△▼△▼馬鹿が飲む薬△▼△▼

異端者

『馬鹿が飲む薬』本文

 うおおおおお~なんということだああああっ~!

 夜中、俺はPCの画面を見ながら絶叫した。

 ドン! ドン!

「あ……どうも、すいません……」

 安アパートだから壁や床が薄いのを忘れていた。薄いから、少し叫んだだけで周囲の部屋にも丸聞こえなのだ。

 今日はまだ良いが、以前友人から借りたアダルトDVDを大音量で楽しもうとした時、真下の部屋の住人である奥さん(子持ち)に包丁を持って抗議に来られたことには恐怖を感じた。あの時は血走った目で睨まれて本気で刺されるかと思った……危ない危ない――と、話を本題に戻そう。

 とにかく、問題なのはPCの画面に表示されている内容。人気小説投稿サイト「カクヨム」のコンテストで募集されているテーマだった。

 そのテーマは「お笑い/コメディ」…………物静かで真面目な俺にとっては無縁の代物だった。

 書けない。書けるはずがない――即座にそう思った。しかも、期日は3日後の午前11:59……あまりにも短すぎる。

 カクヨムの運営が、堅実に生きてきた俺を嘲笑っているように思えてきた。

 寝よう。こういう時は寝るに限る。


 翌朝、俺は大学に行くとうろついていた友人に相談した。

「要するに、お前の頭ではアイデアが出ないってことだろ?」

 友人は身も蓋もない言い方をした。俺と違って礼儀知らずの浅慮な男だが、言っていることは間違ってはいない。

「まあ、そういうことだな。これは陰謀だと思う。真面目に堅実に生きてきた人間には馬鹿げた話が書けないだろうと踏んでいるんだ。だから――」

「ほら、これ」

 友人は包装された錠剤を差し出した。

「なんだ、これ?」

「これを一錠飲めば、インスピレーションが湧いてくる薬さ」

「ちょ……おま……これってヤバいやつじゃ……」

 俺は声を潜めた。アホな奴だと思っていたが、そこまで手を出していたか。

「大丈夫、大丈夫。これはまだ法律で禁止されていないから合法だよ」

 友人はそうさらっと言ってのけた。

「いや、でも……」

「嫌なら、別に受け取らなくてもいいんだぞ」

「じゃあ、少しだけなら」

 俺はおずおずとしながらも、その薬を受け取った。


 その晩、俺はまた安アパートでPCの画面を見つめていた。

 ――駄目だ! 書けない!

 下書き用にワープロソフトを起動したまま、固まっていた。

 馬鹿げた笑い話なんて、誠実で真摯で優秀に生きてきた俺には書けるはずがない!

 机の上には、あの薬が未開封のまま置いてあった。これを飲めば書けるのかもしれないが、なんとなく負けたような気分になるのが嫌だったからだ。

 しかし、時間は刻々と過ぎていく。俺が悩もうが迷おうが待ってはくれない。

 ――ええい! ままよ!

 俺は水を用意すると、薬を一錠取り出してそれを一気に喉の奥に流し込んだ。

 最初、何も変わったように感じなかった。

 だが、5分、10分と経つうちに体の奥からふつふつと力が湧きだしてきた気がした。

 ――書ける! 書けるぞ!

 俺は猛烈な勢いでキーボードを叩きだした。

 今まで考えられなかったはずのアイデアが次々に湧いてくる。キーボードを打つ手が止まらない。これが薬の力……いや、俺の本来の実力だ!

 こうして、短時間で一気に書き上げるとサイトにアップロードした。

 薬の副作用か、脳を酷使した反動か、突如として眠気が襲ってきて俺はそのまま眠ってしまった。


「いや、あの薬はマジですごかった!」

 翌日、友人に会うとそのことを真っ先に言った。

「はあ? あれ本気で信じたのか……プラシーボ効果ってあるんだな」

 友人が言うには、あれはただの風邪薬だったそうだ。

 つまり、俺が書けたのはプラシーボ効果、単なる思い込みだったという訳だ。

 俺はしばしの間ポカンとしたが、それで書けたのだから良しとした。


 コンテストは書きすぎて、文字数オーバーで失格になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

△▼△▼馬鹿が飲む薬△▼△▼ 異端者 @itansya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ