十八番【KAC20224・お笑い/コメディ】

カイ艦長

十八番

「ひろし、お前、今度の大会で優勝しないと、うちら解散するしかないんだぞ! 少しはやる気を出せよ!」


 お腹を出しながらソファに寝そべっている相方を見ていると、どうにも危機感が足りない。

 今度の大会で優勝しなければ解散させる。事務所の社長はそう宣言した。

 撤回を求めたが頑として受け付けなかった。


「だがなあ、今から頑張ったところで優勝なんてできんだろ?」


 ひろしはすでにさじを投げていた。

 あきらめが早いのがこいつの欠点だ。これはなんとしてでも優勝して、こいつの目を覚まさなければ。


「なに言ってんだ! ここまでどれだけ頑張ってきたと思っている。俺は絶対解散なんかしたくないんだ。お前がどう思おうが、俺はやるからな!」

 剣幕を見たひろしがお腹をかきながら立ち上がり、こちらへ歩いてくる。

「そこまで言うなら付き合ってやるか。だが優勝は無理なんじゃないのか?」

「無理なものか、俺たちはこの道九年のベテランだ。きちんとやることをやれば、若手になんて負けるはずがないんだ」 


 これまで下積みで苦しい思いをしてきたが、これまでの努力を水泡に帰すわけにもいかない。

「じゃあやってみるか。で、なにをやるんだよ」


「俺たちの十八番おはこに決まっているだろう」


「たかしなあ、これまでずっとそれで勝負してきて、優勝したためしがないだろう。最後もそれをやるの? まあどうせ最後だから後腐れがなくていいのかもしれんが」

「なに言ってんだ。これまで九年かけて練りあげてきたんだ。これまでの八年とは比べものにならないレベルに達しているはずだ」


 しかしなあと言いながらひろしはまだお腹をかいている。

「とにかく。まずは服を着ろ、お前は。いつまでお腹をかいていたら気が済むんだよ」

「どうせ十八番をやるんだろう。もう完璧に憶えているから、このままでもいいじゃないか」

「それじゃあ緊張感が出んだろう! 審査員の前でやるんだぞ。スーツをビシッと着て、一分のスキもなく、最高の緊張感の中で練習しなければ、本番でうまくいくはずがない」

「わかったわかった。じゃあスーツを着てくるからちょっと待っててくれ」

 ひろしはお腹をかきながら更衣室へ入っていった。


 九年目で解散なんてまっぴらだ。

 なぜあいつはあんなにのほほんとしていられるのか。

 もっと危機感を持ってくれたっていいじゃないか。



「お待たせ。これでいいかな」

 ひろしが着てきたスーツはお腹周りが窮屈そうだ。

「お前、もう少し体形に合ったスーツはないのか? そんなつんつるてんなスーツ着て、誰が笑うと思ってんだよ」

「そうは言っても、スーツを買えるだけの給料なんてもらってないだろう、俺たち」


 そうなのだ。下積みだからと、これまで事務所は俺たちに給料をほとんど支払っていない。そんな俺のスーツも一張羅だ。これまでの九年間、まったく同じスーツを着続けている。


「わかった、もういい。それじゃあすぐに合わせるぞ」

「なにに合わせるんだ?」

「もちろん決勝のに決まっているだろ。そこで結果を出さなければ俺たち解散なんだぞ」

「だがそもそも決勝まで残ることが重要なんじゃないか? 決勝のだけ練習して、予選で落ちました、じゃシャレにならんだろう」

「確かにお前の言うことにも一理ある。じゃあ予選のと決勝の、このふたつを練習しようか」

「う〜ん……。本戦用も必要じゃないかな」

「確かにな。予選を通過したら次は本戦だ。それを勝ち抜いてようやく決勝。じゃあこの三つを練習するのでいいな」

「ああ、なにをやるかはお前が決めていいよ。どうせ俺は関係ないし」

「なん……だと……?」


「いや、どうせ優勝なんてできないんだから、あがくだけ無駄なような気がするんだよね」

「必勝の信念を持たない者が勝てるわけないだろう!」

 事務所の社長が口を挟んできた。

「お前ら、いい味出てるよな。これが九年目の実力ってわけか。だがここでウケても優勝できるわけじゃないしな」

「必ず優勝します! 解散なんてまっぴらだ」

「せいぜい、大空たかし・ひろしの最後くらいしっかり飾るんだな」

「最後にはしません!」

「アアアアアーー」

「いきなり気持ち悪い声を出すな!」

「そうは言っても声を出さなきゃ練習にならんだろ?」

「だからってもう少しいい発声練習くらいあるだろ!」

「ドレミファソラシドー♪ ドシラソファミレドー♪ んんんっ。ドミソドー♪ ドソミドー♪」

「お、声が出てきたね〜ひろしちゃん」


「発声練習はもういいだろう。早く合わせるぞ」

「ちょっと待ってくれ。予選はなにをやるんだ?」

「十八番は決勝にとっておくとして……。あれをやるか」

「あれって?」

 社長とひろしが声を揃えて聞いてくる。


「『終わりなき旅』だよ」

「ああ、あれね。ならバッチリだ」

「なにがバッチリなんだか……」

「じゃあお前が櫻井をやってくれ。俺が和寿をやるから──」

「どれが櫻井で、どれが和寿だよ!」

「そんなこと言ったって、ボーカルはひとりしかいないだろ。その曲」


 社長が腹を抱えて笑い始めた。

「お前ら、カラオケ大会よりお笑い大会のほうが向いているよ、絶対」

「社長ー。そりゃないですよ。俺たちのツインボーカルで世界を獲るって言い出したの社長でしょう?」

「いや、揃いのスーツを着て、その掛け合い。どう見ても漫談家だよ、お前ら」

「俺も漫談やりたいなあ」

「いいかげんにしろ! 俺は絶対に紅白に出てやるからな! ほらひろし、だらけるな。音程を合わせるぞ!」


 俺は入る事務所を間違えたような気がする……。



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