真夏の夜の過咲ナイトウォーカーズ

人生

 劇団半死人第1回公演「博士の異常な研究」




「時は20XX年……滅亡の危機に瀕する人類を救うための研究をしていた世紀の大天才、禍田まがた博士――彼の造ったスーパーコンピュータは地球を救うための解として、人類の〝口減らし〟を計画……そのため、自ら製造した人型マシンによる殺戮を企み、また、感染した生物をゾンビ化させるウイルスを世界中に散布しようとしていた……」


 状況は絶体絶命、人類を救うための研究が今やこの世界最大の危機へ変わろうとしている――爆心地となる研究所では現在、禍田博士とその助手の二人だけが正常な状態を保っていた。


「は、博士……! ゾンビ化した職員たちによって包囲されています! この研究室のセキュリティが突破されるのも時間の問題です……! スパコンのハッキングはまだ終わらないんですか!? それさえ成功すればウイルスの散布を阻止できるし、職員たちも……なんとか対処できますよね!?」


「ダメだ……。この私の頭脳をもってしても……」


「なんですって!?」


「こうなったらもう、最後の手段に打って出るほかない。この自爆スイッチで、スパコンごと全てを焼却するのだ」


「なんでそんなもんがあるんですかこの研究所は!? アホですか!? アホですね!!」


「天才とは、脅威に対する備えを用意しておくものなのだ。自爆スイッチはこういう事態に対するセーフティーだよ」


 助手にも分かっていた。もうこうするほか、世界を救う道がないのだと……。


「うわーん! でも自爆なんて嫌ー! まだ死にたくないよー! こんなことになるんなら、いろんなもの我慢してせっせと貯めてきたお金を使って豪遊したかった! きっと私は地縛霊になります! だってこんなにも、死んでも死にきれない未練を抱えているんだもの!」


「はっはっは、それくらい強い想いがあるなら結構。大丈夫、安心したまえ。君は、きっと大丈夫だ。私もこの一件が片付いたら、長年連れ添ってきた妻を旅行に連れて行くんだ……」


「それはもう死亡フラグ! というか何が大丈夫なんですか!? いや――もしかして、自爆はするけど助かる手段があるんですね!? だってそうでしょう? 博士は天才! パニックホラー系B級映画を詰め込んだようなこのクソ最悪な状況を想定して自爆スイッチを用意していたくらいなんだから! きっとどこかに地下シェルターがあって……あぁでもでも! そこに行くにはきっとこの研究室を出なくちゃいけないとかそういう最後のアクションシーン突入なんですよねそうなんですよね!?」


「いや、そんな必要はない」


「もしやここがもうシェルター的な構造に!?」



「いいや、ここはギャグ時空だ」



「……は?」


 助手は我が耳を、そして目を疑った。


 博士はいたって平静だった。


「だって君、そうだろう? スパコンが自我を持って人類絶滅を宣言し、殺人ロボットが動き出し、おまけにゾンビパニックだ。こんな一昔前のハリウッド映画みたいな現実があってたまるかい? HAHAHA」


「……そ、そうですよね、これはきっと夢か何か――やっぱアホだこの人!!」


「だから自爆しても、きっと数秒後には『もう爆発は懲り懲りだよー』と言って笑い合えるはずだ!」


「爆発オチなんて最低ですー!」



 どっかーん――



「そうして、その爆発から僕が誕生したのであった」



 と、特大な鳥の巣を頭の上に乗せたような髪型アフロの少年が教室に現れた。


「アイアム・アフロメーン!」


「「YEAH!」」


 博士とその助手――もとい、顔の四角い老人とラフな格好の女性が声を上げる。


「…………」


 ポーズを決めるそんな三人を、窓際の席に腰掛ける少女――真鳥羽まとばりんは冷めきった表情で見つめていた。それはもう死人もかくやというくらい冷え切った、温度のない、この上なく、あるいはこの下などないくらい最低なものを軽蔑するような、赤の他人すら真っ青になるくらいのとんでもない眼差しであった。


「……それ、面白いと思ってるんですか?」


 少女の一言に、三人は気まずそうにそれぞれ顔をそむける。少女は構わず、


「分かりますよ? 普段レベルの高い大学で教鞭をとっていて周囲からはお堅い人だと思われている生真面目な先生が? その溜まりにたまったストレスを? こうして馬鹿なことをやって発散したい? えぇまあ、理解できます。犯罪に走るよりはよっぽどマシですよね。だけど、馬鹿も休み休みしてください。荒唐無稽すぎます。ていうか、自分のことを世紀の大天才とか……何それ自虐? 先生はちゃんと頭良いんですからそうやって自分のことを皮肉るのはやめてください」


「お、おぉう……学会でもこんな痛烈な批判を受けたことは――うむ? あれ? 褒められてる?」


「それに、キナさんも、大の大人がこんな深夜じかんにこんな廃校ばしょに来て一時間近くミーティングしたうえで何やってるんですか? キナさんならもっと面白いオチに出来たんじゃないんですか? そんなことしてる暇があったら演技の勉強でもなんでもして早く私ん家のお茶の間を沸かしてください」


正論ツンデレだ……」


 少女は大の大人二人をこてんぱんにした後、ぷいっと窓の外の夜景に目を向けた。


「……あの、マトさん? 俺には、何か……」


「…………」


 無反応であった。頬杖をつき窓の外を眺めるだけで、一切の反応を示さない。もはや彫刻である。美少女の形をした物言わぬ石像である。ぴくりとでも動くことさえ嫌だという強烈な拒絶の意志を感じる。


生古間いこまくん……君が来てからというもの、マトバちゃんがめっきり笑わなくなってしまった……」


「え、俺のせいっすか……?」


「もう解散だよー、劇団『半死人ハンデッド』はお終いだー」


「そ、そんなぁ……」


 過咲すぎさき市立第四小学校――統廃合によって数年前になくなり、今や誰も登校することのなくなった教室に、海よりも深い悲しみと重力よりもキツい沈黙が訪れる。


 いたたまれない静寂のなか、生古間少年が窓際に歩み寄る。


「俺、影うすくてさ……昔から、みんなに構ってほしくて、馬鹿ばっかりやってた。誰かに、突っ込んでほしかったんだ……」


「男なら自分から突っ込んでいくんじゃー!」


「下ネタやめろやエロ親父! 今思春期男子が勇気振り絞ってるいいところなんだから!」


 え? 今のどこか下ネタだった? と戸惑う博士をよそに、アフロの少年はぽつぽつと、


「存在感なかったからかな、車にまで轢かれちまって……。たぶん、未練だったんだよ。誰かに突っ込まれたかったんだ――でも、これで良かったみたいだ。ここにきて、みんなとバカ騒ぎして――」


 ぴく、と少女の肩が動く。少年は気恥ずかしそうに頭をかきながら、


「俺、まさかこんなところで真鳥羽と会えるなんて思わなかったよ。良かった、最後に真鳥羽と話せて――あぁ、もう時間みたいだ」


「いこ――」


 思わず、振り返る少女。


「ただえさえ影薄いっていうのによ――」


 アフロを外した。



「髪、薄くなっちまった」



 つるんとした禿頭だった。



「さっさと消えろ、このハゲ!」




 ――朝日が差し込む。


 気が付いた時、少女は誰もいない教室で、使われなくなった机に突っ伏していた。


 眠っていたのだ。


「…………」


 どこからか騒々しい子どもたちの声がする。近くの小学校に通う、小学生たちの登下校。鳥のさえずり。車の排気音。朝の気配――賑やかなのに、どこか寂しい一日の始まり。


 家出して、都合よく見つけた心霊スポットの廃校舎。夜中に現れる見知らぬ知人。彼は現実なのか、夢なのか。生きているのか、死んでいるのか――机に突っ伏し、陽光を透かす飲みかけのペットボトルを見つめながら、考える。


 ただ一つはっきりしていることは、彼――クラスメイトの少年が先日、交通事故に遭ったということ。


 ロクに話したこともなかった。名前だって知らなかった。別に、興味も好意もなかったけれど。


 もう少し――ちょっとくらい、缶コーヒーの飲み干しきれない最後の数滴ぶんくらいなら――カップの底に残った氷が溶けるまでのあいだくらいなら――



「真鳥羽――!!」



 少女はとっさに窓から身を乗り出した。


 校舎の外に、頭に包帯を巻いた少年が立っている。息を切らして、膝に手をついて――まるで病院から抜け出してきた患者みたいな出で立ちで。



「まだ髪はあった!」



「生きてたんかい!」



 思わず手近にあったペットボトルをぶん投げる。生古間の頭にクリーンヒット。白い包帯に血が滲む。


「おーまい、ごっです……」


「あ……」


 倒れ込む少年。少女は慌てて身を乗り出す。少年は親指を立てた。


「アイルビー、バック!」


「……くそう、ここはギャグ時空だったか……」



 賑やかな朝がやってくる。


 夜のたびに臨死体験する病弱老人マッドサイエンティストが目を覚まし、過労のため死んだように眠っていたバイト戦士が覚醒する。



 ここは過咲市、ギャグ時空。

 どんなにつらい今も、過ぎ去ればいつか笑える時がやってくる。

 人見知りなあの子との会話にもきっと、花を咲かせてくれるだろう。



「……あの、真鳥羽さん? 救急車……あの、マジヤバイ」


「コメディアンならもっと体を張ったら? 人生終了しちゃうくらいの勢いなくちゃウケないよ? まあ今時そんなネタがウケると思ってる時点でもうお終いなんだけど。ドン引きなんですけど。というかもう終われば?」


「ニコリともしてくれない……」


「馬鹿は死んでも治らないんだから、もう勝手にくたばらないでよ、この馬鹿」



 賑やかな朝がやってくる。

 サイレンの音を伴って。



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