部屋

真鍮しんちゅうのドアノブを回す手が震えそうだった。

カードキーを解除する私の背後には、腰履きの赤いスイムウェア姿の彼。


「シャワーを使わせてほしい」という彼の申し出を断る理由がなかった。

お互い砂だらけだったし、ビーチに公共のシャワーはなかった。

だからと言って、彼をホテルの部屋に入れることに抵抗がなかったわけじゃない。

男の人を部屋に入れるということが、何を意味するか。経験のない私でもそれぐらいはわかる。

だけど果たして彼がどう出るのか? 私をどう見ているのか。その先を見てみたいという気持ちの方が強かった。

もしかしたら、本当にシャワーだけ浴びてバイバイということも考えられたし……。


でも、シャワーを浴びた彼が出てきた時。腰にバスタオルを巻いただけのその姿を見て私は、心臓がひとつ跳ね上がった。

私はそそくさと逃げるようにバスルームに避難した。

とりあえず、シャワーで海水と砂を洗い流そう。シャワーを浴びている最中も、いっそこの場から逃げ出したいという気持ちが消えなかった。

どうしよう⁉︎ どうしたらいい私⁉︎

でも、ずっとバスルームから出ないわけにはいかない。

こうなったら、もう飛び込むしかない。

私はワンピースを羽織はおるとバスルームを後にした。


彼は待っていた。

ぎこちなく手を引かれ、ベッドに倒れ込む。

少し厚めの唇がすぐ目の前にあった。私はそれをとてもセクシーだと思った。

重なる唇。次第にそれは熱を帯びていく。角度を変えてお互いを食べるように貪る。

キスの仕方が合ってるかどうかなんてわからない。でも、目をつむり研ぎ澄まされた感覚だけを頼りに進んでいけばいい。素直にそう思えた。


私にかぶさる彼の胸板は重くて、すべすべしてて、とても熱かった。

裸の胸から滑り落ちて全身を駆け巡る彼の大きな手。私は恥ずかしさと緊張と、ザワザワと粟肌あわはだが立つような感覚で全身の血が逆流しそうだった。

やがて彼の手は私の内腿をゆっくりと這っていき……その付け根にたどり着く。身体の中心がキュと絞られるような感覚に思わず声が漏れる。


はじめてであることを、私は彼に隠した。

もう、引き返せないと思った時。コンドームという単語が頭をよぎる。

聞いてはみたものの、水着一枚で来た彼が持ってるはずもなく。

生理が先週終わったことを素早く頭の中で計算する私。危険なことだってわかってる。我ながら大馬鹿だと思う。

でも……。この激流を止めたくなかった。

私は必死で彼にしがみついていた。

それは何かと似ていると思った。そうだ、さっきまでいた海の、波のリズムと同じなんだ。


その時、控えめにドアが数回ノックされた。

サキが帰ってきた。

私たちは気まずい表情を浮かべ、咄嗟にサッと離れた。

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