告白したら勘違いで漫才やることになったんだが

めぐすり@『ひきブイ』12/15発売

第1話

 どうしてこんなことになったんだろう。

 頭の中は疑問でいっぱいだ。

 でも一歩踏み出した。

 ちゃんと見てもらって認識してもらわないとなにも始まらない。

 いざ舞台に。


「はいどーも! 僕は二年三組の国見と言いまして……えーと」


「アホウ! 何度言わすねん! 舞台の上ではハキハキと大きな声を出す。多少噛むぐらいはええ。ネタ飛ばすのも許す。けど自信なさげにドモるな。『えーと』なんて持っての他。また舞台に出て挨拶するところからやり直し!」


「えぇ! 南波さんまた!?」


「その声出せるならちゃんとやりぃ! 口答えする時しか出せんのか!」


「でもこれで三十八回目だよ! いきなり舞台に上がって挨拶して一発ギャグやれって無茶ブリ過ぎるよ!」


「文句だけはちゃんと言えるようになったな! その調子ならいけるから次!」


 本当に文句だけは言えるようになった。

 最初はまともに話せなかったのに。

 彼女は同級生の南波瑞希さん。

 クラスの中心で姉御肌な人気者だ。僕のような引っ込み思案で教室隅っこ族の男子生徒にも分け隔てなく接してくれる。

 口調からわかるように大阪出身だ。


「国見くんが『南波さんに用がある』『お笑い好きの女の子に告白したい』『だから付き合って欲しい』言ったんやん」


「……うん。言ったね」


「文化祭で漫才して舞台の上から告白する。うちは国見くんのその勇気に感激して付き合ってあげているんやけど」


「……漫才やるとは言ってないよね」


「ま、まさか国見くん!? ピンでフリップ芸に挑戦するつもり!? ピン芸人は厳しいで!」


「ないから! そもそも南波さんがいないと意味ないからね!」


「ん? ようわからんけどお笑い好きの彼女に告白したいんやろ。ピンでもコンビでも今のままやと話にならへんで」


「……いや……でもさ。どうしていきなり舞台で声出し練習なの? 普通どんなネタにするとか」


 僕がそう言うと南波さんは盛大にため息をついた。

 その視線は心底呆れており今にも『このド素人が』と言いそうである。


「このド素人が」


(言った!)


「なにもわからんくせにピーチクパーチク。そんなに形から入りたいならまず坊主かパンチパーマにしたらいい。制服も染色しなおして赤とか紫とか純白とかピンクとかお笑い芸人しか着ないカラーに染める。それでええんやん」


「そこまで言うの!?」


「言う。素人はよくネタを語りたがるけど、この世に面白いネタなんて存在せえへんねん」


「面白いネタが存在しない?」


「ネタのテンプレートや落語みたいな決まった話はあるけどな。お笑いは科学! 人間の脳が引き起こす作用や!」


 南波さんはそう言って舞台に上がってきた。

 そのままズッと僕に近づいてきて舞台上に置いてあるパイプ椅子に座る。


「まあ国見くんも座り。ちょっとは声出せるようになったし、出だしの挨拶はもうええわ。今から少し座学。もう下校時間も近いしな」


「え? ……ホントだ。どれだけやってたんだ」


 席が近い。

 座ると今度は顔が近い。


「お笑いの基本は緊張と緩和。それぐらいは聞いたことある?」


「いや初めて聞くけど」


「まあ知らんかったならいい。これから覚え。緊張とは『脳がこの状況は変だ』と認識する方法。緩和とは『変な状況の解決』または解決しなくても『なぜ変な状況なのか納得する』こと。それで脳が笑いは引き起こす」


「へえそうなんだ。ん? でもそれなら一発ギャグって成立しないよね?」


「お! ええところに気付いたやん」


「……散々要求されたからね」


「笑いには信頼が必要なんよ。不審者が変な状況作ったらそれはただの事件や。解決しても笑いはなくて安堵しか起こらん。信頼とは『この人が変なことを言ったら笑っていい』という芸人と客の共通認識のことや」


「ふむふむ」


「客が芸人のことを信頼していたら緩和が省略される場合がある。一発ギャグ言うのは『この芸人が言い終わったら変な状況は終わり』という認識で脳が緩和を引き起こす省略型のお笑い。一発ギャグにはオチがないとわかっているから笑えるんよ。オチがないとわかってなかったら一発ギャグはただ奇声を上げてるのと変わらん」


「なるほど」


「オチの話になったから続けるけど。『話が落ちる』とは『話が完了した』。緊張から緩和へのわかりやすい合図や。『変な状況が綺麗に解決した』『変な話に納得した』という綺麗なオチもあれば、追いかけていた事件の犯人が目の前で宇宙人に連れ去られるとか『変な状況により荒唐無稽な話をぶつける』と手法のオチもある。これ以上話が広がらないとわかる状況を作り出すのがオチやな」


「……ずいぶん専門的というか本当に科学なんだね」


「そう言うたやろ。よく『大阪の人は話が面白い』『なにかネタやって』とか関東の人は言うけどあれ不可能やで。普段の会話の中でなら『ここで変なことを言えば笑いが取れる』のはわかる。友達同士なら信頼関係もあるしな。でも『いきなりネタやって』はゼロから緊張と緩和を引き起こせる持ちネタ披露の強要や。芸人でもないのに持ちネタのある大阪人なんて五割いるかどうか」


「むしろ逆に五割近くの大阪人が持ちネタを持っている可能性があることが驚愕だけど」


「……家族ネタが多いけど本当に持っている大阪人もたくさんいるから」


「たくさんいるんだ」


 一息ついたのか南波さんがパイプ椅子から立ち上がり、誰もいない観客席に向かって仁王立ちする。

 ここは第二音楽室。

 今日は誰も使っていないから合唱用の簡易舞台を利用させてもらっていた。

 南波さんの後ろ姿は自信に満ち溢れている。まるで観客を迎えるかのように手を広げた。

 そしてそのまま一歩踏み出して――


 ――盛大にズッコケた


「……え? ええぇえぇ!? 大丈夫? 思いっきり顔から行ったけど」


「大丈夫。顔から行ったように見えても行ってない。顔にダメージないように受け身を取ってコケる。これは大阪人の一般教養や」


「え? そうなの!?」


「そうや。それで今みたいにただコケただけやと驚きが勝って笑いは起こらんけど、国見くんは驚いたやろ」


「凄く驚いた」


「これが笑いの基本一やねん。堂々とした振舞いで立ち上がれば皆が見る。そこから一歩目で盛大にコケたら混乱する。脳があり得ないと驚いて緊張する」


「あり得ないが基本一」


 そう言って南波さんは何事もなかったかのように立ち上がる。

 僕を振り向いたその顔は綺麗な笑顔のままで、本当に顔を打っていないようだ。


「国見くんに舞台に上がって声出しの練習させたんも基本。基本二やね」


「声出しが基本二」


「漫才やるなら堂々とした振舞いでちゃんと声を出さなあかん。緊張が伝わってもあかん。芸人が緊張したら客は『笑っていいんだ』と認識してくれへん。信頼関係を築くが基本や。ここに観客がおって『笑っていいんだ』という信頼関係があれば、さっきみたいにコケただけでもドカンッと笑いが取れんねん。堂々と椅子から立ち上がったところからがフリや。自信ない奴がなにやっても笑いは起きひん」


「だからあれだけダメ出しされたんだ。僕は一発ギャグをどうすればばかり考えてた」


「……一発ギャグなんてプロでもほとんどが面白くないやん。会場の空気次第のところが大きいで。多くが釣られ笑い。まあ無茶振りされた国見くんがなにを繰り出してくるかは興味あったけど」


「やっぱり無茶振りだと認識してたんだ」


「当たり前やん。関東に出た大阪人は他者から無茶振りされることに怯える戦々恐々とした毎日やで。無茶振りには敏感や」


「思ってもないことを。しかもそれを強要しているし」


「そのおかげでうちとは緊張せずに喋れるようになったやろ。それが今日の成果や。漫才する相方相手に緊張していたら話にならへんからな。基本以前やから基本ゼロや」


「……仲良くなるのが基本ゼロ」


「お笑いは基本が全て。基本ができていれば笑いは取れる。ネタなんてその後の話や。重要やない。基本の反復練習こそが笑いを作る!」


「……また声出しの挨拶と一発ギャグをやらなきゃいけないのか」


「さすがにもう音楽室の鍵返さなあかんから帰宅やね。そうしないと明日も鍵借りられへん」


「ん? 明日も付き合ってくれるの?」


「当たり前やろ。二人でM-1目指すって夕暮れ時の河川敷で熱く語り合ったやん」


「ないよ! そんな過去ない! そしてM-1も目指してないよ! 今初めて聞いたからね!」


「うんうん。その調子や。これなら文化祭までに漫才できそうやね」


 後日談。

 このあと文化祭で二人で漫才を披露して大いに会場を沸かせた。

 ネタは『告白したら漫才の相方にさせられる話』。

 大ウケだった。

 当然、クラスメートから冷やかされもした。

 けれどクラスメートの反応もすぐに生暖かい呆れと哀れみに変わったが。

 なぜなら。


「国見くん。そう言えばお笑い好きの彼女には告白したん?」


 ほぼ学校中に伝わる形で告白した。

 それなのに好きな人には勘違いされたままだったからだ。

 果たしてこの変な状況から来る緊急が、いつか緩和されて笑えるオチがつくことがあるのだろうか。

 とりあえずどんな結果になっても『今頃気付いたの!?』と彼女の前でコケる練習だけはしておくと決めた。

 彼女は割と天然で、天然に勝るボケはないらしい。

 

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