俺の幼馴染みは神様に愛されているらしい

柚城佳歩

俺の幼馴染みは神様に愛されているらしい

――ちょっと困った事になった。


そう深波みなみから連絡をもらったのは、文化祭当日の朝の事だった。

今度は何をやらかしたのかと、身支度を整え隣の家へ向かう。

深波とは家が隣同士、さらには同い年という共通点もあって、幼い頃から家族ぐるみで交流があった。


子どもの頃の深波は本当に可愛かった。

周りの大人たちが「天使」だとか「神様に愛された子」なんて言っていたのも頷ける。

でもそれは、例えでもなんでもなく、言葉通りの意味で深波は神様に愛されているらしかった。


「で、今度は何をしたんだ?」

「ドコカラハナセバイイカ……」

「ちょっと待て。声が変だぞ」


話し出した声は、ドラマで誘拐犯が電話の声に特殊な加工をしているみたいな、まるで機械の合成音声のような声だった。


「え、今何か道具使ってる?」

「ナニモ」

「じゃあなんでそんな声になってんだよ」

「ジツハ……」


聞き出した話を纏めるとこうだ。

昨日の夜、ベッドに寝転がりながら、動画サイトでヘリウムガスを吸っていろいろな事をしている投稿動画を偶然見て「こんな声で喋ってみたいな」とぼんやり思ったらしい。

そして起きたら今の状態だったという。


「なんでそんな願い事したんだよ……」

「ネガッタワケジャナイヨ。チョットオモシロソウッテオモッタダケダヨ」

「しっかりしてくれよ神様……」


そう、これだ。

深波は一日に一度、願い事をするとそれが叶う。

雨予報だった旅行が晴天に恵まれたり、急いでいる時に信号に引っ掛からなかったり、一緒にいてその恩恵に与った事が幾度もある。

ただ、どんな願いでもいいというわけじゃない。

例えば宝くじを当ててほしいとか、勉強しないでテストで百点取りたいとか、そういうものは例え願っても叶わないか、叶ったとしてもその分以上の不運が跳ね返ってくる。

叶うのはせいぜいアイスの当たり棒がわかる、くらいのささやかなものだ。

それでいて、今回みたいに特に願ったわけでもないのに叶えられてしまう事もあった。

神様、わりとアバウトだと思う。


「でもそれ昨日の分だよな。今から声を戻してくださいってお願いしたらいけるんじゃね?」

「モウタメシタ。デモ、ダメダッタミタイ」


どうやら願ったタイミングは既に日付を越えていて、今日の分にカウントされたらしい。

そこはちょっとくらいおまけしてくれよ神様!


「しかしどうするかな……」


文化祭、うちのクラスは執事カフェをやる事になっている。

深波の執事姿が見たいという女子の圧に押し切られた感があるが、そこはいい。

「天使」と呼ばれた少年は、見事にその美しさを保ったままイケメンへと成長した。

そんな深波の集客力には期待しかない。

もちろん目指すは出店売上一位だ。


「深波はホールと呼び込みの担当だったよな。よし、じゃあ今日は絶対に、一言も喋るな。何か聞かれたとしてもにこにこしてれば大丈夫だ。サポートは俺がする」

「ワカッタ」


こちらはまぁなんとかなりそうだ。

問題なのは、ミスターコンの方だった。

文化祭名物ミスターコンテスト。我が校のミスターコンは、優勝者とそのクラス全員分の食券一週間分というなんとも太っ腹な賞品が貰えるために、毎年どのクラスも気合い充分に代表を送り出す。


うちのクラス代表は言わずもがな、満場一致で深波だ。何事もなければきっと優勝出来る。

そして出店一位とミスターコン優勝という初の快挙を達成する!……はずなんだが。


「ミスターコンのアピールタイム、確か歌で申請してたよな」

「ソウダネ」

「本当になんでこのタイミングなんだよ!そんな声で歌わせられるわけないだろ!」


爽やかイケメンが変な合成音声で歌い出すとか、見た目とのギャップがえぐすぎる。

……斯くなる上は、協力者を増やすしかない。




「で、オレに白羽の矢が立ったわけか」

「頼む、協力してくれ!」


登校してすぐ、人気ひとけのない場所へ声真似が得意な高橋たかはしを連れ出した。

深波の声の件はあまり知られたくはなかったがやむを得ない。本人が無理なら別の誰かに声を当ててもらうしかないのだ。


「でもオレあんま歌得意じゃないんだけど」

「大丈夫!深波も特別上手いわけじゃないから。高橋くらいがちょうどいいんだよ!THE・普通って感じですごくいい!」

「……それ誉めてないよね?」


何はともあれ協力者はゲット出来た。

そこから軽く打ち合わせをし、ミスターコンの開始前に再び集まる約束をしてからそれぞれの持ち場についた。


「三階の教室で執事喫茶やってまーす!ぜひ来てくださーい!」


プラカードを持った深波と一緒に校内を歩く。


「ねぇ、何で北本きたもとが喋ってんの?」

「それはあれだよ、今日の深波は笑顔担当なんだよ。あとはほら、ミスターコン出るじゃん。その時のために声を温存してんの」

「あー、歌うんだっけ。それなら逆にある程度声出してた方がいいんじゃない?」

「だ、大丈夫、そこら辺はちゃんと考えてるから本番楽しみにしててくれ!」


時に怪しまれたり、核心を突いた質問をかわしながら、大きな問題に直面する事なく当番の仕事をこなしていく。

疑いの眼差しを向けられても、深波が笑顔を見せると納得してくれた。

やっぱすごいなイケメンの力は。


そうこうしているうちに本日最大の難所、もといメインのミスターコンテストの開始時間が迫ってきた。

体育館のステージ裏には既に出場者が集まっている。さすがクラス代表なだけあって、かっこいい人ばかりだ。


「……なぁ北本、ここからどうするつもりだ?それにこれ、こんなに買っても食べきれないだろ」


そういう高橋の両手は、来る途中に買った食べ物でいっぱいになっている。


「俺にちょっと考えがある。それを持ってついてきてくれ」


向かった先はステージ端、音響を担当している男子生徒の場所だ。


「こんにちは。俺は二年の北本といいます。いきなりですが、あなたにお願いがあって来ました」

「お願い?」

「はい。この後やるミスターコンに俺の友達も出るんですが、その時の音響を俺にやらせてもらえませんか?友達の出番の時だけでいいですから!」


当然の事ながらすぐに頷いてはもらえない。

だがこれは想定内だ。


「今日は朝から準備して何か食べる暇もありませんでしたよね?これ全部差し入れです!俺、前に演劇部の舞台に駆り出されて音響やった事あるんで、ミキサーの使い方もわかってます。うちのクラス代表の時は俺が代わりますから、その間だけでも休憩してたくさん食べててください!ねっ!」

「……本当に使い方わかる?」

「もちろんです!」

「じゃあ、ちょっとだけお願いしちゃおうかな」

「ありがとうございます!」


よし、計画通りだ。

こうして深波の出番の時の音響を担当する事になった俺は、深波が使う分の他に、高橋の分のマイクを準備した。


「曲はこれな。歌が始まったら深波のマイクを切るから、高橋は見えないところで歌っててくれ」

「……やるだけやってみるよ」


ミスターコンの出場者たちが次々とステージに上がっていき、歌、ダンス、リフティングとそれぞれの得意分野でアピールしていく。


「次だ。頼むぞ高橋」


カラオケの音源をセットする。スタートを押して数秒、イントロが流れ始めた。

どうか上手くいってくれ……!


そして歌が始まった。

さすが声真似に定評があるだけの事はある。

この状況で、ちょっと聞いたくらいじゃまさか高橋が歌っているとは思われないだろう。

さて、深波の方は……。


「……は?」


思わず声が出た。

深波は事前に打ち合わせた通り、高橋の歌に合わせて口パクをしている。ちゃんとやっているのだが。


「ずれてるし……」


なぜか口パクのタイミングが微妙に遅いのだ。

おいおいおい、なんでそうなる。

これじゃバレるだろ!しっかり歌を聞いて合わせてくれよ!

結局俺の思いは届かず、最後までタイミングがずれたまま、深波のアピールタイムは終わった。


「ありがとうございましたー!先程の歌、声と口の動きが少し違って見えたんですが……」


司会進行の女の子の言葉にドキッとする。

あれじゃやっぱり口パクってばれたか?


「もしかして口と声のタイミングをずらして話す腹話術ですか?すごかったです!」


わー!と盛り上がる会場。

ばれて、ない?それはいいのだけれども、なんでそうなる!

その後再び音響担当の男子と交代して、ミスターコンの結果発表を待つばかりとなった。


全ての出場者のアピールタイムが終わり、投票時間を経て、ステージに全員が並ぶ。

ちなみにクラス別の出し物の集計はつい先程集計が出て、うちは狙い通りの一位を獲得した。

これであとは深波が優勝出来れば……!


ついに皆が注目する結果発表の時が来た。

第五位から発表されていく。深波の名前はない。

第四位、第三位、ここでもまだ呼ばれない。

残すは二位と一位のみ。


「第二位は、西原にしはらくんです」


深波じゃない?という事は。


「おめでとうございます!優勝は深波さんです!」


よっしゃー!会場でも今日一番の歓声が上がる。

出店一位とミスターコン優勝の快挙だ!


「一言コメントいただけますか」


喜んでいたのも束の間。深波にマイクが向けられている。

喋るなよ、絶対に喋るなよ……!

でも、深波と違って俺の願いはそう簡単に叶った事はないわけで。


「ウレシイデス!アリガトウゴザイマス!」


……あぁ、やってしまった。

妙な合成音声のまま普通に喋る深波。

静まる会場。広がるざわめき。

うわぁもう、ここまでの苦労が水の泡じゃん!

ところがここはさすが深波というべきか。


「すごいですね!そんな声まで出せるんですか」


頭を抱える俺の耳に聞こえてきたのは、再び起こった歓声と拍手の音。

あれ、もしかして普通に受け入れられてる?

隣にいた高橋と変な顔で見つめ合ってしまったのは仕方がないと思う。


「……これ、オレが代わりに歌わなくてもいけたんじゃね?」

「言うな。虚しくなる」


翌日、願い事で無事に元の声に戻った深波は、その後しばらく腹話術の名人と噂される事になる。

まぁ俺は一週間分の食券が手に入ったから満足だ。

終わりよければ全てよし!













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