エスケイプ・エッセンシアル

有澤いつき

エスケイプ・エッセンシアル

「なんでこんなことにぃぃぃぃぃ‼」


 チーム・エンの火炎球が炸裂した音とともに、つつみヒロキの頼りない悲鳴が雲一つない空に溶けて消えた。


 飛燕ひえん町は今現在ナワバリバトルのど真ん中だ。人々が科学を超越した特殊能力――異能いのうに目覚めたこの世界で、ナワバリバトルは国家公認の「娯楽」である。とはいえやっていることは物騒極まりない。異能者はそれぞれにチームを組み、指定された町を制圧するように動く。町に散っている五つのフラッグを最終的にすべて手にしたものがそのナワバリを制したことになる。一昔前にサバイバルゲームなんてものが流行ったが、それを町を貸し切って行っているような感覚だ。


 異能者が国家転覆を企み、武力でもって民主主義を脅かすことのないように。

 ナワバリバトルが国家公認の娯楽として設定されたのはそんな思惑があるという。そして、娯楽とは言うがナワバリバトルを制したものには賞金が与えられる。つまり、異能者はナワバリバトルで生計を立てることができるのだ。


 そんな施策が奏功したのか、今のところ国家を乗っ取ろうとする不遜な輩は現れていない。どこかで現れたのかもしれないが、大事になる前に火消しされているのかもしれない。

 いずれにせよ、今飛燕町の真ん中で火炎球から逃げ回っている堤ヒロキには考えようのない話だ。


「ひいっ、今度は四時の方角から……!」


 裏返った声のまま、ヒロキは火炎球の軌道上から抜け出す。一秒後、ヒロキが立っていた場所に豪速球が飛んできた。触ったらめちゃくちゃ熱いんだろうけど、冷汗しか垂れてこない。


「おーいヒロキ! 北のフラッグ狙うぞ、次はどっから沸いてくる⁉」


 がなるような声がヘッドセットから強烈に鼓膜を揺らす。音量を調整しているのにそんなに大声でまくしたてられては耳がバカになってしまう。ヒロキは音量を更に小さくして近くの遮蔽物に身を捻じ込む。


「ううう……一度だけって言ってたのに……」

「聞いてんのかヒロキ⁉」

「はひぃっ! 今は攻撃が止んでる、みたい……あ、でも八時の方角はイヤな感じがする……」

「オッケー了解だクソ野郎!」


 褒められているのか怒鳴られているのかわからない威勢のいい返答で通信はあっさりと切れてしまった。ヒロキは深い深いため息をつく。


「……かえりたい……」


 ヒロキは別に攻撃的な異能を持っているわけでもない。というか自分が異能者がどうかと言われると非常に怪しいラインである。ただ、ヒロキに備わっているがナワバリバトルにおいて有用だからと、さっきがなっていた友人――はざまシュンタに誘われた。元々身体を動かすことも友達に声を掛けられることも不慣れなヒロキは、あうあうと戸惑っているうちにチームに入れられていたのだ。はじめは「一回だけでいいから」と言われていたのに、今ではナワバリバトルのたびに召集されている。

 シュンタのチーム・essentialは近年頭角を現しつつある新進気鋭の異能者チームで、超攻撃的な布陣が特徴だ。そのなかでもヒロキは見るからに浮いているのだが、どうしてかシュンタは毎回ヒロキを誘う。攻撃に参加できるわけでもなく、ただひたすら逃げ回っているだけなのに。


 シュンタ達は北のフラッグを狙うと言っていた。十二時の方向。八時の方向から漂ってきていたイヤな感覚は、さっきよりも速い速度で動いている気がする。

 ヒロキはすぐさまシュンタに通信を繋いだ。


「……シュンタくん、八時から十時へ。さっきより動きが速い、飛び道具ひのたまもあるから気を付けて!」

「了解! 人数はわかるか?」

「うーん……なんとなく複数のような気が、するかも」

「曖昧だなオイ! 透視とかできねぇのかよ」

「できないよ! 僕は超能力者じゃないんだからさぁ……!」

「お前のそれも立派な能力ギフトだろうが!」


 そう言われても、とヒロキは目を潤ませながらじりじりと北を目指す。イヤな予感がする方に近づけば近づくほど、身体の震えが強くなる。本来はそれを遠ざけるための能力だが、近づけばもう少し具体的に「内訳」がわかる。だから怖いけど近づかなければならない。シュンタが求めている情報を得るには、それが必要だから。

 攻撃ができないなら、シュンタが求めているヒロキの役割くらい果たさなくては。


 ――ぞわりと。背中を指先が撫でるような気持ち悪さがヒロキを襲う。


「……ッ‼」


 十時の方角。イヤな感覚は二種類。鋭いドリルのように突き進むやつと……動きが止まった、冷たいやつ。


「ッ、シュンタくん伏せて‼ ビーム来る‼」

「え、」


 次の瞬間、北の方が明るくなった。十時から十二時へ――世界が白むほどのビーム砲が射出されたのだ。


 ***


「悔しいっ!」


 ナワバリバトル終了後、飛燕町のファミレスでシュンタはやけ食いしていた。喫茶店なりファミレスなりで打ち上げをするのはルーティーンみたいなものだ。恒例行事とも言う。それが祝勝会になるか反省会になるかで空気は大分変わるけれども。

 防具プロテクトがあるとはいえ、あのビーム砲を浴びて無傷ではいられない。シュンタは咄嗟に伏せて大事を免れたそうだが、そのあと伏兵に隙を衝かれ、チームは一気に瓦解した。離れたところで逃げ回っていたヒロキも袋のネズミだった。

 シュンタはドリンクバーから持ってきたメロンソーダを一気飲みし、ゲップをしてからハンバーグステーキに食らいつく。ご飯は大盛だ。


「ちくしょーあいつら、羽振りいいからってビーム砲とかかつぎやがって。あの一発がなければ北のフラッグは俺たちが取れたんだ」

「あそこから一気に崩れたよね。あんなの打たれたらもう仕舞いだって」

「やられる前にやるしかなかったな。真正面からやりあっても勝てるかは微妙だけど」


 チームメンバーは思い思いの反省点を述べながら夕食にありついている。テーブルは肉の香ばしい匂いが充満していた。


「……ごめん。僕が、もっと早く気づいてれば……」


 ヒロキはサラダにフォークを突き刺したままうなだれる。敗戦後の食事はどうしても自分のせいの気がして、空腹でも食べたいと思えない。


「……お前さあ」


 そんなヒロキを呆れたような表情でシュンタが見つめる。


「試合に負けたらぜーんぶ自分のせいだって言うつもりか?」

「でも、だって、僕がここにいるのってそういうことだと思うから」

「バカか」

「ええええ」


 一刀両断するシュンタにヒロキはたじろぐ。


「俺がお前に期待するのはそういう部分もあるけど、お前を誘っている一番の理由は」


 大皿のフライドポテトを口いっぱいに含み、もごもごと動かしながらシュンタは言った。


「……お前と遊びたいからだよ」

「!」

「いーかわかったか。わかったら辛気臭い顔はしまってさっさと喰え。うぬぼれんなこの野郎」

「……うん」


 相変わらず乱暴な言い方でシュンタが促す。ヒロキはフォークに挿したままのサラダを食べて、それからチーズハンバーグにかぶりついた。

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エスケイプ・エッセンシアル 有澤いつき @kz_ordeal

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