押されて泣くな!

藤咲 沙久

ぎゅう、ぎゅう。


 戦いの時は来た。この日のために何度も練習してきたのだ。扉の向こうには審査員が待っている。二人はそっと目を合わせ、静かに頷き合った。

 すべてはこの二分間で、決まる。呼吸を整えリビングのドアを開け放すと、蛍光灯の明かりが二人を照らした。



「どーもー!」

「はい、僕が兄貴の清史きよしで」

「ぼくが弟の佳人よしとで」

「二人併せて“よしくらまんじゅう”いいますー」

「せーのっ、ぎゅう!」

「ぎゅう!」

「ぼくらね、清史のヨシと佳人のヨシをギュッと寄せたから、こんな名前なんですけどね」

「恥ずかしいやっちゃな、ええねんコンビ名の説明なんかせんでも」

「せやかて名前は大事やで。まあ押しくらまんじゅうなんて、今時の子供はせぇへんけどな」

「そんなことないって。休み時間とかするやろ」

「あかんあかん、よう考えてみ。お兄ちゃん何年生や?」

「僕は五年生や」

「ぼくなんか三年生やで」

「それがどないしてん」

「ぼくの方が若いから、お兄ちゃんより今時の子供いうことや」

「そんなん言うんやったら、今時の子供は何して遊ぶんよ」

「今時の子供はな、みーんな、パケモンや。パケットモンスターに決まってるやんか」

「なに言うてんねん。パケモンなんてむっかしからあるゲームやないか」

「ちゃうちゃう! 色んなサブタイトルでソフト出とるやろ? その最・新・作や」

「そんなん出とったん。知らんかったわ」

「お兄ちゃん遅れてるわ~。ぼくのクラスではこの話題で持ちきりやで。もうみーんな遊んでるで」

「ほなお前も遊んでるんちゃうん」

「それがあかんねん、お母ちゃんが買うてくれへん。お母ちゃんは三十八歳やで? 三十八歳には小学生の流行りがわからへんのや」

「いや、わかるわからへんで買わんわけちゃうやろ」

「代わりにそっちのお母ちゃん、ぼくにゲーム買うてくれへんかな」

「なんで人のお母ちゃんに買うてもらうねん。……待てや、僕のお母ちゃんはお前のお母ちゃんやないかい!」

「でもぼくはな、もう手ぇ打ってあんねん」

「めっちゃ無視するやん。で、なんなんそれ」

「クラスの子がな。貸してくれる言うてんのや」

「え、太っ腹やなソイツ。もうプレイし終わったん?」

「ちゃうねん。ぜーんぶマップ行って、ぜーんぶ図鑑集めて、完全攻略したら貸してくれるねん」

「いやそれ絶対貸す気ないやつやん! パケモンやで? あんなん僕、なんだかんだ完全攻略とかしたことないわ!」

「わからへんやん。もしかしたら三日でコンプするかもしれへんやろ」

「三日でコンプ出来るようなゲーム流行るわけないやろ!」

「ほんなら一週間かもしれへん」

「あんま変わらへんわ!」

「ええやん、とにかくパケモンがやりたいねん」

「こんなん話しとったら僕も新しいパケモンやりたなってきたわ。でも兄弟二人ともなんてもっと買うてもらわれへんやん」

「大丈夫やお兄ちゃん。まずぼくが買うてもらうやん?」

「おお、そんで?」

「そこからぼくがお兄ちゃんに貸したるんや」

「なんや、めっちゃ優しいな」

「せやろ? ぜーんぶマップ行って、ぜーんぶ図鑑集めて、完全攻略したら、貸したるからな!」

「いやそれ絶対貸す気ないやつやん! やめさせてもらうわ!」

「どうも」

「ありがとうございましたー」

「で」

「どないですかお母ちゃん」

「おもろかったら買うてくれる約束やんな?」

「な?」



 にこり、審査員が笑った。これはもしかすると条件をクリアしたのではないか。二人の期待は高まり、しかし次の言葉にそれは裏切られることとなる。

「却下やな」

「なんでなん!」

「笑うとったやん!」

 漫才を見ながら洗濯物を畳んでいた審査員──母は、息子たちの額を順にデコピンしてやった。

「お母ちゃんの年齢をネタにしたんは失策やったな!」

 かくして二人は、ゲーム購入を懸けた母との押しくらまんじゅうに押し負けたのである。

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押されて泣くな! 藤咲 沙久 @saku_fujisaki

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