三好さんはみんなと笑顔で働きたい

水涸 木犀

Ⅳ 三好さんは皆と笑顔で働きたい [theme4:お笑い/コメディ]

 同期の弥生やよいから差し出されたパックジュースを一気飲みして、わたしはVRゴーグルを装着した。


 開発中のVR乙女ゲーム「オフィスでの出会いは突然に」のプレイを始めてから2日経つ。システムのバグでログアウトできなくなってしまった経営管理部の伍代ごだいを救出するため、わたしはメインプレイヤーとしてこのゲームのクリア……つまり登場キャラクターの攻略を目指している。


 はじめ、わたしたちは誰か一人を攻略し、エンドロールが流れるタイミングでログアウトが可能となると読んでいた。しかし一人目の一ノ瀬部長ルートをクリアした時点で、伍代は終了画面に遷移できなかった。ゆえにもう総当たりで、全員の攻略を目指すつもりで臨んでいる。本当は昨日までにログアウトに成功し、今日の企画会議に間に合わせたかったのだがそう上手くはいかなかった。


「やっぱり、年下男子ってちょっと苦手だ……」

『それはゲーム内で? それとも私生活含め?』

「どっちも」

 私はため息とともに、次なる攻略キャラを探しにVR上のオフィスを歩く。

 二人目の攻略キャラ、二岡におかくんの攻略には苦労した。意図が読めない問いを投げかけてきたり、好意の表明が遠回り過ぎて分かりにくかったり。元々攻略ルートが長いというのもあり、一ノ瀬部長のときより二倍以上の時間を要してしまった。


『後輩って、先輩と対等に話したくて、背伸びしたくて空回りすることってあるじゃないですか。だからその辺りを表現しようと思ったんですけど。宇賀さんは回りくどいのは苦手なタイプなんですね』

「うん……思っていることがあるなら、はっきり言って欲しい派だな」

『であれば、次はわかりやすい人を狙いますか……ちょうど目の前にいますよ』

「お、三好みよしさん、だっけ」

『はい。総務部の先輩キャラ、三好さんです』


 弥生の言葉を受けて、きょろきょろと動かしていた視線を正面に戻す。そこには他の社員たちと談笑している長身の若手社員がいた。

「三好……総務部に所属する、主人公より年次が少しだけ上の先輩。仕事柄様々な部署の人と接点があるが、誰にでも明るく話しかけるため男女問わず人気が高い。……要は八方美人ってことか」

「伍代さん、一言多いですよ。しかもプロフィール、暗記してたんですか」

 開発者モードでわたしのすぐ脇を歩いている――彼の言動は、ゲーム内キャラクターには認知されない――伍代は、胡散臭そうな目線を三好さんに向ける。


「俺のデバイスは開発者仕様だからな。攻略可能なキャラクターに視線を合わせると、自動で説明が出てきて読めるようになっている……誰にでもいい顔をするのは、しかし総務部には必要なスキルかもしれないな」

 俺は絶対にやらないが、という呟きにそうでしょうとも、と頷きながら改めて三好さんに近づいていく。伍代が攻略対象キャラにいちいち突っ込みを入れるのはいつものことなので、毎回反応していたらきりがない。


    〇 〇 〇


 弥生のいうとおり三好さんの攻略は、ほぼストレスなく進んだ。彼が「裏表のない先輩キャラ」だと理解できたので、選択に迷うことは少ない。そもそも奇をてらった質問を投げかけてくることもない。時折、横にいる伍代が胡散臭そうな目線を三好さんに向けていてイラっとするくらいで、あっという間に折り返し地点――弥生曰く――まで到達した。


 開発に行き詰った主人公サツキ――開発部に所属している設定だ――が、残業してアイデア出しを試みるもうまくいかず、一人デスクの横で悶々としている。そこに、同じく残業していたらしき三好さんが通りかかった。

『あれ、サツキさん。こんな時間まで残業? 大丈夫……じゃなさそうだね』

 席まで近づいてきた三好さんは、主人公サツキに飴玉を差し出す。

『ごめん。いま飴玉しか持ってないけど……ほら、大阪のおばちゃんはいつも「飴ちゃん」持ち歩いてるっていうからさ。僕も真似してみてるんだ。よかったら』

『①ありがとうございます ②変わった理由ですね ③面白いですね』

「えー……」


 久しぶりに頭を使う選択肢が出てきた。条件反射で①を選びそうになったが、いま主人公サツキはかなり参っている。それを踏まえると、②や③でちょっと拗ねている感を出して、三好「先輩」の慰めを引き出すのもありかもしれない。しかし、わざわざ飴を差し出してくるくらいだから、三好さんは主人公サツキが落ち込んでいることはすでにわかっているだろう。ここは次に会話が続くと信じて、最初の予想通り①を選んだ。


『ありがとうございます』

 目の前に、透明な包装がされた黄色の飴玉――パイナップル味かレモン味だろうか――が置かれる。リアリティのあるそれに喉の渇きをおぼえるが、例のごとくVRゲーム故、実際に口にすることは叶わない。じっと飴玉を見ていると、隣の席に三好さんが座る気配がした。


『開発部って、すごいよね。うちの会社の商品を、自分たちで作ってる。ほら、他の業種だったら商品を他の会社に委託して、本社はそれを売るだけっていうこともあるだろう? だから、自社開発できるだけのスキルがあるって、うちの強みだなっていつも思うんだ』

「それは一理あるな」

 突然、三好さんは滔々と語り始めた。感じ入るところがあったのか、反対隣に立つ伍代も深く頷いている。


『うちの会社は開発部が商品を作って、営業部が売り込むことで売上が立っている。僕たちスタッフの給料は、この2つの部署の人たちが稼ぎ出しているんだって思うんだ。だから僕は、サツキさんには頭が上がらないんだよ』

 三好さんは小さく笑って、主人公サツキの肩に手を置く。

『その分、大変なことも多い部署だと思うけどさ。僕の給料を稼げばいい! って思ったら、ちょっと気が楽にならないかな。役に立たないから、こいつの給料少なくてもいっか、とかさ。それくらい気楽に考えてもいいんじゃないかな』

『①三好さんは役に立たない人じゃありません ②それ、逆にプレッシャーです ③ちょっと考えてみます』

「うーん」


 狙い通り、引き続き選択肢が表示されたが、更に選択の難易度が上がった。今までの関係性を考えると、①を選びたくなる。しかしその場合逆に三好を慰めることになりそうで、彼の本意ではないだろう。②は正直に自分の気持ちを伝えることになり、腹を割った会話が続くかもしれない。③は、今の主人公サツキのメンタルを考えると悪くないかもしれないが、リアルで言うと会話が続かず、気まずい沈黙が続きそうな択だ。少し考えて、会話がより長く続くと信じ②を選ぶ。


『それ、逆にプレッシャーです』

『あれ、そう?』

 三好さんが主人公サツキに顔を向けたので、わたしは続きの言葉を考える。

『わたしは、いつも三好さんにお世話になっていますし……それに、三好さんはうちの会社の色々な人をいつも笑顔にしています。会社への貢献度によってお給料をもらうべきだというのなら、わたしより三好さんのほうがずっと、お金をもらうべき人だと思います』


『まいったなぁ……』

 主人公サツキと正面から向かい合った三好さんは、困ったように頭に手をやった。

『確かにいろんな人と笑顔で仕事をしたいとは思っているけど。それは僕の信条というか、生き方だから。サツキさんがそこを評価してくれるのは嬉しいけどね』


 わずかに口角をあげ、三好さんはいたずらっぽい笑顔になった。

『僕、実は学生時代はコメディアンになりたかったんだ』

『コメディアンですか?』

 思わず素で聞いてしまったが、彼は気にせず言葉を続ける。


『広く、人を笑顔にする仕事がしたくて。ほら、自分が心から笑顔になれる場所って、居心地がいいじゃない? けっこうイライラすることも多い世の中だから、せめて僕の周りは居心地がいい場所になってほしいなって。さすがに収入が不安定だし、苦労も多いからと親に反対されて今の会社に入ったんだけどね』

「それは、親が正しいな」

 伍代を横目で軽くにらんでから、主人公サツキは首を縦に振りつつ続きを促す。


『でも、この会社に入って、総務に配属されてよかったと思っている。雑用係みたいに見られることもあるけど、社員みんなが居心地よく仕事ができるようにするためにある部署だから。僕の周りが居心地のいい場所になるようにすること。そのために、みんなを笑顔にすること。どちらも、僕が学生時代に目指していたことで、総務部はそれらを実現できる部署なんだ』


 主人公サツキの肩に置かれた手が、ぽんぽんと軽く叩くように動く。

『なかなか、落ち込んでいる人を笑顔にするのは難しいけれど。でも、僕は諦めないよ。だからサツキさんも、自分の目標を見失わずに、頑張ってほしいな』

『はい。……ありがとうございます』

 ――サツキは手を振り去っていく三好さんを見送り、「よし、もうひと踏ん張り」とアイデアだしに戻るのだった――


 自動のテロップが流れ、視界が暗転する。どうやら残業パートは、ここまでのようだ。

「おもいがけず、ちょっといいお話だったな」

『オフィスラブがメインの乙女ゲームですから。やっぱり普遍的な部署で頑張っている人は、好意的に描きたかったんです』

 弥生のチャットに首肯を返しつつ、リアルの総務部の人たちをもっと大切にしよう、とわたしは少し反省した。

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三好さんはみんなと笑顔で働きたい 水涸 木犀 @yuno_05

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