第11話

「雪也、お前はまた………」

 

 

 

 

 僕を見てがくりと項垂れた夕殿。

 

 

 

 

 

「ごめんなさい!!でも見て!!たくさん取れたよ!!」

 

 

 

 

 

 僕はたった今、川で取ってきたお魚をほらって見せました。

 

 

 

 

「ごめんなさいってなぁ、たまにはお前も洗濯しろ」

 

 

 

 

 

 今日はびしょ濡れ、昨日は泥まみれ。

 

 

 僕はいつも直垂や括袴を汚しては夕殿に怒られていました。

 

 

 

 

 

 草鞋は履かず、いつも裸足。

 

 

 怪我をするからと、いつも怒られていました。

 

 

 

 

 

「次は手伝うから!!僕まだか見てくる!!」

「先に着替えろって」

「大丈夫!!」

 

 

 

 

 

 そして走ります。

 

 

 走ることが、裸足で走り、地のぬくもりを感じ、風を切ることがこんなに楽しいなんて、僕は知りませんでした。

 

 

 

 

 

 僕はいつもこうして裸足で走り、地に転がり、川に飛び込み、堪能するのです。

 

 

 命を。生きていることを。

 

 

 

 

 

 大地が、僕が、夕殿が。すべてが。生きている。

 

 

 

 

 

 長い髪は切りました。

 

 

 僕にはもう、あの髪は要らないから。

 

 

 風を使う僕に、長い髪は邪魔だから。

 

 

 

 

 

 

 夕殿の『夕』という名は、夕殿の眸が夕陽のように赤いからそうつけられたと、あれから心配をして尋ねて来てくれた一樹さんに聞きました。

 

 

 そうか、と。

 

 

 夕殿は赤い目を伏せて静かな笑みを浮かべました。

 

 

 

 

 

 そして、僕の名は雪也。

 

 

 

 

 

 僕が生まれた日はとても寒く、雪が降っていたからだと幼い頃父様に聞きました。

 

 

『雪也』なのに白ではなく緑の鬼で、風を操るなんて。

 

 

 若草の季節に生まれた弟の草也と名前を変えようかと話し、笑いました。

 

 

 

 

 

「おーーーーい!!」

 

 

 

 

 

 ふわり舞う、暖かな風ににおう、草也と明宗と一樹さんの、におい。

 

 

 登った木の上から手を振ると、気づいた三人も手を振ってくれました。

 

 

 今日はみんなで集まろうと、草の元へ夢渡りをして決めたのです。

 

 

 

 

 

 あの日ここを襲った男たちは、あの後一樹さんに連れられて帰って行き、長老様や村長さんの逆鱗に触れこの村を追い出されたと聞きました。

 

 

 

 

 

 ここは鬼によって守られている。

 

 

 この血桜と湧き出でる泉と、鬼。

 

 

 どれが欠けても存続することはできないのだと。

 

 

 ただ、鬼の姿に人は恐れ戦くからと鬼たちはひっそりと暮らしているのだと。聞きました。

 

 

 鬼は異形であるだけで、本当は心優しい者であると。

 

 

 以前の鬼狩りは、鬼の角が不老の薬になるという迷信を信じた都の帝の命令による哀しい出来事だったとも、聞きました。

 

 

 

 

 

「兄さん!!」

「草」

「わ、兄さんびっしょり」

「あ、ごめんね、川でお魚を取っていたんだ」

「魚を?取れたか?」

「うん、たくさん取れたよ、一樹さん。後で焼いて食べよう」

「お前はどんどん逞しくなるなぁ」

「そうかな?」

「明宗の言う通りだ」

 

 

 

 

 

 そして笑って、僕たちは夕殿と僕が住む家へ行きました。

 

 

 今日は他に何を作って食べようか、後で木いちごを探しに行こう。

 

 

 話は、尽きません。

 

 

 

 

 

「夕殿っ」

 

 

 

 

 

 臥せる僕を抱え出てくれた縁側で、夕殿が待っていてくれました。

 

 

 僕は夕殿に駆け寄って、堪らず抱きつきました。

 

 

 

 

 

 生きている。

 

 

 

 

 

 それを、毎瞬、毎瞬僕は、噛み締めるのです。

 

 

 

 

 

 夕殿の芳しいかおり、熱い身体を、全身に、感じます。

 

 

 

 

 

「どうした」

「生きてる」

「うん?」

「僕、生きてるんだなって」

「ああ、生きている」

 

 

 

 

 

 ひゅるり。

 

 

 風が吹いて。

 

 

 

 

 

 僕たちの回りをくるくると舞いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは昔々のお話。

 

 

 

 

 

 小さな山間の村に、不可思議な木と不可思議な泉があったと言います。

 

 

 紅く、一年中散ることのない花は桜に似ていて、人はそれを血桜と呼びました。

 

 

 不可思議な泉は、澄んだ綺麗な水をこんこんと湧かせ、どれだけ雨が降らなくても、どれだけ日照りが続いても、決して渇れることはなかったと。

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 赤と緑の鬼に守られて、その村は今も、どこかにひっそり、あると………言われています。

 





おしまい

 

 

 

 

 

 

 

 

 完

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夢焔〜血桜奇譚〜 みやぎ @miyagi0521

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