笑える小説
高野ザンク
無茶な注文
すき焼きの鍋を挟んで、若い編集者と向かい合わせで座っていた。
作業場からほど近い居酒屋で、来月の文芸誌にコメディを書いてくれと言われ、俺は怒り半分戸惑い半分の感情で生ビールのジョッキを空ける。
『純愛物の旗手』と呼ばれ、これまで何本かヒット作だって書いてきた。ちょっとばかり当たりがないからといって、すぐこの扱いはないだろう。ましてや俺はコメディものを一度も書いたことがない。そんな俺の小説を誰が読むだろうか。
「その意外性が売りなんですよ」
ついこないだまで学生だったのでは、というような若い編集者が諭すように言う。どうやらこのアイディアを思いついたのはこいつのようだ。
「今まで純文系の恋愛小説しか書いてこなかった先生のイメージを崩すようなコメディ、いやむしろコントでいい。とにかくお笑いです。そんな小説書いたら評判になりますよ」
「発想はわからないでもない。でも、これまでのファンが離れていっちゃうんじゃないか?それに、笑いってのは常識をずらしたところに生まれるもんだろ?テレビや新聞が“世間の常識”だった時代と違って、共通の常識が得にくい。そんなご時世にコメディを書けと言われたってなー」
そんな高尚なもんじゃなくていい、と男は言った。
「ドタバタで噛み合わない会話をどんどん続けていって……そうですね」
ウーロン茶を飲み干す。
「最後には爆発させちまえばいいんです」
「ずいぶん乱暴なことを言うね」
俺は、その単純な発想に思わず笑ってしまった。
「僕がどういう思いで小説を書いているか、まったくわかってない。ただ、文をつらつらと書き重ねていけば小説になると思ったら大間違いだよ」
「おっしゃることはごもっともですが」
それでもこの男は作家である俺に反論を試みる。
「終盤までは先生らしい純愛もので行くんです。でも最後の数ページで突然トーンが変わる。そして最後は爆発!読者の度肝を抜けますよ」
一発ギャグならそれでもいいだろう。でも、そんな作品を書いたが最後。どうしたって、煮詰まってヤケになった作家の末路じゃないか。
「僕はイヤだね」
溶き卵をかき混ぜながら俺は言った。すき焼きがグツグツと良い感じに煮えてきていた。
「だいたい、どういうシチュエーションで爆発するんだい?2人がテロに巻き込まれて、とかかい?笑いにならないだろう?」
「ガス爆発なんかどうでしょう」
目の前のカセットコンロを見ながら言った。ガス爆発。
「おならで発火なんていいんじゃないですか?」
「そんな下品な!俺は上品で流麗な文章が売りなんだぜ」
「いや、2人でランデブーとか言って」
結局ダジャレじゃないか。
「それは君、く、く、くだらないよ。あまりにバカバカしい」
バカバカしすぎて、俺は声を出して笑ってしまう。
頬が緩むと下腹部も緩む。俺がつい笑いながら屁をした途端、店は轟音を上げて爆発した。
(了)
笑える小説 高野ザンク @zanqtakano
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