第六感神経痛

脳幹 まこと

第六感神経痛


 目が覚めると、ドーム状の部屋にいた。狭くて薄暗い。

 記憶を辿る。

 部長の奢りおごりでキャバクラに入って、スズちゃんという別嬪べっぴんさんと呑んで、それ以降の記憶がない。

 部長の名前を呼んでみると、くぐもった声で反応があった。


「君もいるのか」


「はい。なんだか変なところにいます」


「とびきり強い酒? か何かを呑んだとこまでは覚えてるんだが……」


 思い出す。自分も確か、とろみのある強烈に甘いものを口に含んだのだ。

 酔いはすっかり覚めていた。どこにいるか分からないが、とりあえず妻に連絡しなければいけないか。

 ジャケットの内ポケットからスマホを取り出そうとした時に、部長の声がした。


「あ、あんたは確か……タマちゃん、だったか、わしと一緒にいた」


 あのキャバクラのスタッフは別嬪揃いだったなあ、タマちゃんも可愛らしくて、部長と取り合ったっけ。


 ということは、と思って振り返ると、僕の指名したスズちゃんがいた。


 部屋が暗いからか、彼女の風貌は妙に不気味だ。


 そういえばこの子の声がわからない。

 会話していたのだっけ、可愛いねとか、シャイなんだね、という自分のセリフは浮かぶのに、肝心のこの子は何と返したのだったか。

 あれを呑むまでに、一体何のやり取りがあったのか。


 ゆっくり、ふらふらとした足取りで僕に近づいてくるスズちゃん。

 大丈夫かい、の一言が出る前に、彼女がもたれかかってきた。飛びかかってきたとも言う。

 マウントを取られるのは部長との喧嘩以来か。


 見つめ合う。


 能面のようなスズちゃんの顔の表面がぱりぱりと崩れだし、長い触覚と複眼を持った黒ずんだ生き物になった。

 複眼の一つ一つがヒトの持つ小さな白黒の眼球であり、そのコントラストは動物園で見たシマウマか、子供の頃の横断歩道かを思い出させた。


 ちゃん付けするのは流石にきついな。


 スズの複眼が興味なさげに見つめて、僕の胸に長い針のようなものを突き刺した。

 僕の意識は再び飛んだ。



 部長の叫び声で目が覚める。


 僕の胸がジクジクと痛み始めた。

 何かが中にいる。中で動いている。

 たくさんいる。


 胸を拳で叩く。中にいる何かを潰せると思ったのだ。

 僅かにぱりぱりと音がする。ぞくりとする。

 虫酸が走る。

 口から甘い匂いがする。とびきり甘く、とびきり強かった液体を思い出す。


 スズがやってくる。二足歩行は慣れていないのか、その足運びはたどたどしい。


 スズの複眼が興味なさげに見つめて、僕の胸に長い針のようなものを突き刺した。

 僕の意識は再び飛んだ。



 この間にも、ドーム状の小部屋に一人ずつ収納されてゆく。



 目が覚める。何度目か。


 息を吸うたびに痛みが走る。


 彼女らが一体何を基準にして僕達を標的にしたのかは分からない。


 電撃が走るような痛み。

 叫び声を出すが、応える声はない。部長は既にやられてしまったのか。


 口から乾いた咳とともに、スズとよく似た姿の小さいやつが出てくる。


 何匹も出てくる。ぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 息が苦しい。気管に何匹かいる。


 何かが来ると思った。何が来ると思ったのかまではわからない。


 だが大体は見当がつく。 



 うぎぎぎぎぃぃぃあああああ!!!


 痛みに耐えて耐えて耐えきれなくて叫ぶ人々の口から青色の吐息が漏れ出して、それは部屋の上部にある管の中に入ってゆく。


 

 目が覚める。


 胸がざわついて、痛みだす。


 これはスズがやってくる前兆だ。


 僕に第六感が身についたのか、それとも、母の訪れを子が第六感で読んでいるのか。

 どちらにせよ、とんだ未来予知だ。嬉しくはない。


 スズが部屋の中に入ってくる。

 もうすっかり六本の足で這っている。プライベートの姿というやつだ。

 いや、もしかしたら、これもまた仕事なのかもしれない。


 ああ、そういや。



 第六感というのは、虫の報せしらせとも言うのだったか……



 肋間神経痛ろっかんしんけいつうとは、肋骨の間に通っている「肋間神経」が何らかの影響によって刺激され、上半身に痛みが出る症状です。上半身の左右どちらかに痛みが出ることが多いことも肋間神経痛の特徴です。



 目が覚める。


 何度目からか、胸を叩くのをやめた。


 スズの子供達が神経の上を走るのだ。


 くらくらする。それに彼女がやってきて


 いつになったら終わるのか。



 キャバクラ「蠱惑の園」はお客様のご厚意につき、全国に500店舗を展開することに成功しました。

 これからもスタッフ一同、心より来店をお待ちしております……



 叫び声で目が覚める。


 後輩の叫び声が聞こえてきた。

 あいつもキャバクラ、寄ったんだな。

 

 親父の叫び声も聞こえてきた。

 あいつもキャバクラ、寄ったんだな。

 

 胸がジクジクする。


 喉の割れ目から子供がわらわらと飛び跳ねてくる。嬉しそうに。


 スズが来る。スズそっくりのスズが隣りにいる。

 母親に似たらしい。スズそっくりのスズの複眼が興味なさげに見つめて、僕の胸に長い針のようなものを突き刺した。

 僕の意識は再び飛んだ。



 本日を以て、日本国内に在住の男性人口が女性人口を下回りました。


 桜京大学名誉教授 中田氏に事象の解説をお願いしたく……


「あの人、どこへ行っちゃったのかしら」



 目が覚めて


 スズの複眼


 僕の胸



 巣の中央。


 くぐもった叫びが四方八方から流れるこの場所には、各部屋から伸びる管から、それはそれは甘い香りのする蜜が流れ出していく……

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