「見える」先生の話
イカワ ミヒロ
ミーナ先生
当時、私は海外でとある社会人向けのコースに参加していました。これは、そのときに講師をしてくれていた女性の話です。ミーナ先生としましょう。
ミーナ先生は、クラスの初日から「あらっ、あなたお母さんは大丈夫?」などと全く知らない生徒に向かって尋ねるような方でした。聞かれた方が「……なぜ、母の具合が悪いことをご存知なんですか?」と聞き返すと、「ごめんなさい。ちょっと頭に浮かんだものだから」とミーナ先生は答えていました。
しばらくするうちに、ミーナ先生が実は「見える人」だということがわかってきました。頭にぱっと浮かぶそうです。そして、もともとそういう体質だったわけではなくて、ある日突然そうなったそうです。
それは先生が海外旅行に行ったときのことでした。ホテルで休んでいるとベランダの向こうに何かきらめいているものが見えて、先生はそれを見にベランダに出て行きました。先生が泊まっていた部屋は五階か六階の高い所にあり、下にはプールがありました。ベランダから下を見渡すと、プールの上空一面に紫色のベルベットのようなものがはためきながら広がっていました。それは、とても美しく、先生は「ああ、あの中に飛び込みたい」と強く感じたそうです。ベランダ越しに紫色のベルベットを凝視していて、ほとんど柵を乗り越えるかの体勢になったとき、背後で「行ってはいけない!」と言う強い声が聞こえました。振り返ると、先生の亡くなったおじいさんが立っていて、「行ってはいけない。こちらに戻りなさい」と言いました。そのまま、ふらふらと部屋に戻り、再び窓の外を見ると、もう紫色のベルベットは消えていました。
そして、その日の午後、突然「タロット カードを買わなくては」と思い立ったそうです。タロットなど一度もしたことがなかったのに、ホテルのフロントでタロット カードが買えそうなところを尋ね、買いに行きました。そして、習ったこともないのに、タロットのリーディングができるようになったとのことでした。それと同時に、人に会うと何か頭にぱっと浮かぶようになったそうです。
この話を聞いた私はとても懐疑的でした。例えば、「あらっ、あなたお母さんは大丈夫?」と聞いたとしても、質問自体は曖昧で、お母さんが元気なら「ええ、大丈夫ですよ」と答えることもできるし、具合が悪ければ「なぜこの人はそのことを知っているのだろう?」と考えることもできるからです。いわゆるコールド リーディングをしているのでは、と私は思っていました。
しかし、確かにこの人は本物だ!と思った出来事があります。
ある講義中のことでした。参加しているのは社会人ばかりなので、授業中に生徒の携帯に仕事の電話がかかってくることがありました。そういうときは、生徒は廊下に出て、廊下で電話を受けていました。その日も、ビルさんという生徒に電話がかかってきました。すると先生は、その呼び出し音を聞くなり、ビルさんに向かってはっきり言ったのです。
「メリー・アン ウィンストン!」
ビルさんは「失礼します」とだけ言って、かばんから携帯を取り出すと廊下に出て、話を始めました。私たちは、そのまま授業を続けました。
何分かして、ビルさんが廊下から戻ってきた時、彼はこう言いました。
「どうしてメリー・アンからの電話だってわかったんですか?」
「わからないわ。ただ、名前が頭に浮かんだのよ」
電話は確かにビルさんの上司のメリー・アン ウィンストンさんからのものだったそうです。
その年のクリスマスに、ミーナ先生が全員にタロット リーディングをしてくれることになりました。クラス メイトの家に集まってパーティーがてら、先生が別室で一人ひとりにリーディングをしてくれました。そのときにも、確かに先生は、私が誰にも言ったことがないこと、そして私自身も知らなかったことを言い当てました。
元カレの話、私には本当は弟がいたこと、「コウサブロウ」という名前の先祖が私を見守っていてくれていること……。ミーナ先生は、特に日本文化に詳しいわけでもなく、「コウサブロウ」という名前も単純に頭に浮かんだようで、「これって名前?こんな名前ある?」と私に聞いていました。私自身も「コウサブロウ」という名前に覚えがなかったので、後に母に聞いた所、「それは私の祖父の名前よ」と言っていました。これも先日、古い戸籍を見る機会があり、確かに曽祖父の名前として幸三郎と記載されていました。そんな遠い親戚が私の心配をしてくれているとは、ありがたいことです笑。
ただ、その後思ったのは、ミーナ先生は今のことはわかるけれど、未来のことまではわからない、ということでした。タロット リーディングをしてもらったときに、先生は「このコースの人たちは全員大丈夫よ。最後までやり遂げるわ」と言ったのですが、残念ながら何人かの脱落者が出ました。そして、私にもこう言っていたのです。
「あなたは何か書くわね。小説か何か。それは結構成功して、それで食べていけるようになるわよ」
いや、だったら良かったんですけどねえ (^^;)>
そして最後に「あっ、やっぱりミーナ先生には見えている」と思った出来事をもうひとつ。
当時、私は BL 小説を書いていて、講義中あまりにも退屈でそのネタを考えていたのですが、横を通ったミーナ先生は――とってもヘンな顔をして私を見ていました。
すいません、先生。お恥ずかしいものをお見せしまして……。
「見える」先生の話 イカワ ミヒロ @ikamiro00
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