もう何度目かの××

若奈ちさ

もう何度目かの××

「はじめて触るのか?」

 迷った。

 こんな馬鹿げたことを尋ねてくる男は、聞く前から「うん」と返事をすることを望んでいる。

 経験ないっていうフリをすべきなのか、正直に言うべきなのか。

 迷っているのが恥じらいに見えたのか、コージは自分の中で結論を導き出したらしい。


「大丈夫、心配しないで。うまいよ」

 コージに導かれているだけなのに、そんなことをいわれた。

 いつも自分自身でやっているような手順を教え込まれ、いくらも繰り返さないうち、手のひらの中で自慢げにそそり立っていった。

 膝に置かれた手がスカートの裾をまくり、内ももをなぞる。

 額をコージの薄い胸に押しつけ、小さく息を呑んだ。

 遠慮を知らない指先が、奥へとすべりこんでいく。


 テスト勉強をうちでやるか?と誘われたときから予想はしていた。

 学年はコージのほうがふたつ上だが、赤点ばかりで留年寸前とかいってる男に家庭教師が務まるはずもない。

 それどころかわたしはもうすでに同じ一年生の三矢と経験済みで、探り探りのコージがもどかしいくらいだった。


 コージは慌ただしく服を脱ぎ捨てると、わたしの足を抱えて強引に脱がせにかかった。

 急にあせり出すコージは、もう我慢の限界ってところか。

 挿入にもたつき、待ちぼうけを食らったわたしは自分の胸に触れた。

 どうせなら気持ちよくなりたい。

 途中から、誰に抱かれているかなんて、どうでもよくなるんだもの。姑息な気遣いなんて、必要なかった。


 コージはわたしを羽交い締めするみたいにぎゅっと抱きしめると、せり上がってくるような腰遣いをした。

 無我夢中の息づかいが、耳元に吹きかかる。

 それは、幸いと、わたしが好きなやりかただった。

 ひたすらに気持ちよくて、求め合う。

 すがりつきながら、なにも隠すことなく絶頂の淵を行き来し、冷めやらぬ興奮は何度もコージを奮い立たせた。


   ※


 なんで自慢げに話したりするのだろう。

 たちまちにしてふたりの男とやりまくった女だとウワサされるようになっていた。

 わたしが男ならたぶん武勇伝。

 だって、わたしは他の男とも寝ているから。


 彼らが率先して望んだことなのに。それに応じたわたしのほうがなぜか悪者だ。


 貞操観念とはなんだろうか。

 心に決めた愛するひとりが現れ、自分を愛してくれなければ、わたしは永遠に処女だ。

 むしろそういう人ができたとして。好きならセックスして当然という強迫観念にさいなまれたらどうしようと、ありもしないことを考える。


 憂鬱なのは、ネットの中でわたしという人間が勝手に作られてしまうこと。

 偽物のわたしはいつの間にか現実のわたしにすり替わる。


「きょう、やれる時間ある?」

 出会い頭、見知らぬ学生からあからさまに誘われた。

 冷やかしの取り巻きが薄ら笑いで様子を見守っている。

 馬鹿馬鹿しくて静かにため息をついた。

 相手が望む偽物のわたしを装っているのか、本物のわたし自身なのか、自分でもわからないまま答えた。

「下手だったらそういうウワサが立つことになるけど、大丈夫?」

 見下した物言いをしたら、「こいつ、やべぇ」なんて口ではわたしをあざ笑いながら、そいつは尻込みして消えた。

 そのときわかったのだ。

 わたし、選んでいいんだ。


   ※


「相思相愛のセックスしたいひとを探すから、誰にも文句は言わせない」

 そう高らかに宣言すると、あきれたようにミチはいった。

「それはもはや恋人とか好きな人といってもいいんじゃないの」

「正直いって、その感覚がわたしにはわからない」

「わたしには、そういうあなたがわからない」


 さじを投げたようにいうけれど、ミチはわたしがどんなふうであろうとも、変わらず友達でいてくれる希有な存在だった。

 セックス依存症であると決めつけてかかるのには参ってしまうが、他人のことを正しく知るなんて誰にも出来ないのだからしかたない。

 しかたないけど、自分から進んで誘っているわけじゃないと念押しだけはしておいた。

 さみしさを紛らわせているのでもないし、求められていることに心が満たされているわけでもない。

 ただ、セックスが嫌いじゃないだけ。


 もしセックスが気持ちよくなければ、きっと人はセックスを忘れていくと思う。

 でも、セックスを忘れても、人を好きになる感情が失われることはけっしてない。

 だから、わたしの中で好きという感情とセックスという行為があまりうまく結びつかないのだ。


 実際、わたしも、相手の男も、愛おしくてセックスがしたくなったという感覚にはなかった。

 逆に、好きな人同士はそういう行為をして当然というのが、好きという感情を汚しているようで、とても怖い。


 好きな人とだったらセックスしてもいいって、誰が決めたんだ?

 そういうわたしはやっぱりヘンなのだろう。

 自覚はしている。

 好きという感情を一番汚しているのが、誰とでもセックスをすることだということも、わかっていた。


「わたし、これでもショック受けてるんだからね。さらされるなんてさ。ひどいよ」

 落ち込むわたしにミチは同情した。

「それはわかる。コージも三矢もすぐに別の女と寝たとしてもさ、なにも言われないんだよ。でも、唯はずっと言われる。ずっと軽い女だって言われ続ける。それなのに、相思相愛のひとなんて現れると思う? このことを知らない相手が唯と付き合うことになっても、絶対誰かがチクるから」

「詰んでる」

「あの棋士もお手上げ」

「なら仕方ない」

「あきらめんのかよ!」


 ミチは派手にずっこけて目の前の山盛りポテトが崩れそうになった。

 わたしはその様子を見て膝を叩いて笑った。

 カラオケボックスの一室で、どれだけ騒いでもとがめられることもない。


「もう笑ってあきらめるしかないでしょ」

「あきらめるな。わたしがいるじゃない」

「どういうことよ」

「わたし、口堅いし、そういうことあっても、いいふらしたりしないから」


 みょうに説得力はある。

 ただ、まったく想像はつかない。

 ミチの素肌に触れ、ミチのふくよかな胸に埋もれ、ミチの指先がわたしを探り、ミチが聞いたことのない声を上げながら達していくなんて。


 恥ずかしい。

 本当はそういうことをするって、恥ずかしいものなのだろうかと、今さらながらの背徳感で、なにがわたしにとっての真実なのかわからなくなってくる。

 ミチの本気度もわからないが、ありがとうといっておいた。

 ミチはわたしの頭をぐしゃぐしゃと撫でながら、「元気出せ」といった。


   ※


 わたしはミチの腕にすがりついて歩くのが好きだった。

 高校生の時はなにも考えていなかったけど、制服を脱いだ途端、近づきすぎているのかと自重するようになった。

 でも、きょうはすがりたい気分だ。


 遠慮気味に前を歩くミチの袖をつまむ。

「なに?」

 ミチがふしぎそうに振り返る。

 そのふしぎに、ふしぎを重ねられない。

 恋人繋ぎでミチのポケットに手をつっこんだら、おかしなことになってしまいそう。


「なんでもない」

 ミチから手を離し、並んで歩く。

 ミチはいつも正面切って歩いていた。虚勢を張ってつまらない意地で取り繕うわたしとは大違い。


 風に揺らめいてはだけた裾の長いカーディガンを直してあげる。

「これ、似合ってるね」

「わたし、たまに唯を壁ドンしたくなるときがある」

「なんなのそれ」

「なんだろう」


 とぼけたミチが恨めしい。

 高校生の時なら、壁ドンされて、勢いでキスもできちゃったかも。

 ファーストキスを勝手に奪うなとかいわれたりして。

 それでもミチは、笑いながらわたしを許すのだ。


 ミチは、なにをやったらわたしから離れていくのだろう。

 そばにいたいという気持ちと、いっそのこと愛想をつかされたい思いは、拮抗しながら見えない出口を探している。


 皮肉なものだ。

 あれだけ尻の軽い女だとばれてしまっているのに、もう、何度目かの告白未遂は、変わらぬ関係を継続させていた。

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