漣の戯言

美波

episode1   事件のない世界

 もしも魔法が使えたら…?


 もしも空を飛べたら…?


 もしも人間ではなく動物に生まれていたら…?


 もしも嘘も金も存在しないものだったら…?


もしもの世界は、考え妄想するだけのただ戯言たわごと


俺、さざなみは今日もありもしない世界を考える。だからといって異世界に興味があるとかでは決してない。異世界はそれ一つの世界、要は比較対象がないのだ。現代世界と異なる世界を比べる事が出来ない。簡単に言えば二つ以上の世界を知る者がいないという事だ。

 当たり前が当たり前である事自体に魅力がある、とある者は口にした。

 それは俺にとって少しばかりの納得と諦めを生んだが、やがて期待が広がった。


 あぁ、もしも当たり前が崩れたとき、吉と出るか小と出るか…。



 18を過ぎた。

 友人と言えるものや同い年の者は皆、大学進学や就職などを選択してそれぞれの夢や将来の為に一歩前進している。そんな中、俺は今日も何でもない1日が始まってしまっている。

 学生という身も終わりを迎え、まぁ痛いことにニートってやつだ。俺はゲーム機隣にこの罪悪感を少しでも消すため自分の部屋を掃除することにした。

 そんな時タンスから出てきた大きな本。18になった男が両手で抱えるくらいに重くて大きな本には題名が書いてあるが見覚えがない。

 不思議に俺は1ページ目を広げた。

「ない…?」

 それは真っ白の本。1文字として落書き一つない唯の紙の束。

 だが表紙には確かに文字があって。


『your own world』

 何とも興味を惹かれたが題名。しかし題名あっても中身が殻ならば意味がないのだ。

 どんなに容姿が良くても仕事もせず家事もしないそんな生き物と同じ。


 意味を持たない、唯の有機物。

 

 



 俺はペンを持ち、1ページ目をつづることにした。



「んー…最初はこれかな」

 独り言は虚しいもので当たり前ながら返ってくることはない。俺は昔考えたある世界を文字に起こしてみる事にした。


   


 『事件のない世界』



 目を開けるとそこには自分とは違う体があった。俺なんかよりも一回りも二回りも大きい男性の体でベットの上で寝ていたのか、俺は電気をつける事にした。

 部屋の灯りがつくとそこには20代半ばくらいの女性が同じベットで寝ていて。女性はキャミソール一枚で、免疫なんか一つもない女性の肌色が充分な程に見えている。気のせいか、やけに体が熱い。


「…んー?もう仕事行くの?」

 眠たそうに目を擦りながら言う女性に胸の鼓動は鳴り止まない。

「あの、仕事って何をしてたんですっけ」

 沈黙になるのが嫌で咄嗟に飛び出した言葉に彼女は少し困惑したが、すぐに笑顔に戻った。

「え?寝ぼけてるの?」

 彼女のそんな当たり前の反応の後、俺の返事を待つや否や直ぐに洗面台の方に向かった。俺は少しでも状況を理解するため考えるよりも先に確認すべきものがあった。

「結婚はしているか」

 幸い薬指に指輪があった為多分年齢的にも新婚であろう。流石に結婚を忘れたなんて日にはこの二人の関係がどうなるか考えたくもないからな。


 


 それからどうなっているのか次は頭で考える。あの時、本に興味本位で文字を綴った。

 昔から自分が気に入っている世界を。ではこれは擬似体験とでもいうのだろうか、しかしあの時俺は題名しか書いた記憶がまるでないし、この世界では警官は無いものだと俺は思っていた。


 少し状況を理解してきた所で女性が朝食を準備してそれを二人で食べた。

「おいしい…」

 自然と漏れた言葉は嘘じゃない、本当においしかった。少し年上の女性が作ったからではなく、そこにあったお味噌汁は母のとは違い、味が少し濃く口全体に広がるようだった。

 その後、何故か上機嫌の女性は何かを取り出し、俺に渡す。

 そこには明らかに警察官のものと思われる服で、

「今日もいってらっしゃい!」

 彼女は敬礼のようなポーズを大きくした。

「…警官の服をどうしろと?」

 女性はまた眉を八の字に困らせた。

「まだ寝ぼけてんの?ほらさっさと着替えるよ」

 俺はまるで介護されているように服を脱がせられる。

「ちょっと待て」

「何」

「自分で着るから」

「あらそう」

 すると女性は次は明らか不機嫌に朝食を片付けにいった。

「はぁ…」

 何だっていうんだ最初は事件のない世界と踏んでいたのに警官の格好?まるで事件だらけとでも言わんばかりではないのか。

 不満を心に押し留めながら着替え終わったと同時に電話の着信が鳴った。

「はい?」

笹国ささくに警部、至急桜木交番まで」

 笹国はこの男の名前なんだろう。事件でもあったのか朝一から電話を掛けてきた同僚か?少し声を聞くに若い男性の声だった。

「…」

「あの警部?」

「…あ、あぁ分かった。今すぐ行く」

 俺は着慣れない警官の服を。

「あ!それと例の案件、遂に尻尾が掴めたかもです」

 例の案件…?当たり前だが何のことか分からなかったがそれとなく返しておく。


「…そうか。良かった」

「…やっぱ乗り気じゃないっすね」

 

 何かおかしい事でも言ってしまったのか相手の歯切れが少し悪くなる。



 電話を終え家を出ようとするとそれはやって来た。


「しゅーちゃん行って来ますのチューは?」

 

 まさかとは思ったがやっぱりそうなのか?恋愛経験が全くゼロではないが、深い関係になった事はないため俺はこれはテレビだけの世界だとばかりに考えていた。

 しかし俺は人の妻を取るような悪い趣味はない。…でも思えばこれは取った事になるのかは怪しい所だが…。

「ほら…帰ってからで良くないか?同僚も急いでそうだったし」

 その場凌ぎだが今はいい案も浮かばないのでそう返すしかないが、表情を見るに納得しない感じだったが意外にそうでもないみたいで。

「分かったわ。じゃあ帰ったらね」

 一難さってはまた一難とはこの事なのか、しかし健全な男子大学生(年齢)がこれを難と捉えるのは失礼だな。


「ここが桜木交番か」

 意外と小さな交番はあまり入る気にはなれない。まさか状況が状況とはいえ、こんなにも早くここに入る日が来るとは考えてもみなかった。

「あ…失礼します」

 俺は緊張気味に恐る恐る入ってしまった。

 目の前に座る俺と然程変わらないようにも見える男性はそんな年齢が嘘であるみたいにしっかりしていた。

「笹国警部、早く行きますよ」

「行きますってどこに?」

「はぁ…しっかりして下さいトラブルですよ」

 俺はこの佐々木という刑事に言われるがままついていく事にした。

 初めてのパトカーに乗り、気分は少し上がったが今から行く場所はそんなことを思っている暇もないので気持ちを切り替える事にした。

 しかし、目の前に広がった光景はあまりに意外なものだった。












 


 










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漣の戯言 美波 @matchaore

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