インターフォンの向こう側

紫月音湖*竜騎士様~コミカライズ進行中

団地づ

 ――ピンポーン。


 仕事を終えて帰宅後。今から洗濯物を取り込んで、夕飯作らなきゃ……。そう思っていた矢先に、インターフォンのチャイムが鳴った。


 画面を覗き込むと、スーツを着た若い男が映っている。何かの営業のようだ。

 画面越しの爽やかな笑顔は好感が持てたが、今は夕方の家事で忙しいし、新しく宅配サービスを頼む予定もない。ここは早々にお帰り願おうと、私はインターフォンの通話ボタンを押した。


「はい」

「こんにちは! お忙しい時間にすみません。わたくし、『モォ~、サイコウ牛乳』の獅子王ししおうつよしと申します!」

「はい?」


 ちょっと待て。名前のインパクトありすぎだろ。牛乳メーカーの名前が霞んだぞ。


「今回こちらの団地を回らせてもらってるんですが、うちの会社が今お得なキャンペーンをやっていまして。よかったらお話だけでも……」

「あぁ、牛乳ならスーパーで買ってるので大丈夫です」

「あっ、そうなんですね~。牛乳だけじゃなくてヨーグルトとかもあるんですけど、奥さん『腸まで届け! まっしろヨーグルト』ご存じですか?」


 そもそも白以外のヨーグルトってあるのか? あなたの持ってるの、プレーン味ですよね? しかも腸まで届け!って、大々的に願ってる時点で買う気が失せるんですけど。


「ちゃんと腸まで届く乳酸菌の入ったヨーグルト買ってるんで大丈夫です」

「うちのヨーグルトは乳酸菌以外にも鉄分に食物繊維、コラーゲン、高麗人参に霊芝まで、様々な栄養素がこれ一個にたっぷり入ってるんですよ! それなのに真っ白! 凄くないですか!?」

「入れすぎだろ! って……いやいや、いま忙しいので、もう結構です」

「あぁー! ちょっと待って下さいっ。私っ! 私、実はお笑い芸人が本職で、こっちはバイトなんですけど。あの今からここで一人コントするので、それで奥さんがおもしろいって思ったら、ドアを開けて私の話を五分聞いて下さい!」


 半ば強引に話を進めた男が、画面越しに少しさがってお辞儀をした。両手をお腹の前で軽く握り、インターフォンに向かって胡散臭い笑みを向けている。


「それでは……こほん。――ショートコント。団地づ」


 ――ブツン。

 通話ボタンを押して真っ暗になった画面に、疲れた私の顔が反射している。ほんの数分だったが、物凄く時間を無駄にした気分だ。 


「ご飯作ろ」


 インターフォンに向かってコントする男。哀れだ。でもドアを開ける気はさらさらないし、私は夕方の家事で忙しいのだ。男に時間を割く暇はない。

 夕飯を作り終える頃には男もさすがに去っているだろうし、私もきっと忘れている。


 ――そう思ったのだが。

 後日回ってきた回覧板には、こう書かれていた。



『最近、夕方になると営業マンを装った怪しい男が家々を回っているそうです。インターフォンに向かって一人で喋って笑っている姿が目撃されているので、見かけても決して近付かないようにして下さい』


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