キミが死ぬ日、死ぬ日だから……頼むから死んでください

酸味

第1話

 ボクは死神。

 偶然にも世界の理から外れ、死を免れた人の命を刈り取るお仕事。冥府を司るボクの上司の神様はずいぶん雑な仕事をしてくれて、現場の一般死神にしわ寄せがくる。だから今日もそのお仕事。今日ボクはお休みの日だったのに。


 死神という職業は基本的には不人気な仕事。ただ幸運で生き残った人間の魂を刈り取りに行く仕事、それは無辜の民を無意味に殺している様にさえ思われる。その上お給料もたいして良くない。時々人間は狂乱し、ボクら死神に対して暴行してくることがある。ちょっと危険で、しかしそういった手当が出ることもなく第一基本給からして安い。福祉もなく給料もなく、その上神界での評判もよろしくない。

 あるのは人手不足によって生み出される、緊急招集ばかりで賃金もなく休みもなく世間体もない地獄のような場所。時折人間から神界に登ってきたおつむの哀れな方たちが死神になってくれる時を除けばこんな仕事に誰も付こうとはしない。

 その上、死神というのの仕事はすごく面倒くさい。


 □


 近頃ボクが魂刈り取りの対象としているのは、今ボクの隣で息も絶え絶えにしている一人の男子高校生。名前を田中太郎という。なんというか、すごく印象が薄い。

 そしてすごく不運な子。ボクの上司から逃れられたのはよかったものの、今度は撃ち漏らしを処刑するためにボクが冥府から這いずりあがってきたのだから。

 逆にどうしてあの職務怠慢上司の銃口から逃れられたのか、不思議だ。


 ……どうして死神のボクが人間の高校生を隣から眺めているのかだって?

 これがボクら死神の仕事であって、そして死神という職が一番不人気な理由。よくよく天の世間で「死神は無実の人を殺して金を得てるだけクズどもしかいない」と言われているのだけど、それは事実とは少し違う。


 ボクらは無実の人を殺した後その魂を回収するのだけど、ただ適当に殺すだけではいけない。人生の最後に心地よい想いを抱かせてから殺さなければならないのだ。そしてそのあと魂を回収する。

 理由はボクも具体的には分からない。ただ上司は大量の撃ち漏らしを残す癖に、魂の質にはこだわりがあるらしい。だからこんな七面倒臭いことをしなきゃいけない。


 ボクがこうして高校中の人間を洗脳し、田中太郎君自身も洗脳して普通の一般幼馴染女子高校生という立場に扮しているのにもちゃんと理由がある。ボクが単にこういう趣味があるということでは全くない。全ては彼を死の間際を心地よくするために。


 といっても破廉恥なことはしません。ボクにだって貞操観念はあるもん。


 ボクはこの影も印象も薄い太郎君に恋心を最後の最後に植え付けようとしている。

 具体的には、ボクの頭上からちょうどよく鉄パイプやら鉄筋コンクリートの塊とかが降って来るように調整して、太郎君をそこに連れてくる。おそらく幼馴染で良好な関係性と植え付けているので太郎君はボクを救うために駆け付けて、しかし普通の人間である太郎君はそれに押しつぶされて死んでしまう。


 そういうシナリオ……を考えていた。そしてそれは成功すると思ってた。


「あぁ、驚くのは無理もないよな」

 空に浮かぶ様々な鋼材と、そのもとに立ち不敵に笑う太郎君。


「俺は超能力者なんだ」

 ぬかった。こんな印象のない人間が神様候補だったなんて気付かなかった。

 ボクの怠慢が、彼を殺しきれずに終わらせてしまった。

 ……あとなんだよその顔、人間のくせにどやらないでよ生意気だよ。


 □


 人間の中には時折神としての素質をその身に宿した人たちがいる。彼らは人間でありながら普通人間が使えぬ力を行使する。例えば先日の鉄筋コンクリート落下事件のように、鉄筋コンクリートそのものを浮かべたりとかが出来る。

 ほかには今目の前で暴走トラックをその力を以て止めていたりとか。


 ……結論から言おう。突如として現れた麻薬中毒者が運転する暴走車によって轢かれかける寸前、彼はボクを救い出して、しかし彼のみが引かれて人生終了。その最後にボクが甘い声を投げ掛けてやる。そのシナリオも失敗に終わったのである。


「黒崎って運が悪いのか」

 悪いよバカ。でなかったらこんな仕事ついていませんし、よりにもよって神様候補担当にはならなかっただろうし、二度も殺せずに終わるだなんてことはない。太郎君はボクの状況など知ったことではないのだろうが、嫌味にしか聞こえない。もしかしたらこの男はボクの無様な失敗を裏で笑っているのではないでしょうか。

 ありえます。人間というのはそれくらい醜い生き物なのです。


「そ、そうみたいですね、はは」

 ボクのお給料のためにさっさと死んでくれ。


 □


「むしろ黒崎は運がいい方なんじゃないか」

 カスカスカス。カスやろう、さっさと死んでくれよ頼むからぼくの評価が下がっちゃうじゃない。気絶する五十人程度のアサルトライフルと防弾チョッキやらで武装した不審者たちを目の前にして、鬱陶しく髪の毛をかきあげる太郎君の姿を見て絶叫したくなる。出来得ることなら今すぐ頭をむしりたい。もしくは今すぐもうなんでもいいから殺してしまいたい。


 中東の国々が石油の輸出を停止して世界中が大混乱になる中、日本に存在した悪の科学者だか何かが、墓場に眠るかつての過激な新左翼たちをよみがえらせ高校を襲撃した。その絶体絶命の危機、最後には自爆しようとする彼らを眺め、ボクは最後に太郎君に今までの思いを告げる。死の間際で彼はボクの恋心を知るというシナリオ。

 もう別にボクの身体が傷つくのはどうでもよくなってきた。ボクは痛みは感じるけど死にはしない。だから自爆で諸共死んだふりをしてしまえばいいと考えた。

 しかし結果はどうだろうか。校庭に生える植物たちを自在に操り始めた太郎君は新左翼の亡霊たちを、巨大な蔓で巻き取りなんどもなんども鉄筋の壁に殴り続けた。そして今ボクの目の前にいる様に彼ら亡霊はもはや死に瀕している。

 なんて使えない新左翼なのだろう。だからキミら生前失敗したんだ、恥を知れ。


「きょ、今日は死んだかと思った」

「ははっ、そうだな」

 キミがようやく死んでくれたと思った、だけどな。笑ってる暇あったら首でもつって死んでくれ頼むから。ボクはもう休日返上が確定しちゃってるんだ、洗脳したからといってもボクを愛してるのならボクを思って死んでくれ。


 □


「もしくは俺の運が悪くて、黒崎が更に運悪いのかもしれない」

 ねえねえねえねえねえねえねえ、なんでなのよなんでなのさぁあぁぁああ!!!!

 おかしいよ、おかし過ぎるよなんでこの人生きてるのおかしいよ? 世界中にあるICBMやらの核戦力を太郎君の頭めがけてぶち込もうとしたのに、なんでそれをはねのける力があるのおかし過ぎるよ。こんなの無理だよ、というか下手をすればボクが殺されるくらいの力持ってるじゃないか。

 ふ、不条理だ、なんで死神が人間の太郎君にこんなに苦しまなきゃならないのか。くそくそ、そもそもこんな馬鹿げた人間くらい自分で殺せよあのクソ上司。なんでボクなんかがこんなのを殺さなきゃいけないんだよ。まだ上司を裏切って冥府を支配するほうが簡単なんじゃないだろうか。本気で思う。


「落ち着きなよ、これで世界は救われたんだ、震えないで」

 触るんじゃない、この震えは恐怖じゃなくお前と上司への怒りなんだよ!

 ぐぬぬぐぬぬ、世界丸ごと破壊させかけたから始末書だって確定してるのに、なんでなんで死なないのさ。なんで人間なのに下っ端神のボクよりも力強いんだ。


「大丈夫、大丈夫だから」

 ボクは人間(謎)に抱き抱えられる。もはやボクは笑う余裕すらなかった。


 □


 あるドラマを見て思いついたことをやってみた。

 でも日本は沈没しなかったのでもう省略する。

 反省文二万枚で許された。


 □


 ボクは今、今までで一番冷や汗をかいている。


「黒崎、俺はおかしいと思うんだ」

「な、なにかな太郎君」

 よくわからない闇を右手に、そして意味の分からぬ虚無を左手に持つ太郎君。そしてその太郎君の目の前で正座するボク。今ボクは本当に殺されようとしていた。

 ……いや、ふつうは神を人が殺すことは出来ないのだけれど、太郎君が持つ名状しがたきナニカにはボクの力では到底把握できぬほどの悍ましさがあった。たぶんあれを受けたらボクは死ぬ。


「お前と一緒にいる時に、異常なことが起こる気がするんだ」

「……そ、それは私も同じだよ? 太郎君といる時だけおかしなことが起きる」

 考えろ、考えろ、そして解決策を生み出すんだボクの脳細胞クンたち。キミらの働きが運命共同体であるボクの命までもを決めてしまう。だからさっさとお願い、解決策、打開策を寄越してくれ頼む。


「それに、思い返してみれば黒崎なんて幼馴染なんて、昔からいなかった」

 ひえっ、なんでこの人ボクの洗脳打ち消してるの、こわいこわい。

 ひぃぃぃ、近付かないでよ、あわわわああわ。


「お仕事、仕事だったんですぅ!! だから許してぇ!!」

「お仕事?」

 眉を顰める太郎君に全力で土下座する。死神だろうと命は大事。いのちだいじにが最も尊き生存戦略。強きに服従するのは良いことである。

 なんだったら靴を舐めて上げてもいい。身体は渡したくないけど、殺されるくらいなら上げてもいい。でも心まではあげないからね、ぷんぷん。

 ……だってもう、半分くらいは粉砕されてるし。


「じょ、上司の命令だったんですよぅ! 殺すならその上司を殺してぇ!」

「まずお前は何者なんだ」

 ひえええぇ、ころ、殺されるぅぅ。言ったら殺されるけど、言わなくても殺されるぅぅ、どうしよどうしよ。でもどうせ嘘もバレちゃいそうだから言っちゃおう!


「死神、です」

 そしてボクの奴隷生活が始まったのである。

 ちなみに性奴隷じゃない。ボクを哀れんでくれる太郎ご主人様が冥府の神こと邪神から救ってくれたのである。


 三食寝泊まりWi-Fi完備、お給料もたんまりもらえるホワイト職に就職しました。

 やったね。

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キミが死ぬ日、死ぬ日だから……頼むから死んでください 酸味 @nattou

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