道化師時代に突入した王国で俺達は夢を追う

オレンジ

第1話 道化師時代

「はいどうもー『パンツとジュディ』ですよろしくお願いします」

 俺、パンツこと剣鬼ハヤキは、魔導式マイクの前に立ち、陽気に喋り始めた。隣には、相方のジュディこと、剣樹ハヤジュがいる。俺達はこの国の道化師。芸人だ。

「ところでやけど、ジュディ、最近の王国の流行について語りたいんやけど……」

「……………ァ、ハァ」

 何も言わないハヤジュ。俺はすぐに気づいた。ハヤジュのやつ、あがっていやがる。呼吸も、どこかおかしい。

 俺がハヤジュを肘で小突いたら、ハヤジュはすぐに気を取り直して喋り始めた。しかし、テンポはイマイチ乗らなかった。調子が悪いまま喋る俺達の芸に、観客のウケはあまり良くなかった。そのまま俺達の出番は終わった。


「どういうことだよ、ハヤジュ」

 俺はついハヤジュを責めてしまった。

「悪い。次は絶対に失敗しないから」

 ハヤジュは笑ってそう言った。


 しかし、ハヤジュはその後も失敗した。それは続くようになり、俺達の人気は見るからに下がり始めた。


「いい加減にしろよ、ハヤジュ」

 俺たちのような道化師が人気を得るのに必須と言われる祝賀パーティーでの芸が失敗に終わった後だった。他に人の居ない楽屋で、俺は怒りに身を任せてそう言った。

「……わからないんだ」

 ハヤジュは、俯いたまま声を震わせてそう言った。

 思わぬ反応だった。ハヤジュが泣いている。いつものように笑ってごまかされると思っていた俺は、さらに色々言おうと思っていた口を噤んだ。

「どうして前みたいにいつもどおりの芸ができないのかわからないんだ。マイクの前に立つと、頭がぼんやりして、息が苦しくなる。そして、ものすごくそこから逃げ出したくなるんだ」

 そう言いながら、ハヤジュの嗚咽はだんだん激しくなった。

 これは、責めたり怒ったりしてどうにかできる問題じゃなかったんだ。俺は、やっと気がついた。俺以上に、ハヤジュ自身が一番辛かったのだ。俺は、怒りに任せて彼を責めたことを後悔した。

「ちゃんとやろうと思ってる。だけど、うまくできないんだ。どうしてかわからない、本当にごめん。ハヤキ、俺……」

「わかった、もうそれ以上泣くな」

 俺はハヤジュの両肩に手を置いて、彼の目を見て言った。

「次がある。次、頑張れば俺達は夢に近づける。俺達の夢、忘れてないよな?」

 ハヤジュは少し微笑んだ。

「王国で一番の道化師になること」

「そうだ。俺達は一番になるんだ。こんなところで終わっちゃいられない、だろ?」

「だけどもし、俺がこれから先もうまく喋れなかったら?……ハヤキは、俺を見捨てる?」

「何言ってんだよ。俺達は二人で一つだろ。何があっても、俺達は一緒だ」

 俺がそう言うと、ハヤジュは、嬉しそうに抱きついてきた。


 俺達は幼馴染み。子供時代、王国が道化師時代に突入する前、この国は戦乱の世にあった。強い剣士が尊ばれていたその時代、俺達は二人一緒に剣士を目指していた。しかし、戦乱は終わり、俺達は剣士になる必要もなくなった。もとより、剣士になる素質もなかったのだが。長い戦乱の後、王国では癒やしを求めて芸事が流行り始めた。俺達はその時から剣士になるのをやめ、道化師になることを志し始めたのだ。


 あの祝賀パーティーの後、ハヤジュは芸でいつもどおりの喋りができるようになった。俺は、ハヤジュはスランプから脱出できたのだと、そう思った。


「俺、道化師辞めたい」

 ハヤジュにこう切り出されたときはショックだった。

 どうやらハヤジュは今、芸をするのがとことん辛いらしい。家に帰って、意味もなく泣いたり、夜眠れなかったりすることもあったらしい。それでもここ最近は無理して平静を装ってくれていたのだ。

 それも、すべて俺のため。

 俺達は悩んだ末とりあえず休業することにした。

 俺は夢を叶えたかった。でも、相方が辛いのなら、幼馴染みが苦しいのなら。俺は、休むことを決めた。

 

 夢を追うだけじゃ守れないものがあるのかもな。

 

 ここ最近、俺が思ったことである。

 これから始まるのは、俺達の休業スローライフの物語である。

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