スタンダップコメディはヤクザを救う

龍神雲

スタンダップコメディはヤクザを救う

「はぁ…今日も駄目だったな」


ピン芸人になって早半年、地方巡業をしたり大会等があれば選り好みをせずに出場してきたが、今一受けず空振りどころか予選敗退が続き、自分が提供するネタに自信がなくなっていた。


──このままでは不味い


悩んだ末、負の連鎖を断ち切り初期の感覚を取り戻す為に、ネットでライブ配信が手軽にできるサイトに登録し、そこのコミュニティで今までとは違うスタイルのスタンダップコメディのライブ配信に挑戦してみる事にした。スタンダップコメディとは漫談の事を指すが普通の漫談と異なり、観衆を巻き込み対話をしていく形式で展開される。つまりライブ配信をし、それを見る視聴者も一緒に参加し一つの物語を作り上げる様にして展開されるのだが、小心者だった俺はコメントのみの参加と規定して行っていたので、視聴者はライブで流れる俺の話や動きを見てそれに対するコメントを送るのみの参加だが、それがかえってよかった。送られてきたコメントを見ながらそれに対して対話をし思いついたネタを即興で披露する──そのスタイルは良い刺激となり新たなネタが次々と思い浮かぶ切欠となったからだ。そしてそれを定期的に配信するようになるとその配信を必ず視聴し参加してくれる常連が一人でき、その常連はメルヘンな苺画像をアイコンにした【ユキ】というHNで参戦してくれた。ちなみにそこでの俺のHNは【次元】で、ルパン三世の次元大介から取って決めたのだが──さておき、【ユキ】は何時も此方が話す内容に対してテンポ良く、時に相の手でコメントを書き込んでくれた。余りにタイミングが良かった為に、此方もそれに合わせたネタが非常に作りやすく、ライブ配信が終わった後は爽快感が訪れ、失い掛けていた情熱や自信等も徐々に復活した。そんなある日、何時ものようにライブ配信をしていると【ユキ】が


『次元さんのスタンダップコメディを是非一度、リアルで──生で見てみたいです。可能ですか?』


というコメントが書き込まれ、それを目にした俺は舞い上がり二つ返事で承諾した。スタンダップコメディという新たな取り組みをした事と【ユキ】のお蔭で大分自信を取り戻した俺は、早速【ユキ】とリアルな連絡先のアドレスを交換し日時と場所を相談して決めた。そして【ユキ】はスタンダップコメディが出来るとっておきの場所を当日紹介するといった旨の文章の後に『楽しみにしてますね♪』と好意的な絵文字も添えていた。たった一人でも見てくれるのであれば全力でやる思いも勿論あったが、常連の【ユキ】を交えてライブ配信をしたりコメントやアイコンから【ユキ】の人物像を想像する内に何時しか思いを馳せ、


(きっと雪の様に白い肌で苺の様に甘く可愛い感じの声の可憐な女性なんだろうな…)


等と【ユキ】に対するイメージを膨らませていたのもその要因だ。さておき!少し不純な理由があるも【ユキ】が視聴しコメントで参加してくれたお蔭で失い掛けていた自信を取り戻すだけでなく初期の頃の楽しさまで思い出す事ができたのだ、だから【ユキ】には当日、その感謝を伝えれる様なネタを届けたかった俺は早速ネタ作りに励んだ。


そして当日、普段余りしないお洒落な格好をして外へと繰り出し【ユキ】との待ち合わせ場所に指定された、バス亭近くにあるカフェの前に早々に到着したが、異性と二人きりという事でデートの待ち合わせをするかの様な錯覚に自ずと陥り浮き足だった。【ユキ】に新作のネタを生で見て貰うのも楽しみだがそれよりも、アイコンでしか会えなかった現実の【ユキ】と今日、リアルで会う事ができるのだ、どんな雰囲気の女性なのかと期待を胸に膨らませて間も無く、カフェの目の前に一台の黒のメルセデスベンツが停車し、後部座席から一人の男が降り立った。そこから降りた男は黒いスーツにロングコートを羽織った長身の強面ながらも中々の美丈夫で、その身なりからして普通の会社員とは明らかに異なる、堅気でない雰囲気が漂っていたが──その男は此方を見るなり颯爽と近付き……


「どうも、此方では初めまして」


ぶっきらぼうながらも礼儀正しく会釈し挨拶を交わしてきた。


コチラデハ、ハジメマシテ?その言葉を復唱し疑問が浮かんだ。この美丈夫は一体何を言ってるのか?と。理解できず「はぁ…」と返せば、美丈夫はその疑問を解消させる会心の一撃を言い放った。


「ユキです【次元】さんにお会いできて光栄です」と。


ゆき、ゆき、ゆき……ユキ。ああ、ユキ……ユキね……なるほど、うんうんうん……って────


ユキィイイ!??


その瞬間、俺が今まで築いてきた【ユキ】のほんわか可憐なイメージは迫撃砲を撃ち込まれたかの如く一瞬で粉微塵に破壊された。メルヘン苺をアイコンとしていた【ユキ】は男だったのだ、これはネカマという奴なのか!?書き込まれたコメントと現実のイメージがあまりにも違い過ぎて言葉を失うが、強面ながらも美丈夫事【ユキ】は俺を見るなり「今日は生で見れて、しかも参加できるのが楽しみで……」と少しはにかんだ後「そうだ。これ、俺の名刺です」と丁寧に差し出してきた。俺は唖然としながらも差し出された名刺を両手で受け取り確認したのちぎょっとした。その名刺には【 飛燕龍竜会 若頭 雪村蓮司】と物々しく書かれていたからだ。HNは名字の頭文字から取った事は理解できたが、まさか男で、しかもヤクザの若頭な事に困惑したがユキ事、雪村蓮司は強面な顔を破顔させ「では、早速行きますか」とベンツに乗車するよう促してきた。完全に裏社会で闊歩している人間且つ、裏社会仕様所か裏社会御用達な車と対面してしまった俺は恐ろしくなり腰が引けた。しかし断れば何をされるか分からない不安もあり、覚悟を決め乗車した。


「いやぁ……しかし凄いですね。これはもしかして、いや、もしかしなくても、防弾車仕様……ですか?」


車が走りだし間も無く、だんまりしているのも気が引け自ら話し掛けてみれば雪村は苦笑いをし「次元さんを驚かせてすみません。一般的な車でお迎えできれば良かったんですが生憎、これしかあいてなくて」と座ったまま深く頭を下げてきた。


「えっ!?そんな、気にしないで下さい!というより俺の方こそ変な事言って申し訳ないです!」と咄嗟に謝った。そして今ので雪村という男が良識ある人物で、この目の前にいる男は紛れもなく何時もライブ配信で接している常連の【ユキ】本人であるのも改めて認識した。女性じゃなく男性だったのが少し残念で、そしてヤクザの若頭である事にも驚かされたが、とまれ、俺は今までネットで接してきた様に【ユキ】と会話を始めた。


「あの、前から気になってたんですが雪村さんは……」


そこまで言った所で「俺の事は今まで通りユキでいいです。次元さん」と告げられ、慣れないながらも言われた通りユキ呼びにして話の続きを再開した。


「その、ユキはスタンダップコメディが元々好きだったんですか?俺のネタに何時もテンポ良く返してくれて、それが凄くやりやすくてネタもどんどん浮かんで楽しくて……」


ユキが何時もテンポ良くコメントを発信してくれるお陰でそれに合わせたネタを即興でやるのが爽快だった旨を明かせば、ユキは微笑んで打ち明けてくれた。


「いえ──最初は、そのジャンルの事を知らなかったんです。実は俺、この立場に悩んでまして……俺なんかが若頭でいいのかと。でもそんな時、いつも漫才に助けられてたんです。それでアニメ好きの舎弟がライブ配信のサイトを教えてくれましてね、お笑いのカテゴリで検索して見てたら次元さんが配信していたスタンダップコメディがヒットして、それを何となく視聴する内に段々引き込まれて、気付いたら参加してました。なのでスタンダップコメディは初見だったんです」


「へぇ~そうだったんですか!嬉しいなぁ」


「それで次元さんのライブ配信を見た後は何時も頭がスッキリして、ぐだぐだ悩まなくなりましたし次元さんのライブ配信を見た後は抗争カチコミもスムーズにやれて、イモを引く(※怖じ気付く)事はなくなったんですよ。本当に感謝してます」


ユキは再び深く頭を下げた。


「い、いえ……此方こそありがとう御座います……」


軽く物騒なヤクザの業界用語が聞こえたが、俺は敢えて突っ込まず聞き流して本題に踏み込んだ。


「ところで、スタンダップコメディが出来るとっておきの場所というのは、一体何処なんですか?」


するとユキは少しだけ表情を硬くした後「その件なんですが次元さん、改めてお願いしたい事があります」と真剣に切り出したので何を言われるのだろうと不安になり緊張が走る。


(まさか……スタンダップコメディをかましながら敵対するヤクザ組織の抗争カチコミや鉄砲玉(※殺し)をして欲しいなんて言い出さないよな……そもそも俺、ヤクザじゃなくて一般人だし……でも言われたらどうしよう……)


ユキが中々言い出さない為に不安になるが、漸く言う決心が付いたのか、ユキは徐に口を開いた。


「次元さんとスタンダップコメディの約束をして4日後に、組長オヤジが長年大事に飼っていたペットの兎が亡くなりまして、そのせいで組長オヤジはすっかりペットロスに陥って……なのでそれをなんとか元気付けてやりたくて。次元さん、俺と一緒に組長オヤジの前でスタンダップコメディをして欲しいんです。お願いします」


とユキは頭を下げた。てっきり抗争カチコミや鉄砲玉(※殺し)を言われるのか思いきやまさかのペットロスからのペットロスに陥る組長さんを元気付ける為のスタンダップコメディのお願い──拍子抜けした俺は暫し放心したが、


「俺でよければ此方こそお願いします。最高に楽しいスタンダップコメディを作って元気付けましょう!」


斯くして、俺はユキと共に新たな一歩を踏み出した──


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