【KACお笑い・コメディ】爆発はどこでも使える

結月 花

終わりよければすべてよし

 爆発オチ、という言葉を知っているだろうか。

 主にギャグやコメディ漫画などに使われるオチのことで、舞台や登場人物を派手に爆発させ、その勢いで物語を終わらせる手段のことを言う。特に展開が行き詰まったり収拾がつかなくなった時などに使われる手法で、ある意味で投げやりというか作者が続きを書くのを放棄したときなどに使われている。

 例を挙げよう。

 こちらが投げつけた爆弾を、間違っておバカキャラが持って帰ってしまった。→爆発

 不自然な場所に置かれているボタンを間違えて押してしまった。→爆発

 いい感じの場面で都合よく隕石が落ちてくる。→爆発

 曲り道で美少女とぶつかる。→爆発


 とまぁ多少強引な展開に持っていっても、最終的に爆発させればなんか良い感じに終わらせられるのも、爆発オチが太古の昔から使われている理由だろう。

 なぜ俺が爆発オチの話をしているかって? それはだな、今まさに俺がその爆発オチの危機に面しているからだ。


 俺は勇者カリム。聖剣を抜き、魔王に拐われたお姫様を救いに行くという、どこにでもいる王道の勇者だ。多分どこかの少年漫画雑誌に連載されている作品の主人公なのだろう。スライムを倒して経験値を集め、村を荒らす魔物(中ボス)を成敗して仲間を集める。はじめはそんな王道な冒険ストーリーを歩んでいた俺だが、最近はなんだか様子がおかしい。

 

「おいカリム! 敵が追ってきてるぞ!」


 俺の隣を走っている魔術師(黒髪・クール系イケメン)が怒鳴る。彼の言葉につられて後ろを見ると、大勢の敵国の兵士が俺達を追ってこちらに向かってくるのが見えた。兵士の一人が俺達に爆矢を投げ、近くの木に刺さった矢じりが爆発する。


「クッ……最近やけに敵が爆弾を使ってくるな。敵国の常套手段なのだろうか」


 クルト──先程のイケメン魔術師だ──が走りながら眉をひそめる。そう、最近不自然な程に周りで爆発が起こっている。以前からチラホラ傾向はあったが、最近は特に顕著だ。それがなぜなのかクルトは気付いていないようだが、俺にはわかっていた。

 おそらく、作者は続きを書くのが面倒くさくなり、爆発オチで無理やり物語を終わらせる気だ。無理もない。鍛えられた兵士が十人がかりで倒せる魔物がレベル1とすると、序盤の手強い敵であったアーリードラゴンはレベル7だったにも関わらず、最近の魔物は雑魚キャラでもレベル470くらいある。物語が長期化すればするほどレベルがインフレするのは仕方がないことだが、それにしても暴騰しすぎだ。

 敵の幹部でもレベル5000万は当たり前で、つい先日ラスボスである魔王はレベル8億と発表された。これは地球の全人類が束になっても足りない数字であり、地球はもはや魔王によって滅亡させられる未来しかないのだが、おそらく作者は算数ができない。

 レベルのインフレは仕方ない。だが、最近倒したばかりの魔王の元に姫はおらず、実はラスボスだと思っていた魔王はあと他に三人いることが判明した。先日倒した彼は四天王の中で最弱だったらしい。連載が長期化することを見越しての設定なのだが、魔王一人倒すのにコミックス三十巻程度かかっている。魔王を全員倒すにはこち亀程の巻数が必要なのだが、作者はわかっているのだろうか。

 さらに、魔王の元にたどり着くには五つのエレメントを集めなければならないことがわかり、作者自身も収拾がつかなくなっているのは一目瞭然だった。ゆえに、すべてを吹き飛ばす爆発オチで強制終了させようとしている。


(くそっ……なんとしてでも爆発オチを回避しなければ!)


 俺は背後から飛んでくる爆矢を回避しながらギリッと歯噛みする。世界を救うことよりも何よりも、俺には大切な目的があるのだ。

 それは、魔王に囚われたこの国のプリンセス、ミレイユ姫を救い出すことだ。いや、もっと直接的に言おう。俺はミレイユ姫とキッスがしたい。

俺は勇者であるが、一人の健康な男でもある。美人な女の子は大好きだし、キッスもハグもあわよくばフッフフだってしたい。噂によればミレイユ姫は大変愛らしく、そしておっぱいも大きいそうだ。俺はミレイユ姫とキスをしたい一心でこの過酷な冒険を乗り越えてきた。 


 ──ここまで来て、キスお預けで終わるわけにはいかないだろ!


 俺は走りながらグッと拳を握りしめた。前方に真っ黒な城が見える。なんと俺達が走っている直線上に運良く魔王の根城があるのだ。作者の投げやりっぷりがわかると言うものだが、世界を救うよりも何よりもキッスがしたい俺には逆に好都合だ。俺は俄然やる気を出し、走るスピードをあげる。

 その途端、後方からヒュンヒュンと音がして、自分達の横を小型の丸い爆弾が通り過ぎる。


「きゃあ! 何これ!」

「リーナ近づくな! 時限爆弾だ!」

「うわっうわぁ〜〜!」


 悲鳴をあげる神官(銀髪、色白、B98・W42・H78、美人で優しく家庭的、好きなものはさくらんぼ)を庇うようにクルトが前に出る。斧使い(デブ)は彼らの周囲でオタオタしていた。時限爆弾とは卑怯な手段だが、爆発する前に逃げてしまえばこちらのもんだ。俺達は慌ててその場を後にした。

 だがほっとしたのも束の間、時限爆弾からは離れたのに、ジジジと導火線が焼ける音が聞こえる。


「なんだ? まだ爆弾が近くにあるのか!?」

「カリム〜これって食べられるもの〜?」

「ばっ! グーイそれを捨てろ!」

 

 まるでお約束のように斧使いのグーイが小型爆弾の一つを手に持っていた。まずい、これが爆発すれば強制爆発オチエンドだ。俺は構わずにグーイの腕を掴むと、渾身の力で投げ飛ばした。


「おらぁ!」

「えっカリム!? うわぁぁぁぁぁ」


 グーイが近くの川に落ち、勢いよく流されていく。河下でドゥンと爆発する音が聞こえたが、聞こえなかったことにする。お笑い漫画の場合、死人は出ないのもお約束だ。


「あいつは尊い犠牲になったのだ。行くぞ!」


 爆発オチを回避した俺は、魔術師のクルトと神官のリーナに声をかけ、またもや前に向かって走り出した。

 しばらくすると追手がいなくなったのか、後ろが静かになった。だが安心したのも束の間、突如クルトが驚愕の顔をして空を指差す。


「おい! あれはなんだ!?」


 彼が指差す方を見ると、空一面に隕石が飛んでいるのが見えた。どうやらこちらを目掛けて落ちてきているらしい。


「きゃぁぁ! なんで隕石が!?」

「わからん、とりあえず逃げるぞ!」


 クルトの声につられて全員が再び走り出す。おそらくあの隕石に当たれば爆発して終わりだ。作者は何としてでもこの作品を終わらせたいらしい。

 俺は脇目もふらずに全力で走った。だが、走れども走れども隕石は追いかけてくる。おそらく、誰かを爆発させない限り隕石はどこまでも追いかけてくるのだろう。魔王の住む黒い城まであとほんの数百メートルだ。もう少し踏ん張れば……と思った次の瞬間に、「うわっ!」と声がして前を走るクルトが視界から消えた。


「クルト! どうした!」

「くそっ……泥沼に足を取られた」


 見ると、クルトの右足がほとんど地面の中に消えていた。運悪くイーラの底なし沼に引っかかってしまったようだ。クルトが顔をしかめながらもがくが、彼が動くほど体はずぶずぶと埋まっていく。リーナが顔を青くしながらクルトの腕を引っ張った。


「全然抜けないわ! カリム! 早く彼を助けて」

「リーナ、カリム、俺のことは気にするな! 先へ行け!」

「そんなことできるわけないだろ! 俺達はここまで一緒に旅をしてきた仲間なんだから!」


 と言いつつも俺の足は止まることなくそのままクルトの横を通り過ぎていく。彼らには悪いが、丁度良い隕石の的であるには違いない。後ろから「えっ」「えっ」という声がしたが、案の定俺が速度を上げた瞬間に背後でドォンと音がした。

 

(グーイ、リーナ、クルト……お前達の死は無駄にはしない!!)


 走りながら俺は涙を拭う。まぁお笑い漫画の爆発で死人が出ないのはお約束なのだから全員心配はいらないのだが、ここで仲間の死を噛みしめるのもお約束ってやつだ。


 やっとの思いで魔王の城にたどり着き、一呼吸置いた俺はふと自分の体を見て驚愕した。


「な、なんで俺自身に爆弾のスイッチが!?」


 いつの間についていたのだろう。俺の胸当ての所に、見事なまでの押しボタンが出現していた。おそらく俺が転んだり敵から攻撃を受けてスイッチが押されれば強制爆発エンドにされるのだろう。作者め、とうとうなりふり構わなくなってきたな。

 だが、攻撃を受けなければいい話だ。俺は気を取り直して城の中に入った。中には魔物がうじゃうじゃといるが、全員レベル2万程度の雑魚だ。俺は聖剣ロードスカリバーをブンブン振り回しながら敵をなぎ倒し、あっという間に城のてっぺんにたどり着いた。


「ミレイユ姫! おられますか!」


 城のてっぺんにある部屋の扉を開ける。すると、中にいた小柄な女性がこちらを見てビクリと肩を震わせた。


「あ、あなたは……」

「俺は勇者カリム。姫、俺はあなたを助けに来ました」

「勇者様……? 助けに来てくれたのですね!」


 ミレイユ姫が立ち上がり、俺のもとに駆け寄る。思わず両手で彼女の肩を抱きとめた俺は、姫のあまりの美しさに見惚れてしまった。

 ミレイユ姫は噂以上の美人だった。長いまつげで彩られた大きな青い瞳に輝くように美しい金髪。バラ色の唇は今にも俺にキスしてほしそうにうるプルしている。

 ミレイユ姫が瞳を潤ませながら大きな目で俺を見上げ、きゅっと両手を握った。


「勇者様、私、怖かった」

「姫……」


 その瞬間、俺の心から邪な気持ちが吹っ飛んだ。こんなに可憐でか弱い女性が一人で恐怖に耐えていたのだ。途端に彼女が愛おしくなり、側にいてやりたいと思った。腕を伸ばして彼女の体を優しい手付きで掻き抱き、グッと引き寄せる。







 カチッ






 ドゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!









 『カリムの大冒険・完』


 長期に亘るご愛読、誠にありがとうございました。結月 花先生の次回作にご期待ください!


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