道行点心

高田あき子

道行点心

 流れていく風が心地好い。若々しい樹木が茂る小道は日差しもほどよくそそぎ、鳥たちのさえずりが遠くで音楽を奏でている。

 足取りはゆったりと、娘がひとり。荷物を載せたロバの手綱を握って歩いている。

 まだ幼さの残る顔つきは人形のように整っていて、ぼんやりとした表情もどこかミステリアスな印象を与える。ほんのりと色づく頬と唇からただよう色香はまさに妙齢を示しており、ときどき木々の隙間から覗く遠い風景を眺めているだけで、その様子が額に縁どられた絵画の中のものだと称しても過言ではない。

 腰ほどまで伸ばした黒髪がそよ風で顔にかかるのを、細い指先ですくい上げ耳にかける。わずかに俯いた視線をぱっと上げると、日差しがきらきらとその瞳を輝かせた。

 惜しむらくはそんな彼女を目撃している者がいないということだ。となりに詩人の一人でもいたならば彼女の旅路はこの上なく美しい物語の下地になるだろうし、画家であればそのしぐさ一つひとつをスケッチして世界に彼女の存在を知らしめただろうに、連れているのはロバが一頭。のたりのたりと穏やかな歩幅に合わせて、娘もまた時間を忘れたように歩いている。


 いくらほど進んだ頃だろうか。丘の向こうに人里らしい建物の形が見えてきた。

 娘はそれを視界にとらえて緩く口元をほころばせる。けっしてその場所が目的地というわけではなかったが、えも言われぬ安心感があることは確かだった。隣で足を止めたロバの頭をゆるやかに撫で、かるく頬を寄せる。陽のにおいがした。

 ふと音がした。くぅ、と小さく控えめな主張をしたのは娘自身のようで、はて、と娘は首をかしげる。

 気づけは太陽は高く昇っていて昼時も過ぎていることを娘に思い出させた。そうであれば腹の虫が再び訴えを起こすことは容易に予想でき、人里も間近ではあったが、娘はひとつ休憩をいれることにした。

 ちょうどよく開けた丘の上。ロバの背にのせた荷物から一つ小さな鞄をほどき落とす。それほど大きくもないがまむしろを取り出して芝の上に敷き、靴を脱いでその上に座る。ひとりであれば足を投げ出してもじゅうぶんな広さがあるそれは娘が長く使っているもので、ところどころに擦り切れた色あせがあるものの、それがまた良い味をだしていた。

 続いて鞄から取り出したのは小型の竹行李である。こちらもまた色褪せが目に見えるほど使い込まれているものだ。かぶせ蓋を留めている蔓の結び目をほどいて開けてみれば、中には花巻ホアチュアン焼餅シャオビンが入っていた。

 娘はどちらから食べようかと浮かせた指先を少し揺らしたあと、焼餅をつまみ上げた。娘の小さな手のひらにも収まるようなサイズのそれにひと口かじりつく。こんがりと焼けた香ばしい外皮のなかには甘辛く煮つけられたひき肉が包まれており、内側はその水分を吸ってもっちりとした触感になっている。

 ――サクサク、もちもち。

 そんな小気味よい音が聞こえてきそうな軽快さ。それでいて大事に、大事にというように両手の指先で抱え込みながら、小さな口にそれを運んでいく。ときおりふと何かを思い出したように目を細め、こくんと飲み込んでなんとなしに微笑む。なにを考えているのやら、娘の隣で芝を食むロバはそんな様子を横目に尾をゆらめかせた。

 一つめを食べ終えた娘は次の焼餅を取り出した。形は同じものであったが、こちらはまず半分に割ってみる。

 その断面から顔をのぞかせたのは葉物野菜の佃煮だ。やや大きめに刻んであるため、ひと口食むとしゃきしゃきとした食感が音とともに伝わってくる。一つめと同様こちらも濃い味だったが、野菜特有の青っぽい香りがいいアクセントになっていた。

 半分を食べ終えた娘は行李から飲料を入れた竹筒を取り、ほどよいそよ風が頬を撫でていくのを感じながら喉を潤した。しかしまだまだ食べたりないというように残りの半分も口に運んでいく。娘はまるで自分自身が小さな楽器になっているかのようにリズムよく口を動かし、筵の上に投げ出した指先がそれに合わせて揺れている。いつの間にかロバの尾もそれに合わせて左右へ動いていた。

 さあ、最後に――というように、娘は花巻を取り上げる。

 こちらはさきほどの焼餅よりも二回りほど大きい。その名の通り花のように渦巻かれた白い生地は蒸されたことでやわらかくふわふわとした感触となる。娘は細い指でその一部をつついてくすっと笑うと、少し大きめのサイズにちぎって口に入れた。

 ほのかな甘さだ。娘はどんぐりをほおばったリスのように頬をまるくして、そのふわふわとした食感と甘さを楽しんだ。焼餅とは違うやさしい味わい。中に具材も入っていないような簡素な蒸しパンではあるが、娘はずいぶんとその花巻を気に入っているらしく、あっという間にそれを平らげてしまった。

 からになった行李の中をみて少しだけ口元をとがらせる。少し時間が遅かったから、満腹には足りなかったのかもしれない。仕方なく竹筒の水を飲み、焼餅と花巻が消えていったお腹を名残惜しそうになでなでとする。

 ちらりとロバを見やるが、当然それは返事などしない。我関せず、と目を何度か瞬かせるだけだ。

 娘はそれをじいっと見つめ、ふむ、と何かを考えてから、一人で納得して大きく頷くと腰を上げた。軽やかな足取りで筵をおり靴を履くと、慣れた手つきで片づけを終えまたロバの背中にその荷を吊り下げる。一食分重さを減らした行李を軽くぽんと手のひらでたたき、不満そうな表情はどこへやら、また手綱を握り直すと、ゆうるり、ゆうるり、歩を進めはじめた。

 変わらず空は青く、日差しがあたたかく注いでいる。こうして歩いていけばそう時間をかけぬうちに、先ほど目にした人里へたどり着くだろう。

 道行く娘とロバが一頭。遠くで歌う鳥たちのさえずりを聞きながら、変わらぬ日々を続けていく。

 

 

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道行点心 高田あき子 @tikonatu

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