色づく街と1人の猫。
こたまろ
1話目。
やっと、この街に色がついた。
1年以上、無色透明だと思っていたこの街に。
新宿三丁目のアパレルショップ裏で僕は学生時代の相棒に電話をかけた。
1月に入って真冬の凍えるような寒さもあってか、自分の声が震えているような気がした。
一通り用件を伝え終わると同時に向かいの歩道に”猫”が歩いて出てくるのが見えた。
「悪い。切るわ。」
僕がそう言うと、相棒は
「幸あれ。」
とだけ言って彼は電話を切った。
彼の人の気持ちを汲み取るテクニックは研ぎ澄まされていて、いつも感動してしまう。
保護フィルムの端っこが割れたiPhone11を落とさないよう気を配りつつ、スーツのジャケットの右側内ポケットにしまって僕は周囲に目を配った。
猫が横断歩道を渡ってこっちに向かってくる。
その猫は僕を見つけると、顔をくしゃっとして
「お待たせ。ごめんね。」
そう言って手を差し伸ばしてきたので、僕は猫の手を抱き抱えるように握ってから、彼女の歩幅に合わせてゆっくりと歩き出した。
普段は仕事で疲れ切った顔しか並ばないこの車内も週末を迎える「華金」だけは人々が心を取り戻し、どこか充実感が空気に混じった雰囲気になる。
(もう充分に「幸あり。」だよ、相棒。)
僕は猫の手を握りながら、そんなことを考えていた。
「次は高円寺。高円寺」
電車のドアが開いて猫に手を引かれて僕も降りる。
改札口を右に曲がって、古着屋に入って行く人を横目に真っ直ぐ商店街を下っていく。
時刻は19時を少し回ったとこだ。
途中で見えた緑の看板の店に猫は僕の手を引いてどんどん向かっている。
店に入ると、こんなご時世にも関わらず、大勢の人で溢れ返って缶詰状態だ。
値下げ品を吟味するおばさま方の隙間を縫って目的の「ホタテ」を選ぶ猫のその横顔を見て、僕はこれまで1度も感じた事がない幸福感で酔っ払っていた。
1月27日。
水が跳ねる音で耳が包まれている。
「明日はホタテパーティーだね。」
普段、仕事では出さないような声量を出したから喉が痛い。
風呂で頭を洗って貰いながら、僕は彼女に聞こえるようにそう伝えた。
ここ1年。
東京に来てから、ウイルスの影響もあって人との交流は減った。
上京組の僕には友人だって1〜2人いるかどうか。
「東京は”色がない”んだよね。」
Zoomの画面先にいる相棒は「TULLY's」の缶コーヒーに手を伸ばしながら、けったいな生き物を見るような顔をした。
ほんの数ヶ月前まで「色盲の僕」はそんな風に思っていた。
仕事が終わると僕は丸ノ内線「新高円寺」駅から15分ほどの自宅に徒歩で帰る。
近所の住宅街の裏に出るとたまに"彼女”が現れる。
「お、チュン。久しぶりね」
真っ黒い猫は僕には目もくれず、道路を渡っていき家の隙間に消えていった。
チュールを常備しているときは少しあげてみる。
おやつを舐めてる姿はとても可愛い。
目つきの鋭い女だが、この無色透明な景色をその目はどう映しているのだろう。
色鮮やかに見えているのだろうか。
僕が現在の会社に転職してから2ヶ月ほど経って、その猫は僕の前に突然現れた。
そこから3ヶ月ぐらい、その猫との距離感は特に縮まることなく懐いて貰えなかったが僕の突然の「異動」によってそのチャンスが巡ってきた。
振り返ってみると、本当にそうした偶然に偶然が重なって今に至る。
7畳1Kの小さな部屋。
薬局の荷物を置いた「よっこら」と置いた僕に彼女が聞いた。
「チュン。それ以来、会ってないの?」
彼女に僕はこう答えた、
「僕たちが初めて会った1年前ぐらいからチュンには会ってないね。」
彼女はチュンが人間になった姿なんじゃ。
そんな、お伽話を僕は苦手とするが、ホタテを美味しそうに頬張る彼女を見ると彼女とチュンはどこか似ている。
仕事が終わって帰路に着くと彼女からLINEが来た。
「明日で3ヶ月になる。よね?」
そうだ。
彼女との幸せな日々を過ごし始めて今日、3月12日で3ヶ月。
濃密な時間を過ごしているからだろうか、彼女のことを前よりもっと理解できたのに時が経つのは異常に遅く感じる。
(贅沢だな。自分。)
そんな風に感じるのも彼女の帰りをまだか、まだかと待つ自分が鏡に映るからだろう。
高円寺の居酒屋の提灯は赤く灯っている。
普段は気にかけないが、横にあるセブンイレブンの電光も。
そして、「純情商店街」の文字だって、緑に輝く。
やっと、この街にも色がついた。
不思議な猫との出会い。そして、彼女がくれた幸せで僕は心で色を視ることができるようになったのだ。
色づく街と1人の猫。 こたまろ @kotamaro1212
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