仮初家族は今日もご飯が美味しい

テケリ・リ

ご飯が美味けりゃ何だかんだ世は事も無し



まさるさん醤油取ってください」

「はいよ……ってそうかぁ〜、志帆しほさんは目玉焼きは醤油派なのか〜」

「マサルー、ウチにもソース取ってー」

麗奈れなちゃんはソース派かぁ〜。はいはいっと」


 時刻は朝の七時前。今日も我が家族は自由に食事を楽しみ、仕事や学業に備えて英気を養っている。

 僕もまた家族の嗜好を新たに知ることができたので、朝の長閑のどかな空気も相まって自然と頬が緩んでくる。


「麗奈ちゃんっ、お世話になってるんだからちゃんと優さんって呼びなさい! 何歳年上だと思ってるの!?」

「うるさいなーシホちゃんは。イイじゃんか本人が怒ってないんだからさー」

「まあまあ二人ともケンカしないで……僕は平気だからさ。それより志帆ちゃんって呼び方も可愛くて良いね。僕もそうしようかな?」

「優さんっ! 優さんは麗奈ちゃんを甘やかしすぎですっ!」


 ケンカを止めるために発言したつもりが、逆に僕まで怒られてしまった。

 志帆さんはしっかりした女性ヒトだからなぁ。身近な存在だから些細な事でも気になっちゃうんだろうね。たとえさ。


 そう。〝家族〟とは言っても、僕達三人は全員血の繋がりも一切無い、赤の他人同士なんだ。


 そんな僕らがどうして家族の真似事なんかしてるかって? それを説明するには、一週間前の出来事を振り返らないといけないなぁ……。




 ◆




「マサルちゃんもそろそろ人雇ったらー? 明らかに一人じゃ忙しそうじゃない」

「ルリママ……そうは言うけどこの小さいハコだよ? 満席になってもたかが知れてるのに、わざわざ雇っても窮屈な思いさせちゃうよ」


 僕は実は、親から継いだ一軒家を改装して飲み屋を経営してるんだ。内装はカウンター席とテーブル席の二種類で、料理もお酒も出すダイニングバー的なお店だ。


 常連になってくれているルリママ――この人も自分のスナックを持ってて、こうして自分のお店の開店前に来て、夕食を食べてってくれるんだ――に言った通り、座席数はたったの二十席ほどの小さいお店だよ。

 人と立地に恵まれてそこそこの集客は得られているけれど、料理もお酒も全部僕が作るので、休む暇もなく動き回ってはいる。そんな時はカラオケを歌って待っててもらったりね。


「あのねマサルちゃん。あたしらはもちろんアンタの美味しい料理目当てで来てるんだけど、それよりもアンタの顔を見て喋るのも、楽しみにしてるんだよ?」

「それは……うん」

「だからね? せめて配膳や洗い物だけでも人に任せれば、こうしてお喋りして互いに元気を分け合えるじゃない。それとも、あたしらと喋るのは嫌?」

「嫌なんかじゃないよ。うん……嬉しいよ」


 そう言い残してルリママは、自分のスナックへ行く時間のため店を出ていった。


 アルバイト……雇ってみるかなぁ〜。


 料理好きが高じて調理師免許まで取り、一念発起して始めたこの店だけど……ああやって常連さんから嬉しい言葉を貰っちゃったら、なんとかより良くしていきたいじゃないか。


 そう腹を括った僕は食器を片付けてから、平日の暇な時間ということもあり、バイト募集のチラシを作ることにしたんだ。


 そしてそんな、ちょうど夕飯時を過ぎた頃に。


「いらっしゃいませ!」


 ドアベルが来客をしらせ、僕はチラシに落としていた視線をお客さんへと向けたんだ。そこには――――


「へぇー。こんなとこに飲み屋なんてあったんだー」


 制服姿の金髪ロングヘアーの少女が、一人で物珍しそうに店内を眺めていた。


 時刻は二十時前。夕飯には少し遅く……かと言って夜更けにはまだ少し早い時間に、明らかに未成年の少女が、一応は飲み屋の看板を掲げる僕の店に来たのだ。


「おじさん、お酒飲ませてー」

「いやダメだよ!?」


 開口一番とんでもないことを口走るこの少女が、後に家族となる麗奈ちゃんだった。


「ウソウソ〜♪ 烏龍茶と、なんかオススメの料理作ってよ。ちゃんとお金はあるからさー」

「そ、それなら大丈夫だけど……遅くならない内に帰るんだよ?」

「えー客に帰れとかありえなくなーい? あ、カラオケあるじゃん! おじさん、デンモク貸して!」

「一応一曲二百円なんだけど……まあ他にお客さんも居ないから良いかな。はい、どうぞ」

「マジぃ!? ヤバ、おじさん優男やさお〜♡」


 男って生き物は可愛い女の子に弱いものである。ギャルっぽいけど容姿の整ったその少女にデンモクとマイクを渡して、まずは烏龍茶を用意する。

 グラスに飲み物を注いでいる間に早速彼女は曲を入れて、僕でも知っている有名なアイドルの曲を歌い始めた。


「何を作るのが良いかな……。お肉でもいいかい?」


 邪魔をするのはしのびなかったけれど、一応はお金を頂戴するんだしと、僕は少女に御伺いを立ててみる。すると彼女は歌は止めずに、いい笑顔でハンドサインで『OK』と返事をくれた。


 締め用のご飯もあるし、生姜焼き定食でも作ってあげようかな。


 しかしそう思い立った矢先、再びドアベルに呼ばれたので入口へと振り返る。


「いらっしゃいませ! 一名様ですか?」


 そこに立っていたのは、茶髪のボブヘアーのスーツ姿の若い女性。少しキツめの目付きだけれど、スラッとした女性にしては高身長な美人さんだった。


國生こくしょうさん! あなたは未成年なのにどうしてこんなお店に入ってるんですか!?」


 こんなお店と言われたのには多少、いやかなり傷付いたけれど、その美人さんは真っ直ぐにカラオケを歌う女子高生へと向かって行ったので、多分知り合いなんだろう。


「まあまあ。お酒を飲むわけじゃありませんし、お食事をしに来ただけですから。遅くならない内に帰らせますから、ね?」


 カウンター越しに、カラオケを中断されて機嫌を損ねたらしい彼女を庇うために声を掛ける。


「私の生徒がご迷惑をお掛けして申し訳ありません……! 担任の好元こうもとといいます。彼女には私からよく言っておきますので……!」


 こうしてわざわざ名刺を取り出して名乗った彼女が、これまた後に家族となる志帆さんだった。彼女は少女――麗奈ちゃんの担任の先生だったんだ。


「ウザっ。シホちゃんさー、もしかしてウチのこと尾けてたの?」

「シホちゃ……!? 先生って呼びなさいって何度言えば……!」

「あーはいはいそういうのいいからー。あとウチのこと苗字で呼ばないで。キライなんだよねーあの家」

「っ……! 確かにあなたとご両親との問題は難しい事ですけど、だからって未成年がこんな夜更けに!」


 いきなり目の前で言い合いが始まってしまった。まあ夜の飲み屋に担当生徒が入るともなれば、担任教師からしたら気が気でないのは仕方ないだろう。


「あのー、とりあえずご飯食べませんか……?」


 少し落ち着いてほしいと思った僕は、ついついそんな口を挟んでいたんだ。

 生徒である少女はお腹が空いていたから店に来たんだろうし、そんな少女を追い掛けてきた先生もスーツ姿だ。食事でもして気持ちを落ち着けてから、穏やかに話し合ってほしい。


 そう思って、僕は店を臨時休業にして閉めてから、二人分の生姜焼き定食を作ったんだ。




 ◆




「レナちゃんまたあの曲歌ってよー」

「えー? 注文落ち着いたらね……って、たぐポンが頼んだからお酒作ってるんじゃん!」

「それな。あと鶏カラも頼むわー」

「あーい、ちょっと待っててねー。マサルー、たぐポン鶏カラ追加ねー」

「あいよー」


 男って生き物は可愛い女の子には弱いものなのである。


 結局あの日の晩、麗奈ちゃんと志帆さんの話し合いの末、二人して僕の家に住むということになったんだ。


『おじさん、ウチここでバイトする! 住み込みで!』

『はい??』

『な、何を言ってるんですか國しょ……麗奈さん!?』

『ご飯作ってくれるならバイト代も無くていいよ! あんな家帰りたくないし、どーせ親も気にしないし!』


 志帆さんの話によると、麗奈ちゃんは現在は母親の再婚相手の義父の家に住んでいるらしい。義父からは煙たがられ、それに同調した母親からも疎まれているせいで、彼女は家に居場所が無いんだとか。


『ちなみに……店長さんはご結婚は……?』

『一度もしたことないですねー。今は恋人もいませんし。両親も他界してるので孤独なもんですよ』

『……分かりました! 保護者ということで私もここに住みます! もちろん家賃や光熱費もお支払いします! 生徒を異性と二人きりで同棲させる訳にはいきませんから!』

『え、ええぇぇ……?』


 聞けば志帆さんも賃貸住まいの一人暮らしだそうで、麗奈ちゃんを心配して監督役を買って出たんだ。


 決め手はやっぱり、ちょうど募集しようと作っていたバイト募集のチラシだろうなぁ。志帆さんも公務員だから副業はダメだけど、お手伝い程度ならって言ってくれたし。


「麗奈ちゃん、そろそろ終わりにしよっか。まかない……夕飯は何がいいかな?」

「え! じゃあホタテのアヒージョがいいな♪」

「了解。出来たら呼ぶから、もうちょっと頑張ってね」


 結局僕は勢いに負けて、二人の住み込み(下宿?)を許したのだった。


 それからは、麗奈ちゃんは学校が終わってからは店でバイトをし、未成年でもあるし夜の九時頃まで接客をしてくれている。志帆さんは学校の仕事が終わり余裕がある時は、皿洗いだけだが手伝ってくれるよ。


「おい店長なんだよアヒージョって!?」

「へっへー♡ マサルの特別裏メニューだよー♪」

「まあまあ、新メニューってことでその内出すよ」


 常連の田口さんから文句を言われるけど、こうして彼女が提案してくれるおかげでメニューも増えるんだから、許してほしい。


「いらっしゃ……ってなんだシホちゃんかー。おかえりー」

「なんだってなんですか……。優さん、遅くなりました」

「ちょうど夕食を作るとこだよ。先に麗奈ちゃんと食べておいでよ」

「今日は何ですかっ?」


 あはは。実は彼女達は僕の料理が目当てでは……なんてのは、自惚れかな?

 そんな感じで、独りぼっちだった僕はこうして、家族のようなものを手に入れて、ぼちぼち楽しくくらしている。


 うん、麗奈ちゃん。すぐに作るからあんまりお客さんから貰わないようにね?




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