間稼ぎのつもりかしら。まぁ、こっちも他の警官達の応援がくれば……

「答えなさい」

「……!」

何、この人の眼。底なしのように……暗い。一体、どんな風に生きてきたらこんな眼を。

「……魔法という力を持っているか、いないかに過ぎないわ」

この考えは朧君の受け売りだけど……どう?

「……では、君が理想とする魔法使いの在り方とは?」

また質問……この人、私に何を求めているんだろうか。

「私にはまだ……その理想が分かりません。だけど、魔法という力があるからこそ、誰かを守るべきだと、思います」

「……そうか」

何か、納得したみたいに頷いたわね。何を、考えているの?

「……それで、私からもいいかしら」

「手短に」

先程の独り言から気になったことを問う。

「貴方と朧君の関係って、何?」

予想はついているけど……多分、この人は。

「そうだな、君の考えている通りだ。私は朧を拾った男だよ」

やっぱりか。でも、話に聞いていた人物と違う気がする。一体、どうしてこんなことをしたのだろうか。

「一連の動機を、聞いてもいいかしら」

返答がおかしかった気がするけど、そんなことはどうでもいい。

「……耐えられなかったのだよ。魔法使いが起こしたテロ現場に向かう度に見る、被害を受けた人達の表情と、悪びれもしない魔法使いにな。そして何より、その惨状を平気な顔して見逃す国の体制が許せない」

この人の言うことは一部頷ける……だけど、全ての魔法使いがそういう訳ではないと思う。

「……それをした所で、何か解決することがあるの?」

魔法使いが嫌いだから排除する……それはただ、魔法使いと一般人の溝が生むだけだと思うけど……

「では、どうする。魔法使いは自らの力を手前勝手に使い、多くの一般人を傷つける。そして、その数は年々増えている程に、だ。そんな魔法使いを生かしておく必要が何処にある!」

ああ、分かった。この人は……朧君のお父さんは、多くの魔法使いが残した爪痕を目の当たりにすることで、魔法使い達に絶望してしまったんだ。だけど、それは……

「……それ、今の貴方が言えたことかしら?」

朧君のお父さんが顔を歪めている。やっぱり、自覚しているのね。何の悪事をしていない魔法使いを襲うこととそれは変わらない、ということに。

「私は貴方のことを朧君の話でしか知りません。そんな私でも分かることがあります」

ああ、そうか。朧君はきっと……

「朧君は貴方を誰よりも尊敬していました。だからでしょう。貴方のことをきっと、誰よりも許せなかったんだと思います」

戦う必要なんて無かった、警察に任せて良かった。それでも、朧君はこの戦場に自ら踏み入れた。きっとそれは、他の人には譲れなかったから。お父さん代わりの人が悪い方向に変わってしまったことを、誰よりも許せなかったんだ。

「そうだな。父と名乗ったつもりはないが、これでは父として失格だな……最後にいいかな?」

一体、何を質問す……

「……朧のことを、どう思っている?」

「…………!!?」

え、ちょ、何で今、そんなことを……?!!

……そ、そりゃあ、一緒にいて不快にならないし、どちらかと言えば……楽しいし?

「……そうか」

「わ、わ、私、まだ何も言ってないんですけどぉ!?」

な、何よ一体……!?

「……一つ、朧に伝言を」

「……何かしら」

この街を荒らした犯人だ。出来れば捕まえたい所だけど、私も既に限界だ。

「お前は……お前のままでいい、と伝えてくれ」

「君とは二度と合わないことを祈る……それから、朧のことを頼む」

朧君のお父さんが去って行く。緊張が解けて、ようやく一息つける。

「…………あ」

全てが終わって安心したからか、体が休息を求めている────

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