第5話 窮鼠は世界に牙を剥く
全く意味がわからない。
オレを取り囲んでいる軍人たちは日本を守る軍人達のはずなのに何故かオレをテロリスト扱いしており、今にもリーダー格の男がオレに銃口を向けて来てるのだ。
先程から何度この辺りに住んでいる学生だと訴えても全く聞く耳を傾けてはくれずに、廃墟となってしまった倉庫内でオレを壁に追いやった後、問い詰められた。
先ほどにテロリストのトラックから助けた謎の女性も彼らに確保されているのだ。
「ククク。テロリストの最期に相応しい死に場所だな。お前もそうは思わないか?」
真っ黒の軍服に身を包んだ中年の小太りなおじさんがオレに微笑みかけてくる。
だが正真正銘オレは敵でも何でもなく、ただここに住んでいる一高校生なのだ。
それでも確保された女性にも、オレに向けている銃口を下ろす気配が全く無い。
「お前ら……この学生証を見ろ、オレは大阪の花園高校の生徒だって言ってるだろ」
「フハハハハッ。どうせテロリストに寝返った際に偽の生徒許可証を作って貰ったんだろう? そのハッタリは通用しない……だが、学生風情にしては頑張ったなお前」
「くっ……」
「ブラボー、ブラボー! しかしお前の未来は今、ここで終わるんだよ裏切り者が」
ついには真正面からオレに語り掛けてくる小太りのおっさんまでが銃口を傾けて来た。これは本気で不味い……今すぐにでも逃げ出さなければ殺されてしまう。
しかし……おっさんの引き金を引く指に勝てるはずもなくオレは目を瞑った。
「っ……!」
すると、先程までに横で兵士に取り押さえられていた少女がオレの前に出て来た。
サラサラな金髪の女性が両腕を広げながら大きな声を倉庫内で響かせた。
不謹慎だろうが、オレのために駆けつける姿を見て不覚にもグッときてしまった。
「殺させないっ!!」
『バンっ!』
それでも放たれてしまった銃弾が今更戻るはずもなく、少女の額に直撃して膝から崩れ落ちるようにして床に倒れてしまった。オレは慌てて少女の元に駆け付けた。
「オイ、お前っ!!」
左目に不思議なデザインの紋章がついた女性が目を開けたたまま、頭から血が溢れて来てその艶やかで綺麗な金髪を赤く染めていってしまった。
頭を銃弾で撃ち抜かれてしまったのだ……もう彼女が助かるわけがないだろう。
「はあ……ったく、生捕りにしろとの命令だったが……この際は仕方がないな。上司にはこう報告してやろう。我々精鋭部隊は敵兵の本拠地を見つけてそれを殲滅した」
奥の方でも大量の死体と飛び血を見ながらリーダー格の男が喋り続ける。
腐敗した血の匂いと砂埃とショックで頭が混乱しそうになりながらも睨んだ。
こんな状況が起きてなお、優先することを履き違えている愚かな軍人達のことを。
「しかし人質はすでにテロリストによって射殺されていたので一歩遅かったようです……この筋書きをどう思うかね学生よ。立派な言い訳だと思わないか?」
「腐ってやがる……」
オレはあまりにも理不尽過ぎる現実と非人道的な行いに眩暈がして手が震える。
全くもって理解不能だ……何故こんなにも無意味な殺戮を好むのだこの国の軍は。
百歩譲って消毒をやるにしても、無関係な一般市民を巻き込むのはダメだろう。
「ふざけんな!! 外で何が起きてるのかを分かってるのかお前らは!? お前らがこんな女を追い回してたせいでオレの母親が植物の化け物に殺されてしまったんだぞッ!? しかも一般市民をも撃ち殺しやがって撃つ相手を間違えてんだろうが!!」
「クハハハハっ。威勢だけの良いガキが。人生の先輩から冥土の土産に教えてやるよ。お前の母が死んだのは俺たちがウィルス兵器を追いかけ回してたせいでも、外でウヨウヨしてるゾンピアンタが人間を襲う化け物だからでもない。分かったか?」
「意味分かんねえよ!! お前らが国民を最優先に守っていればこんなことに──」
「いいや。お前のお母さんが死んだのなら全ては、お前のせいなんだよクソガキが」
「何だと……?」
その指摘に心の中で燻っていた大きな傷が再び抉り出されようとしていた。
「この世の不利益は全て当人の能力不足が原因なんだよ。仮にお前があの化け物を自分1人でぶっ殺せる技術と情報を備えていれば、母が死ぬことは無かった。だから恨むとしたら大事な人のことを、何も出来ずに見殺しにした自分を恨みやがれっ!!」
「うあああああああああああああああっ!?」
そうだ。この状況を引き起こしたのは全てオレのせいなんだ。オレが弱いまま、充実してると思い込もうとしてた日々を怠慢に送ってきたからこそだ。空手部の高村にサシで勝てないくせに現状で満足していた、こんな情けないオレがいけなかった。
仮に誰にも負けない力を手に入れていたらあんな不良どもに奪われ続けることも無かったし、ナイフの扱い方を熟知していればあの時に植物の化け物を倒せていたかもしれない。オレはもう立ち上がることも出来ずにその場で泣き崩れてしまった。
「痛々しい奴だな。けれどお前はもう十分に頑張ったさ。今すぐに楽にしてやろう」
オレと少女は人質の中でも最後の最後まで運良く生き延びたがここまでのようだ。
このまま人生で何も成すことができないままに死んでしまうのかこの子もオレも。
今まで世話になって来た人たちに恩を返すことも出来ないまま……アイシャっ!!
「え……?」
すると次の瞬間におでこを撃ち抜かれた筈の女性がオレの手首を掴んできた。
そう認識してからオレの意識は彼女の中の世界に囚われてしまい声を聞かされる。
「どうやらここで死ぬわけにはいかないらしいな、お前は。何故なら生きることで果たさなければならない約束があるらしい。ならば私がお前に手を貸してやろう……」
この声はさっきの女なのか……? いやまさか……何故ならこの女は先程に死──
「力があればこの状況を切り抜けられるか? これは取引だ……私から力を与える代わりにお前には、1つだけ私の願いを叶えてもらう。けれど取引に応じて力を得れば、お前は人の世を生きながら人とは全く違う振動数で生きることになる。異なる法則、異なる摂理、異なる時間軸に異なる命。お前の運命は大きく変わることだろう」
喋り声の中で誰かの記憶やら思い出などの映像が頭に流れ込んで来る。
何だこれは……シスター、チャペルでの祈り、特殊な模様や人々の笑顔など色々。
研究所、白衣の人間、注射器や大量の血。自分に銃を突きつけられる光景も見た。
「何故なら王の器にのみ許されたこのフルーフという呪いの力はお前に過酷な運命を背負わせる……お前にはその覚悟があるのか?」
頭に流れ込んでくる女性の質問に対する答えは自分の中でもうとっくに決めてる。
「望むところだ……オレに呪いの力をくれ!」
「取引成立だ……新たな王の誕生を祝してお前に『スイッチ』のフルーフを授ける」
「うっ……! なんだこれは……?」
するとオレの左目に強烈な痛みが走って思わず手を当ててしまう。
けれどこれはオレに力を与えるときの必要経費みたいなものだろう。
喜んでこの王の器にのみ許されたフルーフという呪いの力を受け入れてやろう!
『ドックン』
そう心で強く念じると現実でオレの身体に力が流れ込んで来るのを感じ始めた。
この力は……まさか、弱そうなのにこんな使い方があったと言うんだな。
もう心の迷いが全てはれたオレは目の前の存在を脅威とすら認識しなかった。
「ん?」
如何にも余裕そうに立ち上がったオレを不思議に思ったのか訝しげる向こうの男。
しかし別の要因でおかしく思ったオレは微笑しながら男たちに問いかけた。
「なあ、軍人諸君よ。ステーティアを心の底から憎むフィリピン人はこれから先、ステーティア軍が
「愚かな……最後の最後で我々に楯突くとは。命がいくつあっても足りないぞ!」
「どうした、撃たないのか軍人よ。相手は一高校生に過ぎないぞ? それとも気付いてしまったのか……銃をオレに向けたからには、このオレに撃たれても仕方がないことに……何故ならオレを殺そうとしたんだ、オレに殺されても仕方がないだろう?」
オレはずっと瞑っていた左目を解放させると、軍人たちを見回して言葉を吐いた。
このときにオレの左目からは特殊な刻印が浮かび上がったように見えたらしい。
それでリーダー格の男が慄いたが、構わずオレは処刑宣告をそのまま続けた。
「ラファエル・レイエス・シェファードの名の下に
オレの左目から相手の軍人達に向けて何かしらの魔法のような力が飛んでいくのを肌で感じると、軍人達は一瞬固まった。けれど次の瞬間に意識を手放したようだ。
その光景に思わず驚いて一歩後ろに下がってしまうが、その効果に感嘆した。
この力は相手の魂に1つだけオレによって作り出された『スイッチ』をONからOFFへ、もしくはその逆に切り替える能力だ。オレの左目が電源だとすれば起動した瞬間にオレの送った電気のような何かの力が相手の魂にそのスイッチを刻むのだ。
「うおっ……」
やがて軍人達が皆で一斉に膝から崩れ落ちて床にバタバタと倒れていった。
特に血が吹き飛んだ様子も無く本当にただ倒れただけだ。
3人ほどの軍人達の脈をとってみると反応がなかったから本当に死んだらしい。
「……ははは、凄え……これが呪いの力か……初めて人を殺してしまった……」
世界がひっくり返ってなお変わろうともしない人間達に辟易として。
大切な人を守れなかった弱い自分にも絶望したが忘れることも出来なくて。
だけど手に入れたんだ……自分の世界をひっくり返す力を……。
「だから、オレは──」
生まれ変わってしまった自分の今後が楽しみでオレの笑いはいつまでも響いた──
【厄災の暴君】虐められていた陰キャ(17歳)、生き別れた妹を見つけるために人喰い植物の黙示録に抗う〜スイッチの異能に目覚めた主人公はこれを武器に戦うようになる〜 知足湧生 @tomotari0919
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