相方卒業
御角
相方卒業
今日も僕らのステージが始まる。眼前に広がる客の海、降り注ぐスポットライト。相方が喋り、ツッコみ、僕が道化を演じる度に笑いの波が端から端まで伝わっていく。
10年前ではとても考えられなかったその光景をただひたすらに噛み締める。
思えば長い年月だった。幼い頃から一緒だった僕らが漫才の道に入ったのは、相方がきっかけだった。
鳴かず飛ばずで苦しい時期もあった。でも、相方はいつも僕のそばに居てくれた。決して捨てることはなかった。
ステージの上も、楽屋も、移動も、帰る家もいつも一緒だった。
異変が生じたのは去年の秋頃だった。もうすぐ結成9周年と言うところで、体にガタが来てしまったようだ。僕の体はどこもかしこもボロボロだった。それでも、相方の助けもあってこの一年間、今日まで騙し騙しやってきた。
そんな僕を見て、相方も何か思うところがあったのかも知れない。爆笑する客と対照的に、ネタ終わりはいつも僕を悲しげな目で見ていた。僕も、そんな相方の顔は見たくなかった。
だから今、この結成10周年ライブを持って僕たちはお別れすることにした。大丈夫、相方は面白い。きっと新しいコンビでも上手くやる。
ありがとう、僕をここまで連れてきてくれて。ありがとう、僕を見捨てないでくれて。
本当に、ありがとう。僕を大切にしてくれて。
「えー、会場の皆さんには今日、非常に残念なお知らせがあります。結成当時からずっとコンビを組んできた、このピコピコ人形くん。実は去年くらいからだいぶ調子が悪くて、何とか繕い繕ってやってきましたが、何せ10年物、いやそれ以上ですんで生地が……いや皮膚がボロボロでして、昨日なんて手足だけじゃなく首までいかれてしまいました。僕は正直、毎日彼を繋ぎ合わせるのはとても苦しい。これ以上無惨な姿の相方を見たくないんです」
相方は時々言葉を詰まらせながら、マイクに向かって喋り続ける。客席はただ温かくそれを見守る。
「ですので、我々クソデカパペットは今日をもって解散します! そして、明日からクッソデカパペットとして生まれ変わります!!」
相方は声高にそう宣言し、大きな僕をスポットライトに掲げた。
客が歓声を上げ一斉に沸く。
「ほら、ピコピコ人形くんもお別れの挨拶、して?」
『ミーハーなやつらめ、今歓声あげたやつ一生取り憑くからな。覚えてろよ』
また歓声が沸く。
きっと明日から僕はもうピコピコ人形くんではいられない。でも姿形なんてなんでもいいんだ。相方の、ずっと大事にしてくれた親友のそばに居られるなら。
ぬるいスポットライトに照らされ、僕はそっと、落ちかけの首を重力に任せた。
相方卒業 御角 @3kad0
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます