【お笑い/コメディ】可愛いベィビィ

ながる

策士策に溺れる

 魔王様の朝は早い。

 早い、というか、多分寝ていない。私よりも早く執務室にいて、上機嫌ハイテンションでパソコンに向かっているのだから、間違いない。

 そして私に気が付いて、慌てて何かを閉じたな? えーい。今度は何を企んでやがる。報連相は大事だと、あんなに、口を酸っぱく、言っているのに!


「おはようございます。魔王様。またお泊りになったのですか? お家で寝てくださいとあれほど」

「ふん。下僕の戻らぬ家など、つまらんではないか。ここにはハムチャ使い魔もいるからな。癒され成分もたっぷりだ」


 月イチで、国家おくにの秘密組織に身柄拘束されて嘘発見器にかけられつつ、アホな科学者の一挙手一投足を報告されられる身にもなってみてほしい。思い出し怒りで針が振れないように無心で報告するのがどれだけ難しいか。

 一日いなかったくらいで拗ねられても困るというものだ。

 雷に打たれて、この世に転生してきた魔王だと名乗り、世界征服を宣言してからそろそろ一年。トール・サガミは相変わらず。少しずつ外にも出るようになったけれど、まだまだ油断できるものでもない。

 見張りと称して一緒に居ることが嫌なわけではないのだけれど……

 溜息ひとつ。


「それで、何かございましたか?」

「特に。あ、サンキューで休んでいたミルッヒが子供を連れて来たな」


 産休ね。


「そろそろ復帰でしたね。赤ちゃん、見たかったなぁ」


 ぽつりと漏らせば、魔王様は目をキラキラさせて笑った。


「ぷくぷくでちっこくて、ぷにぷにで旨そうないい匂いがするのだ! 泣き声すらも心地よくてさらに泣かせてやろうかと」

「魔王様。誉め言葉としてはかなりアウトでございます」

「どこがだ」


 魔王基準全部です。

 呆れている私に彼は立ち上がって歩み寄り、ひょいと腰から抱え上げた。


「俺も欲しくなった」

「……えっ」


 待って! プロポーズもちゃんと聞けてないのに!


「沢山いれば賑やかで下僕マリアも癒されるだろう?」


 頬に触れる唇にうっかり絆される。ああ! まずい!

 回復したであろう魔力に満足気に笑んで、魔王様は離れる。さすがに最近、回復のコツを掴んできたようで、回復量が推し量れない私は結構焦っていた。

 私が彼に向ける愛情の深さが、そのまま彼の魔力となる、らしい。彼が研究から侵略へと視線を変えてしまえば、諸刃の剣となってしまう。周囲の不安を煽らないように、溜まったものは適切に秘密裏に使わせねばならない。ジレンマだ。


「……いい感じだ」

「使う当てがあるのですか?」


 魔王らしい笑みを浮かべる彼に問えば、腕を組んで綺麗な流し目をよこした。銀縁眼鏡がキラリと光る。(ちなみにこれや、たまに無駄にはためく白衣も魔力で演出しているらしい。アホでよかったと心から思う)


「楽しみにしておけ」


 いや。その返事が一番信用置けないんですが。



 ○ ● ○



 そんなやり取りから一ヶ月も経っただろうか?

 特に大きなトラブルもなく、魔王様の情緒が育つわけでもなく、職場復帰したミルッヒがたまに連れてくる子供にデレデレになったりしながら日々が過ぎていた。

 赤ちゃんに会った日は、魔王様も少しそわそわしている。


「そういえば、報告とやらは今月もそろそろか?」

「……そう、ですね。三日後にお休みをいただきます」


 端末でスケジュールを確認して伝える。今月は心頭滅却の練習をしなくても大丈夫だろう。魔王様は指を折りながら何かを数えると、ハムチャにおやつを与えに行った。


「そろそろ鬱陶しいな。どうにかせねば」

「余計なことはなさらないでくださいね。あちらも最近は警戒を緩めてるんですから」

「ふん。派手なことをするだけの魔力は戻ってないわ」


 恨めし気に見られても、微妙に危ない発言をするものだから、こっちだって気になるじゃない。そうやってハムスターに骨抜きにされてるのを見ると、それも気のせいなような気もするけど。




「おはようございま――」

「わーーー!! 閉めろ! マリア! 開けるなーーー!!!」


 執務室のドアを開けた途端、これだ。何をやらかしたんだと思っているそばから、足元を小さいものが駆け抜ける。飛びつくようにやってきた魔王様の手の中にそれが吸い込まれるように戻ってきて、私は乱暴に抱きかかえられたかと思うと音を立てて扉が閉まった。ご丁寧にロックのかかる音までする。


「うぁ……まずい。今ので使い切っ……」

「何がまずいんです? 手の中に居るのは? ハムチャですか?」


 ハムチャのケースは空だった。散歩でもさせていたのだろうか。

 青ざめながらにへらと笑う顔に嫌な予感が増していく。


「魔王様?」

「いや……その……下僕の報告先の機関とやらを骨抜きにする妙案をだな……」

「はい?」


 かさり、と、どこかで何かが動いた。ハッとして注意を向けてみれば、部屋のあちこちからカサカサカリカリいう音がする。

 まさかと魔王様の手をこじ開けてみれば、ハムチャより一回り小さなハムスターがつぶらな瞳でこちらを見上げてきた。


「……まおうさま?」

「可愛いだろう? こいつらを潜り込ませれば、情報収集も、友好を装うのも完璧だと思わないか!?」

「待ってください! どこから、何匹手に入れたんです?!」


 現金もカードも私が管理している。勝手に買い物は出来ないはずだ。

 逸らされる顔を無理やり引き戻す。


「あー……ミルッヒもハムスターを飼っていて、メスだというから……」

「は?」

「ハムチャの嫁にと頼み込んで……生まれるまではこちらで面倒見るからと、その代わりハムチャを預けてだな……」


 何その無駄な用意周到さ! 全然気づかなかった!

 い、いや、まて。それにしてもまだ産まれたばかりのはずじゃない?


「赤ん坊では都合が悪いからな。成長促進と使い魔契約を同時にしようと思ったのだが……」


 目の端で、机の上にあったパソコンのモニターがプツリと消えるのが見えた。棚の上から穴の開いた紙が落ちてくる。


「ちょっと、数が多くてわたわたしているうちに、部屋中に散らばられて……いやぁ、子供はやんちゃだなぁ」

「……アホかーーー!!!」

「ひんっ……!」


 ちょっと考えればわかるだろう!?

 がっくんがっくん揺すってみても、状況は好転しない。


「ままま……マリア、落ち付け。魔力さえ回復すれば、どうにでも」

「あぁん?」


 この状況で、何をどう回復するつもりなのか。私の心は呆れと怒りで満たされている。

 バリトン歌手もまっつぁおな低音に、魔王様の動きが止まる。


「えっと、その……がんばって、捕まえます……」


 ぺぃっと開放してやれば、慌てて涙目で部屋の隅へと這っていった。

 仁王立ちで見張っていた私も途中から手伝ったけれども、半日近く業務が滞ったのは言うまでもない。




 ――後日。

 養子に出されたハムチャの子供たちが、組織の一部の人員を骨抜きにしているのを目の当たりにして、私は少し悔しい思いをすることになったのだった。




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