笑わない彼女が笑わせてくる

かどの かゆた

笑わない彼女が笑わせてくる

「私、ロックバンドをやりたいんだよね」


 昼休み。高校の教室で、柴崎は真顔でそう言った。

 漫才の導入みたいだな、と思った。というか多分、本当にネタの導入なのだろう。


「へぇ、尊敬するバンドっている?」


「えっと、びーとるず? ってやつ」


「他には?」


「……ぼへみあんらぷそてぃー」


 随分間があったな。


「それ、バンド名じゃなくて曲名な」


「いや、ロックには先人への尊敬といらないから。常識をぶっ壊すのがロックだから」


 真顔でとんでもないことを言い出す柴崎。


「絶対今お前、全国のバンドマン敵に回したからな!」


「私は全国のバンドマンなんて恐れない。敵になるなら、音楽で分からせるのみ」


 柴崎は真顔で薄い胸を張る。


「……今のはちょっとロックっぽかったな」


 いや、俺だって別にロックに詳しいとかそういうことは無いんだけど。バンドマンって、そういうこと言いそう。


「とにかく、最強のロックバンドをやるから、メンバーを集めないと」


「お前、一般的なバンドに何の楽器があるか分かってる?」


「当然」


 柴崎はやっぱり無表情でそう言い放つと、当然のようにポケットからスマホを取り出して調べ始めた。いや、調べるなよ。


「まず、Vo担当でしょ」


「Voっていうのは?」


「暴力担当」


「暴力担当!?」


 いきなり物騒すぎるだろ!?


「ロックバンドってよくギター壊してるイメージあるし。なんか喧嘩強そうだし。必要なはず」


「初っ端から全く音楽関係ねぇな」


「で、次はGtだから……ドラゴンボール担当」


「その担当、アニメオリジナルの範囲しか網羅出来なくないか?」


 しかも最新作も超とかも知らなさそう。だんだん心惹かれてく音楽しか演奏できなさそう。


「Baは、元素記号56。 よくわからない液体飲むのも嫌だけど、胃カメラも嫌だよね」


「もはや担当ですらねぇし。健康診断してどうすんだよ」


 もし俺がロックバンドに入って「お前はバリウムだ」って言われたら即辞めるぞ。


「Drは、シンプルに医者だから医療担当でしょ。Keyは、シナリオ担当ね」


「最近新しいソシャゲ出してたけども! つーか結局音楽出来るやついねぇし!」


「……音楽はね、ソウルなんだよ」


「それはある程度出来るやつの言い分だ! というか、力弱いしドラゴンボール世代じゃないし元素じゃないし医者でもシナリオライターでも無いんなら、柴崎。お前、このロックバンドに入れなくないか?」


「じゃあ私はPになろうかな」


「あー、プロデューサーってこと?」


「いや、ピエロ。S●KAI NO OW●RIのピエロみたいに、演奏中は後ろでサボってようかなぁ、と」


「あの人は全然サボってるわけじゃないからな!? DJとしての操作とか色々やってんだよ後ろで! いっつもサビの時に後ろで手を上げてゆらゆらしてるだけかと思ったら大間違いなんだよ!」


「じゃあ私に出来ないじゃん!」


「何でキレてんだよ!」






 ……とまぁ、ひとしきり会話を終えて、俺たちはようやく弁当を食べ始める。


「良いツッコミだったね」


 柴崎がそんなことをぽつりと言うので、俺は苦笑してしまう。


「あのなぁ。突然ボケ倒すのやめろよ。しかも日常会話の中でとかじゃなくてガッツリ漫才っぽいスタイルで」


「昨日の夜に、必死で流れを考えてた」


「その時間あったら勉強とかしろよ」


「……ううん。これは、大事なことだから。私は、このネタに命をかけてる」


「はは、芸人かよ」


 俺が笑いかけても、柴崎はやっぱり、表情を変えない。でも、楽しそうなのは雰囲気で伝わってきた。

 柴崎と友達になってからもう数ヶ月だが、何となく、表情に出すことが出来ない彼女の感情が察せられるようになってきた気がする。


 とにかく一つ言えることは、この無表情女は、信じられないくらいひょうきん者だということだ。


「また二人で漫才してる」


「柴崎さん、前より明るくなったよねー」


 すると、こちらを見てくすくすと笑う女子たちの声が聞こえてきた。俺が結構な勢いでツッコミを入れていたせいで、会話が聞こえていたらしい。


「……なんか急に恥ずくなってきた」


「そう? 私は嬉しいけど」


「まぁ、明るくなったって言われるのは嬉しいか」


「それだけじゃなくて、皆が笑ってくれたのが、嬉しいんだ」


 柴崎は、ずーっと変わらない無表情のまま、教室を見回した。きっと、本当に嬉しいのだろう。表情が読めないから、言葉と雰囲気を、そのまま飲み込むしかない。


「それと、君が私のせいで全自動ツッコミマシーンみたいな扱いで笑われてるのも、嬉しい」


 真面目なトーンのまま、柴崎は言った。


「ぶふっ……ふざけんなよお前」


 思わず噴き出してから、形だけでも怒ってみる。柴崎は涼しい顔をしていた。


「やっぱ、お前の表情が顔に出ないとこ、お笑い的には得だよなぁ。真顔で変なこと言ってるだけで、そこそこ面白くなっちまう」


 わざと恨めしそうな視線を向けてやると、柴崎は「前もそれ、言ってたよね」と頬杖をつく。


「そうだっけ?」


「言ってたよ。初めて会った日に、私が授業で「気圧される」を「きあつされる」って間違えたら、大爆笑した後にそう言ってた」


 柴崎はしっかりと記憶があるようだが、俺は正直覚えていなかった。初対面で結構失礼なこと言ったんだな、俺。


「なんかすまん」


「いや、良いんだよ。そのお陰で、私は、この鉄面皮が役立つこともあるんだなって、気付いたんだから」


 そう言われて、俺は、出会ったばかりの柴崎を思い出していた。

 確かに、今よりもずっと真面目な感じで、近寄りがたいオーラがあった気がする。でも、それは正直仕方がないことだった。表情がないと、怒っているように見えるし、こちらを歓迎していないような気分にさせられる。


 でも今、多分、うちのクラスで柴崎に近寄りがたいと思っているやつなんて居ないだろう。


「つまりね。私が笑えないなら、その代わりに周りを笑わせてやろう、って魂胆なんだよね。私は」


「……柴崎」


「つまり、人を笑わせるピエロは私にとって天職であって、実質あのバンドのメンバーと言っても過言ではないわけだよ」


「いや、それは過言だろ」


「私はロックバンドの夢を諦めない!」


 照れ隠しなのか、はたまた単純に思いついただけなのか。

 笑わない彼女は、そうやってまた、笑いを誘ってきたのだった。



                                  


 おしまい


 


 


 

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笑わない彼女が笑わせてくる かどの かゆた @kudamonogayu01

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