第8話 義妹

Side: Kito


 年が明けて1週間。

 久しぶりに母からの連絡が入った。

「喜べ息子よ。お前にかわいい妹ができるぞ!」

 そんなメールが入っていた。

 数秒の間、固まっていた。冗談か本気か。判断に悩んだ。

 とりあえず返信するも応答がなく、電話も出ない。

 そしてさらに約4週間が経ち、2月3日。節分。

 母から連絡がきたと思ったら一方的な呼び出し。

 都内の某ホテルのラウンジに18時に来るようにとだけ。

 その頃には妹のことは冗談だと思っていた。

 しかしその幻想は打ち砕かれた。


 ラウンジには、母と老紳士、そしてペットケージを持った少女が待っていた。

 目ざとく俺を見つけた母が手招きしてくるので、速足気味に向かう。

 母は茶色く染めたショートヘアで、パンツタイプの黒いスーツを着ていた。いつもは仕事でもデニムなど普段着なのに珍しい。

 老紳士は正にジェントルマンといった出で立ち。キレイな白髪の上に乗せられたハット、手に持った杖、整った髭に丸眼鏡、そして黒いスーツ。

 最後に少女は、140㎝くらいの背丈で腰までの黒髪、白い肌。大きく少し釣り気味の目は虹彩が黄金色で、コチラを見ている。

「今日から貴方の妹になる白ちゃんよ、仲良くしなさい」

 母の近くに来て止まると開口一番にそう言われた。

 またしても思考が停止してしまった。

 数瞬の後、首を紳士と少女の方に向ける。

「……再婚?」

 回らない思考を無理やりに回して出た答えが再婚だった。母がこの紳士と再婚し、紳士の連れ後である娘が俺の義妹になる。そう考えるのが自然だろう。

「不正解。この娘と私が養子縁組したの。だからこの娘はあなたの義妹になったの。分かった?」

 養子縁組? なんでそんなことを? じゃあ隣の紳士は?

 またも疑問が渦巻き、思考がオーバーヒートしそうだ。

「この人は、白ちゃんの後見人みたいなものよ」

 え、養子縁組したのに後見人も別にいるってどういうこと? そんなことあるの?

 いや落ち着け。とりあえず思考を放棄しよう。思考が少し幼稚になっているぞ。

 深呼吸だ。すーーはー---。

 よし少し落ち着いた。

「理由とか、聞きたいことはいろいろあるけど、まず事実の確認だ消させてほしい。母さんがこの娘を養子した。俺の義妹。そちらの方はこの娘の後見人」

「そうね、合ってるわ」

「なぜそうなった」

「成り行きよ」

 思わず顔を両手で覆ってしまった。

 頭を抱えて大声を上げたい。しないけれど。

「さて、込み入った話もあるし、部屋に行きましょうか」

 そんな俺の心境を知らずか、母がそんなことを言う。これ以上に込み入った話があるというのか。

 母が先頭を切って歩き出す。紳士と少女もそれに続く。

 憂鬱になりながらも後に続く。聞かない訳にもいかない。爆弾を抱えるならせめて仕組みを知っておきたい。


 着いた先は、通常のツインルーム。赤を基調とした部屋で高級感がある。

「さて、みんな適当に座って。あ、何か飲む?」

「それでしたら私が用意いたしましょう」

 母の言葉に老紳士が応える。

 母は一番に窓際の椅子に座り、夜景を眺めだした。

 俺も少し、いや大分気疲れしたのでベッドに座らせてもらう。

 少女ももう一つのベッドにケージを置き、隣に腰掛ける。

 老紳士が用意してくれたお茶を一口飲み、母が話し始めた。

「でね、この子達、人じゃないの」

 いきなり何を言っているのだろうか?

 本気で正気を疑った。会っていないうちにヤバい薬にでも手を染めたのかとさえ思った。

「本当のことでございます」

 俺の懐疑的な雰囲気を察したのか老紳士が肯定を重ねてきた。

「我々は悪魔、妖怪、鬼などと呼ばれる人外の存在であります」

 真面目そうな老紳士に言われるとそのまま信じそうになる。

 しかし、一般常識で考えてそれはない。

「まあ、簡単には信じられないでしょう。そうですね、少し証拠をお見せしましょう」

 そう言うと老紳士は懐から一本のナイフを取り出した。

 一瞬ビビった。襲われるんじゃないかと頭によぎる。

 しかしそうはならなかった。老紳士は自分の手を刺し貫いた。

「どうぞよくご覧になってください。この手を」

 そう言いながら老紳士がコチラに近づいてくる。

 これはビビるだろう。

 明らかに痛そうだ。血が滴っているのに平然とした顔。

 一瞬、よくある手品かと思った。

 しかし、近づいた老紳士のナイフに貫かれた手を見て、本当に刺さっているのだとわかる。

「ご確認いただけましたね。ではここからが本番です」

 そう言うと老紳士は、俺の目の前、すぐ近くでナイフを引き抜いた。

 不思議なことが起こった。

 先ほどまで流していた血が止まった。

 血の出欠が止まっただけではない。手から床に零れ落ちる血さえ、空中で止まっているのだ。

 そしてそのまま逆再生が始まった。

 こぼれた血は巻き戻り、老紳士の手の中に戻っていく。そして傷さえ塞がっていった。ナイフを引き抜いて明らかになった傷口が綺麗になくなっている。

「ありがちなパフォーマンスではありますが、これが一番ご理解いただけるものでございまして。お目汚しをしてしまい申し訳ありません」

 老紳士が俺に謝罪してくる。

 俺はまだ呆然としていた。最近の手品は本当に魔法のようだが、これは違うだろう。本物の異能、怪異の類だ。

 母の方を見る。平然としているが、それがこの事実を肯定しているのだとわかる。

 ある程度、俺が事実を受け入れたとみると母が再び口を開く。

「話を続けましょう」

 そうだ、まだ話は始まったばかりだった。

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Red Moon & Brue Bullet @happy-us

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