八尺さん
飯田太朗
八尺様って本当ですか……。
ヨウイチはとにかく頭が悪いというか、まぁテストは基本赤点で補修補講は当たり前。夏休みもほとんど学校に持っていかれそうだったがその年はたまたま祖父さんが死んだ。仕方ないなと学校にも言われ一路田舎へ、ウキウキしながら行った。タケシとキンジロウがいたからだ。
二人はヨウイチが幼い頃一緒に遊んでいた友達だった。果たして十年ぶりくらいに会ったのだが相変わらずで、タケシは野球部だからか紙やすりみたいな丸坊主、キンジロウは水泳部だからかゴキブリみたいに肌が真っ黒だった。いつもは地味なヨウイチが垢抜けて見えるくらいだった。
男子の友情百までなんてのはよく言ったもので、十年ぶりの再会でも三人は一緒に馬鹿をした。あの出来事もそんな「馬鹿」の一つのはずだった。
「八尺様ってのが出るところがあるらしいぜ」
ヨウイチはぶったまげた。
「八尺様ってあの八尺様」
「どの八尺様だよ」
「八尺様なんてのはそうそういねぇよ。八尺様って言ったらあれだよ」
「どれだよ」
「身長が八尺あって気に入った若い男を取り殺す、七色の声を使って窓や戸を叩いたりして散々誘惑して来る白いワンピースの女……」
「それだけ聞くと何かエロいな」
「エロかねぇよ。八尺だぞ」
「何センチ?」
「エーッと尺ってぇのは……」
「まぁ身長なんてのはいいよ。俺たち百七十以上あるから人権あるだろ。人権ありゃ怖くねぇよ」
なんて押すな揉むなしながらその八尺様が出るという場所に行ってみるとまぁ黴臭い古民家廃墟。床は抜けてりゃ屋根には穴。壁には卑猥な落書きに玄関にはボロボロのエロ本。まぁ何が何だか分からん中三人で拾ったエロ本を眺めていたらそれは来た。ぽぽぽ、ぽぽぽ。
「おう来たぞ」
「あれか? 生垣の向こうに見える……」
「何だ帽子しか見えねぇぞ」
「帽子じゃ抜けねぇなぁ」
「おっ、生垣に隙間があるぜ」
「本当だ。あっ、いい女じゃねぇか……」
なんてくっちゃべっていると騒ぎを聞きつけた地元のおっちゃんが「おいてめぇら何やってんだい」。
「何も蟹も八尺様だよ。おっちゃん見てく? いい女だよー」
「馬鹿っ、てめえ八尺様って言やぁ……」
そんなわけでヨウイチたちはそのおっちゃんの家に連れていかれる。盛塩をしてお札を貼った部屋の中に一晩いろ。その間に大人が何とかするから……だのなんだの言われてそのまま監禁。若い男が三人も同じ部屋に閉じ込められりゃ馬鹿もする。
「おいこの壁殴ったら穴開きそうじゃねぇか?」
「おっ、本当だ。どれ……いてっ。あ、でも凹んだな。いけるかも……おいおめぇ何読んで……あっ、あのボロ屋敷のエロ本じゃねぇか!」
「へへへ」
「おい、俺にも見せろよ」
「いやーん。見ちゃいやーん」
「お前の野太い声で読むと気持ち悪いんだよ。いいから見せろ……」
なんてしている内に夜中の二時。すると外から聞こえてくる。どんどんどんとスラップ音。最初はヨウイチたちを助けてくれたおっちゃんの声で「怖いだろう、もう出ていいぞ」なんて聞こえてくるけどもエロ本に夢中なヨウイチたちは「んー」なんて取り合わない。その内外の声もだんだん色が出てくるというかかわいらしくなってくる。終いにゃ、「ヨウイチくーんっ」「きゃぁーっ、タケシくんよーっ」「キンジロウさまぁーっ」「出てきてぇーっ」なんて黄色い声に。
「何かさぁ、これよくね?」と、タケシ。
「いいって何が」キンジロウはエロ本から目を離せない。
「アイドルになった気分だな」壁を殴り続けるヨウイチ。
「女子がきゃあきゃあ言ってガラス叩くって何か人気者になった気分じゃね?」
「俺別に人気者になんてならなくていいから女のエロい声聞きてぇわ」
なんてキンジロウが言うと窓の外の声も「来てぇ……キンジロウくぅん……」なんて卑猥な喘ぎ声に。何だその手があったかとヨウイチもタケシもそれぞれの名前でひとしきり喘いでもらっている内に翌朝に。
無事に一晩過ごして八尺様の難を逃れた三人を見て大人たちは「あー、よかった」なんて言うものの三人はもうギンギン。おっちゃんの家から出してもらったところで合議となる。
「今夜も来ようぜ」
さぁ、そういうわけであの古民家廃墟だと三人で集まるとどうにも人数が多い。聞いてみるとタケシが「友達も聞きたいって」なんて言い出して結局五、六人でまず帽子の頭を見る。そしてまたおっちゃんに怒られておっちゃんの家へ。盛塩とお札に囲まれながら最初数回分のおっちゃんの声を我慢してしばらくしてると声がキャピキャピしてきて最終的に「あはぁん、ご主人様ぁん、いらっしゃってぇん」となったところで朝。男子高校生からしたらこんなアトラクションはない。
次の晩、その次の晩と高校生が増えていく内におっちゃんも「何やってんだ」と一緒に鑑賞。そして味を占める。何せ自分の名前を呼んでエロいことを言ってくれる無料の女とあれば野郎どもの間で一気に情報が伝わりおっちゃんの家はいつの間にか男の集会所に。これに乗っかったおっちゃんは家の中でつまみや酒をこっそり出すようになり、終いには「酒は有料、飯は持ち込みあり」の簡易酒屋として展開するようになる。こうなると噂は村の中から飛び出て隣町、その先の町と広がっていき、まるで「若い女が入ってくる混浴温泉」のような通のみぞ知るエロスポットに。
その内おっちゃんも八尺様をモデルにしたグッズを売るようになる。八尺人形(二メートル四十センチ)、八尺焼、八尺饅頭と来たところで八尺徳利(注ぐと『ぽぽぽぽ』と鳴る)なんて展開している内におっちゃんの家では野郎どもが収まらなくなり、おっちゃんはそれまで稼いだ金を元手に家を拡張。派手にやっていると地方の興行師がそれに目をつける。「七色の声が出るってことは男の声も出せるのではないか」という点に着目し「女性向け八尺様」を展開するとこれが馬鹿ウケ。おっちゃんの家はあれよこれよと大ホールに改造され、帽子姿を見ることができる古民家も綺麗に改装されてスタバが入り、「古民家 to おっちゃんち」の直通バスができるようになる。
こうなると八尺様の方も引くに引けなくなってだんだん芸にバリエーションが出てくる。声優の声真似や人気キャラのセリフを言ってみたり、歌にラップに大活躍。音源が作られiTunesで配信されるようになったところで誰かが「ライブ配信したら儲かるんじゃないか」と考えYouTuberデビュー。「セ〇ンイレブンの新作商品をぽぽぽぽっと食レポする」などの企画が大ウケして社会現象に。
しかしこの頃になると八尺様の声に元気がないと誰かが気にし始め、臨床心理士がカウンセリングをしてみるとどうも働き過ぎによる鬱病と診断。しばしの間活動休止に。「労働基準法はどこまで幽霊に適用されるか」などといった裁判も開かれ、八尺様に適用するとなればその他の怪異妖怪にも適用しなければ不平等だということになり、「妖怪も年百二十日の休暇が必要である」との合意に至る。
こうなると「じゃあ年間二百五十日以上働いている俺らは人間以前に妖怪としても扱われないのか」という不満が出始め、日本国民(妖怪含め)全休暇という制度が施行。お盆と正月に大規模連休が取れるようになり、そして休みが増えるとヨウイチのように田舎に遊びに行く若者がちらほら……。
了
八尺さん 飯田太朗 @taroIda
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