日本強職員組合 ~教え子を戦場に送るな、俺が行く~

輪島ライ

日本強職員組合 ~教え子を戦場に送るな、俺が行く~

 東京都足立区にある七星しちせい中学校は総生徒数700を超える大規模校で、総数21に及ぶ学級の運営を支えるために多数の教員が勤務している。


 今年度でよわい38になる国語科教諭の古賀こが秀二しゅうじはその一人であり、彼は日本を代表する教職員の労働組合である日本全国教職員組合、通称「日教組にっきょうそ」の構成員でもあった。



「今日の授業は教研きょうけんのため自習とします。各自で学習を進めておいてください」


 月曜日の2時間目の授業で、秀二はそう言うと出席簿を手に中学2年C組の教室を出ていった。



 秀二の姿が見えなくなると、生徒たちはせきを切ったように彼の噂話を始める。


「古賀先生って、よく教研とか言って授業サボるよな。あれで他の先生と同じ給料貰ってんだぜ?」

「何かニッキョーソとか言うらしいよ、訳分かんない会議に参加するからって勝手に授業中止にするんだって」



 生徒たちからの自分の評判がかんばしくないことは理解しているが、そのことを秀二はやむを得ない現実として受け止めていた。


 確かに日教組の世間的な評価は良くないし、ただの構成員には教員として明らかに不適格な人物も多い。



 そう、「ただの構成員」に限れば。





「よく来てくれましたね、古賀先生。こちらの中学校では3年目となるはずですが、お元気になさっていますか」

「ええ、どの生徒も真面目な良い子ばかりですよ……」


 日教組の恒例行事である教育研究集会、通称教研に向かうと生徒に告げた秀二は、集合場所である七星中学校の体育館に来ていた。


 今の時間は体育の授業が行われておらず、そこには近辺にある秀二の前任校で主任を務めている社会科教諭の瀧田たきたが待っていた。



「それは何よりです。では……」

「……ッ!!」


 穏やかに話していた瀧田は、突如として右腕を振り上げるとすぐさま勢いよく振り下ろした。


 振り落とされた瀧田の右腕から虚空を切り裂く衝撃波が飛び、自らを狙った衝撃波を秀二は瞬時の横跳びで回避した。



「まだ腕は衰えておられないようで。繰り返しの勧誘となりますが、我らが日強組にっきょうその次期足立区支部長に名乗り出て頂けませんか?」

「瀧田先生のご推薦はありがたく存じますが、私はまだ教育の最前線で働きたいのです。もう少しお待ちください」



 瀧田が口にしたのは、秘密組織である日本強職員きょうしょくいん組合、通称日強組にっきょうそ


 日教組の構成員から武術に秀でた者だけが所属することを許される、いわば日教組の裏の顔である。



 日強組の存在目的はただ一つであり、それは「教え子を戦場に送るな、私が行く」というスローガンに象徴されている。


 ここで言う戦場とは戦争が行われている場所ではなく日常生活でのトラブルや暴力沙汰を指しており、日強組の構成員は鍛え上げられた己の身体能力で教え子たちを守り、同時に教え子たちが過酷な社会を無事に生き抜いていくための教育を行っている。



 現在日強組の足立区支部長である瀧田は大学の後輩でもある秀二を自分の後任に推していたが、教育業務に差し支えることを嫌う秀二は比較的若年であることを理由に勧誘を断っていた。



「それでは仕方ありません、またの機会にお誘いします。……古賀先生、何かを察しておられますね」

「ええ、今まさに生徒が危機に陥っています。本日はここで失礼させて頂きます」


 秀二はそう言うと瀧田に背を向け、恐るべき速度で体育館を駆け出していった。





「ヒャッハー、俺たちはクー・アンノーン様だぁ! そこのガキども、今からお前たちの腕を一本一本切り落としてやるぜぇ!!」

「ひいっ! あ、あなたたち、一体何をする気なんですか!?」

「真実は我らがクー様の言葉にしかないんだよ。闇の政府ディープステートに支配された学校教育を受けている君たちには、浄化が必要なんだ……」


 秀二が自習を命じた学級は、突如として学校に乗り込んできた国際テロリスト集団「クー・アンノーン」に占拠されていた。


 彼らはインターネット上で活動する謎の人物「クー」を信奉するカルト宗教団体で、信者が世界各地で散発的にテロ行為を起こしているにも関わらず一つのまとまった組織としては存在しないため警察の対応は後手に回っていた。



「この学校の教師ども、間違っても助けに入ろうなんて思うんじゃねえぞぉ? 俺たちのデモンストレーションの邪魔をしたら、ここに持ってきたガソリンをぶちまけて道連れにしてやるからなぁ!!」

「お願いですからやめてください、私たちが何をしたって言うんですか!」

「うるせえ! 女は黙ってやがれ!!」


 メガホンを手に脅迫を行う狂気に取りつかれた男に女子生徒が抗議したが、テロリストは生徒を教室の床に突き飛ばした。





「教頭先生、状況は今どうなっていますか。私が目を離した隙にこのようなことが……」

「古賀先生、今はあなただけが頼りです。生徒たちをどうか救ってください!」


 他の教室の生徒は全員避難させたものの、テロリストをどうすることもできず絶望していた教頭は駆け付けた秀二にそう懇願こんがんした。


「分かりました。ガソリンを持っているという発言は狂言とも限りませんから、警察と消防に連絡した上で先生方も校庭に避難してください。ちょうど瀧田先生もいらっしゃいますから、万が一テロリストの別動隊がいても大丈夫です」

「ありがとうございます。先生、任せましたよ」


 教頭は少し安心した表情で答えると他の教職員に避難指示を出しに行き、秀二は2年C組の様子を廊下からうかがった。



 教室内には4人のテロリストがいて、全員がボウガンとジャックナイフで武装している。


 生徒たちは教室の前方に集められ、男子生徒は両手を縛られている。


 数個のポリタンクを持ってきているようだが、秀二の研ぎ澄まされた嗅覚きゅうかくはその内容物がガソリンではなく灯油であることを察知していた。



 今から教室内におどり込んでテロリストを叩きのめすのは容易たやすいが、日強組とそれに所属する教員の存在は秘密である以上、生徒たちに自分が戦う姿を見せることは避けたい。


 そう考えた秀二は、持てる闘気全てを発してあの空間を呼ぶことにした。



 慌てた表情を装いつつ、秀二は教室後方のドアを勢いよく開けて教室内に駆け込む。


「皆、大丈夫か! 先生が今助ける!」

「入ってくんなって言っただろうがよぉ! くたばれクズ教師!!」

「ぐうっ!!」


 テロリストの1人は秀二に向けて即座にボウガンの矢を放ち、矢を左肩に受けた秀二はあえて大声で悲鳴を上げた。



「先生、大丈夫ですか!?」

「ほーら見ろ、お前らもクー様に逆らうとこうなるんだ! 分かったら黙って……んっ?」


 ボウガンで撃たれた秀二に悲鳴を上げる生徒たちを、テロリストたちはあざ笑いながら脅迫していた。


 しかし、彼らの姿はもはや教室内から消えていた。





「こっ、ここはどこだ!? 俺たちは学校にいたはずじゃ……」

「その通りだ、お前たちは妄執もうしゅうに取りつかれて中学校を襲撃し、無辜むこの生徒たちを傷つけようとした。そのような外道げどうに教室にいる資格はない!」


 驚いて周囲を見回す4人のテロリストに、秀二は左肩に突き刺さった矢を右手で勢いよく引き抜きつつ告げた。



 周囲に広がるのは何もないすさんだ荒野で、今この空間にいるのは秀二と4人のテロリストのみ。


 そう、ここは日強組教員の中でも卓越した闘気を身に宿した者だけが生じさせられる異次元空間。



 生徒たちを秘密裏に悪の手から守るための究極的手段であるこの空間は、日強組教員たちから「矯正きょうせい次元」と呼称されていた。



「てめえ何者だ!? 俺たちに何をする気だ!!」

「安心しろ、命を奪いはしない。だが、貴様らに二度と生徒たちを傷つけさせん! 矯正、実力行使!!」


 再び自らにボウガンを向けたテロリストたちに、秀二は高速で突撃すると右の拳を振りかぶった。



「体罰術の二、矯正ビンタ!!」

「うぐっ!?」


 日強組で代々伝承されてきた奥義「体罰術」の一撃を受け、テロリストの1人は顔面から地面に叩きつけられる。



「体罰術の五、膝打法しつだほう!!」

「がああっ!!」


「体罰術の三、石頭撃いしあたまげき!!」

「ぐほぉっ!!」


 目にも留まらぬ速さの膝打ちでテロリストの腹部を突き、頭から飛び込んでもう1人のテロリストの胸部に強烈な打撃を加えた。



「そ、そんな……クー・アンノーンの戦士である俺たちが……」

「クーが何者だか知らないが、お前たちは何者かも分からない人間を信じて凶行きょうこうに走ったのか。もはや同情の余地はないが、教育者としてこれだけは言おう」


 最後に1人だけ立っていたテロリストに、秀二は走り寄って首元に手刀を叩き込む。



「自らの人生を反省し、再び教育を受けろ! そのために、今は黙れ!!」

「んがあっ……」


 全力の一撃を受けたテロリストはそのまま昏倒こんとうし、闘気を使い切った秀二は矯正次元を収束させた。





「先生、大丈夫ですか……あれ?」

「テロリストが倒れてる!? 一体、何があったんだ!?」


 先ほどまでボウガンとジャックナイフを手に暴虐を尽くしていた4人のテロリストは、いつの間にか教室の床に倒れていた。


 矯正次元の中では時間の経過が極めて遅く、先ほどまでの戦いも生徒たちにとっては一瞬の間の出来事だった。



「申し訳ない、先生は痛みで動けないから、誰か教室の外に人を呼びに行ってくれ……」

「分かりました、すぐ救急車も呼んで貰います!」


 ボウガンの矢で受けた傷の痛みで動けないふりをして、秀二は女子生徒にそう頼んだ。


 すぐに他の教師たちと待機していた警察が教室内に入ってきて、4人のテロリストは拘束され、ボウガンとジャックナイフ、灯油の入ったオイルタンクも押収された。


 秀二はその後に到着した救急車の担架たんかに載せられ、全ての事情を理解している教頭に一言礼を伝えると、そのまま病院へと搬送されていった。





 クー・アンノーンのテロリストたちは日強組教員たる古賀秀二の活躍により打ち倒されたが、その真相を知るのは日強組教員と彼らを陰から支援する管理職教員のみである。


 入院生活を終えて職務に復帰した秀二は、今日も中学生の教育と生活指導に励んでいた。



「……おい、佐藤君。授業中に机の上でスマートフォンをいじるのはやめなさい。没収はしないが、明日からは教室内で使用しないように」

「はいはい、分かりましたー」


 後方の座席で堂々とスマートフォンのゲームを遊んでいる生徒を秀二は注意したが、区議会議員の息子であり教員全般を蔑視べっししているその生徒は聞く耳を持たなかった。


 彼が学校内で古賀先生は日教組教員だから信用するなと言いふらしているのを秀二は知っていたし、普段の自分はボンクラ教員に過ぎないと自覚している秀二は彼を厳しく叱るつもりはなかった。



 だが、相手が生徒である以上、自分は役目を果たす必要がある。


 生徒の机まで歩み寄ると、秀二は静かに注意を続ける。



「佐藤君。スマートフォンを片付けなさい」

「うるせえな、日教組は黙ってろよ」


 ついに暴言を吐いた生徒に、秀二は身じろぎ一つせず言葉を続ける。



「黙りません。私は教師だから、生徒の間違った行為を注意する義務がある。スマートフォンを今すぐ片付けなさい」

「……はい」


 力強く告げた秀二に、佐藤という生徒は観念した様子でスマートフォンを制カバンに片づけた。



「古賀先生、たまにはやるじゃん。ニッキョーソも馬鹿にできないな」

「別にあの人、俺たちに理不尽なことする訳じゃないしな。今度から掃除は真面目にやろうぜ」


 教卓に戻っていく秀二を見て、生徒たちはひそひそと噂話をしていた。


 自分の評判はどうなろうと構わないが、生徒たちの心は少しでも良い方向に導きたいと思った。




 日教組教員である古賀秀二は、決して優秀な教育者ではない。


 しかし、名誉ある「日強組」の教員として、彼は生徒を守るために戦い続ける。



 (完)

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