心構え
キロール
笑わぬ子
良いか、お前ら。
人を笑わせるには、間が必要だ。畳みかるってのは終盤の手法で、最初は間を取りながら客の機を見て芸を見せる。トーマ、お前なら話術で間を取りながら客の機を見てお得意の百面相をぱっぱと見せる、それで笑いを取るって寸法よ。
お前らは間の取り方が甘いんだよ。間もろくに取れないんじゃ、笑いは起きねぇ。俺たち芸事と話術の神テールの使徒が人様を笑わせられないでどうするってんだ? 武術ばかりもてはやされる暗い世の中だが、祭りの際には俺たちが人様を笑わせ気を晴らすんだ。そいつが俺たちの意地って奴よ。
と、まあ、威勢良く言いてぇもんだが世の中上手く行かねぇ事も多いわな。俺も良く失敗していたもんだ。
お前らに意味があるのか分からねぇが、ちょっと昔話をしようか。昔ったって十年ほど前の話でしかねぇがな。
俺はよ、武術ばかりがもてはやされる世の中が嫌でよ、懸命に人を笑わせていた。笑えばその時は、その一時は嫌な事を忘れられる。ましてやそれを笑われる事ではなく、笑わせる事で出来たんなら、こんなに素晴らしい事はねぇってな。
志だけは立派だったさ、立派過ぎて面白くもねぇがよ。
まあ、剣には技があるように、槍には技があるように、笑いにも技がありそいつを研鑽していた。そんなある日、狩りと生命の女神ルードの神殿で祭りが行われた。何処の神さんの祭りであろうとも、祭りとなれば芸事と話術の神テールの使徒の出番よ。
俺は連日祭りに来る連中を笑わせていたんだが、その中で気になる親子連れを見つけた。黒髪の鋭い雰囲気の男が五歳くらいの金髪の娘を抱えている姿だったが、妙に気になった。髪の色が全く違うし、顔立ちだって似てねぇのに親子としか思えねぇからさ。
まあ、養子かも知れねぇし母親の血が濃いだけかも知れねぇ。家族ってのは色々と他からじゃ分からねぇことが沢山あるってもんだからよ。まあ、当時の俺は家族についてどうこう言う資格はねぇんだがな。なんせ、家族をうっちゃって人を笑わせる術ってのを研鑽していたからさ。
……まあ、俺の話は置いておくが、親父の方がニコリともしねぇのはまあ良かったんだが、娘の方も全く笑わねぇのよ。他の子供らなんて幾らでも笑っていたと言うのに。顔の表情を思いっきり瞬時に変える百面相も、世情を反映し風刺に満ちた話術も、面白おかしい奴らによる会話劇も、歌って踊る簡単な喜歌劇にも笑わなかった。
あん? そんなにネタもってたのかって? ……そりゃ、お前、手の内全部教える訳ねぇだろう? 幾ら教え子たってお前ら同業他者なんだから。俺も家族を食わせるのに自分だけのネタは持っておきたいんだよって、そんな話は関係ねぇ。
その娘が全然笑わねぇから、俺のプライドはいたく傷つけられたって訳よ。親父の方が笑わねぇのは、こんなご時世だ、分からなくもねぇ。笑いを忘れた大人なんて珍しくはなかったからな。だが、子供が笑わないってのが俺には堪えた。
しかし、その親子はどうも神殿側で呼んだ特別な客のようでな、祭りの間中はいる様だと分かった。こうなれば俺のやる事は一つ、娘を笑わせる事だ。もう、それこそ意地って奴よ。絶対笑わせるってな。
結構、会心の出来の会話劇もそん時即興で作ったりもしたんだが、娘は笑わなかった。いや、他の客は大爆笑してるんだけど、笑わねぇんだ。言葉が通じないのかと思って面白おかしく体を動かす無言劇もやったが笑わねぇ、他の客は笑ってたから出来は悪くねぇはずだった。
来る日も来る日もそんな事をしていると、他の連中も察しが付くってもんだ。親子連れと俺の笑うか笑わないかの対決だってな。
実際にはそう言う訳でもなかったんだが、まあ、俺は何としても笑わせてやるって息巻いてたしな。それでも全く笑わない娘という構図は他の連中には可笑しかったみたいで、遂には娘が勝つか俺が勝つかの賭けまで始まった。親父はそれに乗じて金もうけに走るでもなく、厭う訳でもなく淡々と俺の芸を見ていた。
ん? 娘が笑えねぇ病気だったんじゃないかって? そいつが違うのさ。ルードに仕える聖女様とかには笑いながら話もしてたし、他のテールの使徒の即興歌とかには笑ってたんだからよ。
俺のプライドはズタズタよ。そんでな、祭りも最後って日が来た。笑わない娘との対決の最後の舞台だ。そこで俺が舞台に立ったらトラブルが起きた。俺のカカァが乗り込んできたのよ。一体いつまで家に帰らないつもりだって! 言ったろう、その頃の俺は笑いの術って奴を磨くために家族をうっちゃってたって。
舞台の上で別れる別れないの話が始まって、すったもんだの挙句に息子まで出張ってきた。そんで言うのさ、寂しいよ、帰って来てよってな。
俺はのめり込みすぎてたんだな、人を笑わせるって事に。どこの誰とも知らない人間を笑わせるために、身近な人間を悲しませていたって訳よ。そいつに気付いて、俺はその場で二人に土下座したんだ。すまねぇ、俺が悪かったって。
そしたらよ、笑いやがった。あの笑わなかった娘が親父の片腕に抱かれたまま。その様子を見守っていたおやじが口を開いて言ったのさ。
「身近な者に笑いを届けず、何のためにテールの使徒か。だが、それに気づいた以上、貴殿の芸はより高まるだろう」
……いやぁ、やられたね。胸に矢を撃ちこまれたような一言だった。
要するにな、身近な人間は大事にしな。お前らは俺の教えた芸はしっかりできている。後は心構えだけだ。技だけ研磨したって意味はなねぇ。心意気をしっかり持たねぇとな。
これがお前らに贈る言葉だ。
それじゃあな、どこかの祭りであったらよろしく頼むわ。俺は今から帰って飯の支度しなくちゃいけぇねんだ。そう言う約束だからよ。
心構え キロール @kiloul
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