大爆発に巻き込まれたぐらいでは、人は死なないだろ? え? 死ぬ? いやいや、せいぜい髪がチリチリになったり、服が燃えてしまうぐらいだって! ~【コメディ補正】の無自覚な最強少年、若き魔法少女と出会う~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】

第1話

 とある森の中で、少女は走っていた。


「はあ、はあ……」


 息を切らし、必死に走るその少女の名前はリリアーヌ・ブランシェット。

 この国で一番の魔法学園に通う十五歳の少女である。

 彼女が今いる場所は、王国でも有名な森だ。

 王国の中心から少し離れたこの場所には、人はほとんどいない。

 魔物が出るため、一般人はまず近づかない場所だった。


 しかし、リリアーヌは違う。

 彼女はこの森に何度も来ていた。

 そして、魔物と戦って訓練していたのだ。

 そのため、そこらの冒険者や騎士よりもずっと強い。

 今日もいつものように一人で魔物を倒しに来たのだが、今回は運悪くいつもより強力な魔物と出くわしてしまった。


「はあ、はあ……。まさか、ボルカニックベアーが出るなんて……」


 今まで戦ったどの魔物よりも強く、目くらましの魔法を発動して逃げるのが精一杯だった。

 だが、なんとか逃げ切れそうだと思ったその時……。


「グオオォオ!」


 後ろの方から雄叫びのような声が聞こえた。

 嫌な予感がしたリリアーヌはすぐに振り返る。

 するとそこには、先ほどまで戦っていたはずの魔物がいた。


「嘘……! も、もう追いついてきたの!?」


 ボルカニックベアーは、戦闘力に秀でている。

 しかし一方で、移動速度はほどほどだ。

 魔法でブーストしたリリアーヌにこれほど短時間で追いつくのは、彼女にとって想定外だったのだろう。


「くっ……! こうなったら一か八か……!」


 そう言ってリリアーヌは杖を構える。

 するとボルカニックベアーは、それを見て笑みを浮かべた。

 そして、口を大きく開けて炎を放つ。

 ボルカニックベアーの【火炎ブレス】だ。


「【ウォーターキャノン】!」


 リリアーヌが水属性の攻撃魔法を唱える。

 すると、水の塊が現れて火炎ブレスを迎え撃った。

 しばらくの間、それらは拮抗していたが……。


「だ、だめ……。威力が強すぎる。もう持たないわ……」


 徐々に押され始める。

 このままでは負けてしまうだろう。


「ガアァッ!!」


 勝ち誇ったようにボルカニックベアーが吠える。

 その直後、水流を押し返す炎の勢いがさらに増した。


(ごめんなさい……。私が不甲斐ないばかりに……。お母さん、お父さん……)


 炎が迫り、彼女が諦めかけた、その時だった。


「ちょっと待ったあぁー!!」


 突然、空から一人の少年が降ってきた。

 そして、そのまま地面へと着地する。

 ちょうど、【火炎ブレス】と【ウォーターキャノン】がぶつかり合っていた場所に。


 ドゴオオオーン!!!

 炎と水、そして少年の落下の衝撃が重なった影響か、大爆発が発生した。

 爆煙が立ち込める中、リリアーヌはその光景を呆然と眺めていた。


「な、何が……? ボルカニックベアーは? いえ、それよりもあの少年の治療を……」


 煙により周囲の状況が把握しづらいが、なにせこれほどの爆発だ。

 とっさに水魔法で防御したリリアーヌはともかく、爆発の中心地にいた少年が無傷とはとうてい思えない。

 彼女が急いで起き上がろうとした時、煙の中から少年の声が聞こえた。


「いや~、危なかったね」


「え?」


 リリアーヌは驚く。

 なぜなら、そこには平気な顔をしている少年の姿があったからだ。


「な、なんで無傷なの!?」


 無事なのはいいことだが、彼女は思わず叫んでしまう。


「ん? 無傷ではないだろう? 俺の髪がチリチリになっているじゃないか!」


 少年が誇らしげに自分の髪を指さす。

 確かに彼の言う通り、彼の髪はチリチリになっていた。

 ボンバーヘアと言ってもいい。


「あ、あの爆発に巻き込まれてそんな程度で済むわけがないでしょう! むしろ軽傷よ!」


「そうか? ……まあ、いいか。それより君、怪我はないか?」


「あ、はい……」


 リリアーヌの言葉を聞き流し、少年が彼女に手を差し伸べる。

 その手を掴んで立ち上がると、リリアーヌは自分の服についた砂埃を払う。


「ありがとうございます。おかげで助かりました。私はリリアーヌ・ブランシェットと言います。あなたのお名前は?」


 リリアーヌが頭を下げる。

 危ないところを助けてくれた恩人相手に、きちんとした礼儀を尽くそうという気持ちが表れている。


「ああ、俺はユージだ。しがないDランク冒険者だし、丁寧な口調はいらないぞ。何だか距離を感じるし」


「……そう? なら、遠慮なく普通に話させてもらうわ。でも、とりあえずお礼はしたいし、街まで戻らない?」


「そうしたいところだが……。まだあいつはやる気らしい」


 ユージが視線を向けると、そこには怒り狂った様子のボルカニックベアーがいた。

 先ほどの攻撃によって、大ダメージを受けている。

 だが、まだ致命傷ではない。


「グルルル……。グオオオォオッ!!」


 ボルカニックベアーが再び雄叫びを上げる。

 そして、先ほどよりもさらに大きな火球を生み出し始めた。


「な!?  あれって……! まずいわ! 逃げましょう!」


「大丈夫だ。俺に任せてくれ!」


 ユージが自信満々に答える。

 そして、ボルカニックベアーに向けて駆け出した。


「ガアァッ!!」


 ボルカニックベアーが【火球】を放つ。

 ユージの上半身あたりに向かっていく。

 それに対して、ユージは……。


「はっ!」


 上体を大きく後ろにそらして避けた。

 ブリッジである。

 見事な瞬発力、そして柔軟性だ。


「す、すごい……」


 リリアーヌが感嘆する。

 だが、その表情はすぐに変わった。


「……って、ギャーーッ!! 火球がこっちに!?」


 先ほどまで、リリアーヌとユージは近くにいた。

 そこからユージがボルカニックベアーに向かっていったところ、奴から火球が放たれた。

 そしてそれをユージが避けた。

 当たり前だが、位置関係を考えれば、その火球はリリアーヌに向かっていくことになる。


「くっ。急いで回避……。いや、水魔法を……」


 彼女は慌てて対応しようとする。

 しかし……。


「うっ。魔力が足りない……。回避も間に合わない……。だめ、死んじゃう……」


 彼女の脳裏の昔の思い出が流れる。

 これが死ぬ前に見ると言われている走馬灯だろうか……。

 などと彼女が考えているうちに、火球が目の前に迫ってきた。


 ドゴオオオーン!!!

 火球がリリアーヌに直撃し、大爆発が引き起こされる。

 これほどの高火力と衝撃を喰らえば、いくら魔法使いの彼女と言えど、ただでは済まない。

 ……はずだった。


「けほっ。……え? なんで無事なの?」


 爆発が収まった後、そこには生きて立っているリリアーヌの姿があった。


「よっしゃ! ボルカニックベアーは倒してきたぜ。……って、どうしたんだリリアーヌ?」


「えっと……。どうして私、生きているのかしら?」


「ん? あれぐらいの火球で、人が死ぬはずないだろ?」


「いやいやいや! 普通に死ぬわよ!!」


 リリアーヌのツッコミが入る。

 彼女は思わず声を荒げてしまった。


「そうなのか? でも、あの程度の威力じゃ怪我もしないし、熱さだって感じなかったぞ。髪はチリチリになったが」


「それはあなたが異常なのよ!」


「だが、リリアーヌだって、あの程度の攻撃で死んだりしていないじゃないか」


「そ、それは……」


 リリアーヌは言葉に詰まる。

 確かにユージの言う通り、自分は死んでいない。

 死を覚悟したのだが、なぜか無事だったのだ。


「まあ、とにかく怪我がないなら良かったよ。ボルカニックベアーの討伐部位も回収したし、一件落着だな」


「どうやって倒したのかも聞きたいけれど……。まあいいわ。とりあえず街に戻りましょう。話はそれからよ」


 リリアーヌが会話を切り上げ、街へ向かおうとする。

 しかし、それをユージが制止する。


「お、おいおい。まさかそのまま帰るつもりなのか?」


「そうだけど?」


「いやいやいや。そんな格好で帰ったら、間違いなく変態扱いされるぞ。服は着た方がいい」


 ユージが指さしたのは、リリアーヌの服だ。

 さきほどの爆発により、ボロボロになっている。

 スカートや上着は8割ほどが吹き飛び、下着が見えてしまっていた。


「キャーッ!? な、なにこれ!?」


 リリアーヌが自分の服を見て悲鳴を上げる。

 ボルカニックベアーやユージに気を取られて、自身の状態を正確に把握できていなかったのだ。

 ユージは彼女の近くに行って、その惨状を確認してみた。


「ああ、やっぱり……。服が酷いことになっているな……」


「み、見ないで!」


「大丈夫だ。立派なものを持っている。胸を張っていいと思うぞ! 胸だけにな!!」


「そういうことじゃない!」


 ユージの言葉に、リリアーヌがツッコむ。


「とりあえず、俺の服を着るか? 焼けて面積が小さくなっているが、無いよりマシだろう」


「あ、ありがとう……。でも、あなたの服は?」


「俺は気にしないから問題なし!」


 ユージは笑顔で答えた。

 彼はシャツとズボンを脱ぎ、リリアーヌに渡す。

 これで彼はパンツ一丁になった。


「それじゃあお借りするわ。……うん、これで下着は見えないわね」


 リリアーヌが満足げにうなずく。


「いや、待ってくれ。ブラジャーは見えないが、パンツがまだ少し見える」


「そ、そうかしら? でも、これ以上隠すための服はないし、仕方ないわよ」


「ふっ。仕方ない。俺の最後の砦を貸してやろう。これを使え!」


 ユージがそう言って、自分のパンツを差し出す。

 リリアーヌはそれを視線を向け……。


「いらないわよ!!」


 全力で拒否した。


「なぜだ? 遠慮するな!」


「するわよ! 男のパンツを身につけるぐらいなら、少しぐらいショーツが見えてしまう方がマシよ!」


「ええい! 強情な奴め! それなら、無理やり履かせてやる!!」


 パンツを片手に持った全裸のユージが、リリアーヌににじり寄る。


「きゃーっ!? ま、丸出しでこっちに来ないでーっ!」


「問答無用!! リリアーヌが街でパンツを晒して襲われないよう、俺のパンツで隠してやるぞっ!」


「今まさに、襲われているんだけどっ!?」


 ユージとリリアーヌは、そんなやり取りをしながら街の方向に向けて走っていく。

 街の衛兵に見つかってユージが痴漢として投獄されたり、それをなぜか被害者であるリリアーヌが庇ったりしたことは、また別の話である。

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