満員電車に揺られて

かざみ まゆみ

第1話 満員電車に揺られて

ガトンゴトン。

ガトンゴトン。


電車が線路の連結部を通過するたびに私の体を揺らす。

私の胸の膨らみが彼の腹筋にあたる。

夏の制服だからか、薄い生地越しに彼の体温を感じた。


まだ付き合い始めて三ヶ月。

私たちはまだキスもしたことが無いうぶなカレカノだった。


二人で行った大学の学校説明会の帰り、いつもと違う電車に乗った私たちはサラリーマンたちの帰宅ラッシュに巻き込まれていた。

雷雨と人身事故が重なりダイヤが乱れ、駅のホームは人であふれていた。


運良く列車に乗れたものの、超満員の車内は雨の湿気と人混みで蒸し風呂の様だ。

私たちは夏休み中であったが、学校からの通達通り制服を着て説明会へ参加してきた。

その制服も突然の雷雨で濡れ、下着が透けて見えるほどであった。

彼と一緒なのに恥ずかしい……。


駅へ停車するごとに超満員の乗客が出入りを繰り返し、ついに私たちは降車側とは反対のドアに押し込められた。

私がドアを背にし、彼と向き合う。

彼は他の乗客に押され私に迫る。

私と密着しない様にする為か、はたまた私を護る為か、彼はドアに手をつき乗客からの圧迫を必死にこらえている。


偶然だが壁ドンの形だ!

私は思わず感動したが、彼はそれどころでは無い様だった。


ガトンゴトン。

ガトンゴトン。


彼はついに堪えきれずに人の波に屈した。


彼の体が私に押し付けられる。

彼は私より頭一つ分背が高い。

私は彼の胸に顔をうずめる形になった。


彼のゴメンという小さな声が頭の上から聞こえる。

彼の声は少し緊張している様だった。

彼の鼓動が直に伝わってくる。


列車が左右に揺れるたびに彼と体が密着する。

雨で濡れて冷え切った体に彼の体温が温かい。

私は揺れと心地よさにもう身を任せている。


私の胸の膨らみが彼の腹筋にあたっている。

そう意識した途端、私は顔が熱くなるのを感じた。

冬の使い捨てカイロの様に、ずっと握っていると火傷するぐらいの熱さだ。


やっ、恥ずかしい。

私は彼から距離を取ろうとモゾモゾするが、混雑した車内では不可能だった。

結果として私は自分の胸を彼にこすり付けただけだった。


手を使おうにも大学の資料を入れた袋を握っている為、動かすことが出来ない。

ここで袋を手放したら満員電車の中でグチャグチャになってしまう。

大切な資料が入った袋は絶対に死守しなくては。


揺れに合わせながら袋を少しずつ引き寄せ、なんとか乗客の間から袋を救出した。

私は体の前で袋を両手に持ち、彼とのスペースを確保しようとした。

その手の甲が柔らかな膨らみを撫でた。


私は手の甲で、その膨らみの温かさを感じていた。

彼が必死に体を揺らし、私から腰を離そうとしていた。

そして出来上がった彼との空間に私は視線を落とした。


そこは彼のズボンのチャックだった。

そこがすっかり膨れ上がっている。


ガトンゴトン。

ガトンゴトン。


私は瞬時にすべてを理解した。

私たちの間に気まずい時間が流れる。


しかしその時間も長く続かない。

列車の到着と同時に、私が背にしていたドアが開いたのだった。

私たちの間に新鮮で清涼な空気が流れ、火照った全身を冷やした。


うぶな私たちの恥ずかしい時間はあっという間に終わりを告げた。

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