ふたりでひとり、ひとりでふたり
南雲 皋
よろしくお願いします〜
『うちな、お笑い芸人になりたいねん』
「そうなん?」
『うん、せやから関西弁勉強しとるし』
「え、天然なんとちゃうん?」
『ちゃうよ! うち、生まれも育ちも東京やもん』
「ほんなら標準語しゃべったらえぇがな」
『いやや! お笑い言うたら関西弁やろ』
「いや標準語で漫才しとる人らもオモロい人たちいっぱいおるやん」
『いーやーやー! 関西弁でコントするんがえぇの!』
「はいはい、分かりました」
『ちゅうか、お前も東京生まれ東京育ちとちゃうんかい!』
「あ、バラされた。言うなやそういうのは〜」
『いや、なんでやねん! って、ちゃうねん、うちツッコミとちゃうねん、ボケしたいねん』
「頑張れ」
『もっと気持ち込めぇや!』
「そやかて本心から思ってへんもん」
『思えや!』
「またツッコミしてるで。キミ、ボケ向いてないんとちゃうの?」
『なんてこと言うのん! 存在価値が揺らぐやん!』
「いや、ツッコミやったらえぇやん。もっと上目指せるで。ボクより素敵な相方見付かるやろ」
『な、なんてこと言うのん! うちの相方はあんたしかおらん! ほら、見てみぃ、うちのネタ帳。ボケのとこにうちの名前が入っとるやろ? ツッコミのとこに、ほら! あんたの名前もう入ってしもてるから!』
「うわ、ホンマやん、名前入ってもーてるやん」
『いや、ネタ練の時にこのノート見てるやろ、何で気付かへんねん!』
「え? ネタ練?」
『え?』
「ネタ練なんてしたことないよ? 今日突然ステージ立つんや〜、えらい度胸あるなぁ〜って思ててんけど」
『え? じゃあここ
「……………………お祓いいこか?」
『ぎゃーーーーーー!』
「ありがとうございましたー」
僕はぺこりとお辞儀をした。
顔をあげると、数人の看護師さんと僕の両親、そして彼女の両親が拍手をしてくれている。
僕はほとんど崩れるように近くに置いてあるパイプ椅子に腰掛け、荒くなった息を整えた。
右手で持っていた彼女を膝に乗せ、乱れてしまった髪の毛を優しく整える。
「すごいじゃん、まこと! さとみちゃんそっくり」
「へへ、そう? いっぱいしゃべってたから、覚えちゃった」
「ありがとうね、まことくん。さとみも喜ぶわ。あのネタ帳、私にも見せてくれなかったのよ?」
口々に誉めそやされ、嬉しい気持ちが湧き上がってくる。
ずっと同じ病室で過ごしてきた彼女が亡くなって以来、一時期は泣くこと以外できなくなっていたような僕だったけれど、彼女の母親に使い込まれたノートをもらってからは、我を忘れて頑張った。
手術もしたし、リハビリもして、彼女に似せた人形も作って、震える文字で書かれたネタを何度も何度も読み返しては、記憶の中の彼女とネタ合わせを繰り返した。
今日は、その発表日だった。
病室や屋上で練習していた姿を見た看護師さんが、院内で話を通してくれて、レクリエーション室を使って発表できるようにセッティングしてくれたのだった。
初めて人前でしゃべることに緊張したものの、練習した通りにできた。
まるで彼女が本当に隣にいるみたいに。
僕は人形を持ち上げて目を合わせる。
布でできた体、毛糸でできた髪、刺繍でできた表情。
少しだけ微笑むように縫った口元が、普段よりもっと笑っているように見えた。
ふたりでひとり、ひとりでふたり 南雲 皋 @nagumo-satsuki
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