残ったアドレス

翌朝早く、枕元の電話が鳴った。

フロントが繋いだのは彼の声だった。

その日の午後、会いたいと言われた。

てっきり昨日、気まずく別れてそれっきりだと思った私は、じわじわと沸き立つ気持ちを抑えられなかった。


それからの数日間。

私は彼と過ごすことが増えていった。

サンセットを眺めて過ごしたり、車の中でキスをして抱き合ったり。彼の友達のピックアップトラックの荷台に二人で乗り込みながら、街をドライブもした。

あの時以来、彼とセックスはしなかった。

それでも、私は完全に舞い上がっていた。

知らない土地で、まるで新しい自分を生きているような気がしていて。


けれど、帰国の日は近づいていた。

その前日は、土地のシンボルでもある火山に一緒に行く約束をしていた。


でも、当日彼は待ち合わせの場所に来なかった。

いくら待っても。


私は彼のことを何も知らない。

いつも連絡をくれるのは彼の方からだったし、今みたいに便利なスマホもSNSもない時代だった。

私が知っているのは、波乗りが得意で。音痴で。ほんの少し日本語を知っていること。ファーストネームが可愛いぬいぐるみの愛称と同じだということぐらい。

それぐらいしか知らないことに、今更ながら気がついた。


私の手元には、彼の住所を記したメモだけが残った。彼の友達が「手紙書いてやれよ」と教えてくれた時にメモしたものだった。

でも、私は彼のラストネームを知らない。

それに、手紙には何と書けばいいの。あの日何かあった? どうして来てくれなかったの? そんなことを書いて何になるというのか。

私と彼の国の間には6300キロメートルの距離がある。


こうして、私の恋が終わりを告げた。

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すべてはあの青のせい み、すず @mi-suzu

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