仕事終わり御飯

かみのやま

仕事終わり御飯

その仕事終わりの男は静かに語った……。

それまで食べた料理の中で、あれほどお米をハフハフ、言うなればハフらせて食べた料理はなかったと。





真っ暗な部屋の電気をつけた。

休憩も取らずに残業をした体は、疲れ切っている。しかも帰り際に冬雨にも降られてしまった。

直ぐにでも床に転がりたい体に鞭打って、コートとスーツをハンガーにかけ、部屋着であるスエットに着替える。

そこまでが体力の限界で、ゴロリとフローリングに転がった。

酷い疲れが体にまとわりついている。もう駄目だ。

なんでそんなに疲れているかというと、帰り際聞いてしまった他の同僚の噂話。

よりにもよって、そこを通らなければ帰れないところで、自分をお題にした悪口大喜利が繰り広げられていたから。

その様は仕事終わりに、客の悪口で盛り上がる秋葉原メイド達のよう。

『あいつ、使えなさすぎ。本当に正社員なのかよ』

結構、この一言には傷ついた。

このまま進むと、メイド達が楽しく陰口を言っている場面に、ご本人が登場してしまう。

空気を読むと、動くにも動けない。結果ずっと悪口を聞き続けなければならなかった。

しかし、そんな悪口を言っている奴らに対して、空気を読む必要があるのだろうか?

自分の弱気に、気がつかないうちに、ため息が出ていた。


仕事が終わった金曜日の夜、一週間の中で一番楽しいはずなのに、最後にやられた。

なんだか最近は何をやっても、うまくいかない気がする。やることやること裏目にでてしまう。

仕事の時も、これがいいと思って行動したら、結果的に上司が出動するような大苦情になってしまった。また良かれと思ったことが、同僚には大不評をくらってしまったこともある。

もう自分は淡々と、来た仕事をこなしていた方がよいのではないか。

それすら出来なくて、やらかす自分ではあるが。


買ってきた今日の晩御飯を見る。

結構多めに買ってしまった。

理由としては悪口のストレス解消と、スーパーの半額シールに、財布の紐が緩くなってしまったから。

(お腹空いたなぁ)

昼飯も食わずに残業にまで突入して、今日は何も食べていない。この状態ならなんだって、美味しく感じるはずだ。食べることは大好きだ。

腹が減りまくっているせいで、気分が落ち込んでいるのかもしれないし。

フラフラと体を起こし、自分は遅い晩御飯の準備を始めた。


電子レンジをフル活用。唐揚げを電子レンジで温める。

唐揚げは半額シールが貼られていると、つい買ってしまう総菜だ。

温めた後、オーブントースターに入れて、カリっとさせる。さらに塩と胡椒を振りかける。

既にスーパーの方で味付けされているので、ここまでやる必要はないが、濃い味付けが好きだ。

オーブントースターを動かしている間に、電子レンジで冷凍ご飯を温めて、茶碗に大盛りで盛り付ける。

テーブルに並べるとわかった。致命的に緑がない……。

30を超えたのにどうかと思うが、健康診断の結果を、一時的に気にならないくらいにお腹が減っている。


迷いを振り切って、オーブントースターで熱々になった唐揚げを齧る。

流石に揚げたての食感にはならないが、衣を感じる歯ごたえの後、肉と脂の旨味と歯ごたえが口の中に広がった。

火傷しそうなくらいに熱い脂。

先程ふりかけた普段ならしょっぱいと感じるであろう塩気。

そして肉の旨味。自分の知る限り、最高の組み合わせが口いっぱいに広がる。


うまい。


その瞬間、それをしないと勿体ないとばかりに、ご飯を口の中にかき込む。

さっき肉の旨みと脂と塩気が最高といったが、早々に撤回。

そこにお米の旨味が含まれたら、それをさらに上回る旨さだ。

なんだろう。唐揚げの熱さにちょっと火傷しているかもしれない。

でもいい。

のちに後悔するであろう口の痛さを、無視してしまいそうなくらい美味い。

また唐揚げを口に入れ、さらにご飯を頬張る。

それだけのことなのに、こんなに幸せだ。

もっと幸せになりたい。

残りの唐揚げも次々と口に放り込む。ここでようやく、胡椒がいい働きをしてくれることに気がつく。

ごめん。気づいてあげられなくて。

かけた胡椒はガリガリ削るお洒落な奴じゃなくて、昔ながらのテーブルコショウ。

でもこれにはこれの良さがある。どちらかというと、こちらの方がピリピリがガツンとくると思う。

皿にある唐揚げに、追いのテーブルコショウを振りかけ、齧りつく。

これもいい。ご飯がさらに減る。


ここで問題が発生。


ご飯と唐揚げの交換レートが、おかしかった問題。

唐揚げを齧るごとに、消費するご飯の量がとんでもないせいで、茶碗の中のご飯が資源枯渇。

もう冷凍しているご飯はない。

いつもだったら、絶望に打ちひしがれている。

……ただ今日は違う。

何故なら、ちょっと奮発して勝ったものがあるから。

それはパック寿司である。半額シールが貼られていたので、つい買ってしまった。

30%オフならたまに見かけるが、半額シールが貼られていることは滅多にない。

だから自分が衝動買いしてしまうのも、しょうがないことである。

小皿に醤油を入れ、ワサビを溶かす。


まずはマグロ。たっぷりと醤油をつける。お米と魚。日本人が昔から慣れ親しんだ組み合わせを、口に入れた。

肉からの味変。シャリは冷えてはいるが、なんだろう。さっきまでの熱々さと違うが、むしろよい。

魚の旨味はやっぱりイイ。ややねっとりとした食感をしていて、そのねっとりの中にマグロの旨味と魚の脂がある。果たしてこれは本当にマグロなのかとは思う。赤マンボウという謎の魚かもしれない。でもいいのだ。美味しいから。

続いてイカである。ねっとりとした甘みがある寿司ネタ。やっぱり美味い。イカって、とっても美味いと思う。自分は君を評価しているよ。レモンと塩で食べても美味しい。

そして、あなご、玉子と、甘い味付けの寿司に手をつける。周りに嫌な顔をされるが、自分は玉子の寿司にも醤油をつける。試しにググってみたら、半数の人は玉子の寿司に醤油をかけるらしい。自分は甘じょっぱい感じが好きなので、醤油をつけて一口で口に入れた。

あなごはタレがかかっているので、醤油はつけない。創業以来継ぎ足し、継ぎ足されてはいないだろうが、これも甘じょっぱいタレであなごの脂っぽさに合う。

また何かのスイッチが入ってしまいそうだったので、ここで一旦唐揚げを挟む。

熱々ではあるが、火傷しそうな感じではなくなって落ち着いていた。というか、衣のしっかり度合に口蓋がやられそうだ。

魚の旨味もよかったが、ここで肉の旨味を思い出す。この組み合わせはエンドレスだ。回転寿司屋さんで唐揚げが回っている理由が少しわかった。

唐揚げからネギトロ軍艦へ。

ネギトロって、加工されているネタだから、体に悪い気がしないではないが、最早知ったことではない。美味く感じてしまうのだから、Don't think! Feelである。

醤油が入った小皿を持ち上げ、傾けて、ネギトロ部分に直接醤油をかける。軍艦巻きの寿司には自分はそうやって醤油をかけている。そんな『うるせぇ!』と言われるこだわりを発揮したネギトロ軍艦もとっても美味しい。

残りはサーモン、海老、いくら。

まずはサーモン。ネタをはがして、ネタだけ醤油をつけたのち、またシャリと再ドッキング。赤みが勝ったサーモンの脂が、醤油に浮かんでいる。この脂が不味いわけがない。というか、さっきから脂のことしか注目していない気がする。

その後は海老、プリプリとした触感。サブウェイで人気なのもわかる。

アボカドを乗せたい。マヨネーズかけようかなと一瞬迷うが、めんどくさくなり、そのままで食べる。でも十分に美味い。

そして最後はイクラである。一番好きなものは最後に食べる派。

人工イクラかもしれないが、この時は進んで騙されてやる。いや、むしろ騙してくれ。

ネギトロ軍艦よろしく、醤油を直にかける。イクラの寿司も醤油かけるかどうか、議論が別れるところである。自分はかける。

あと叶うことなら、口に入ったイクラの卵を、あますことなく全て歯で潰したい。

丸々としていたイクラの卵がつぶれた後は、濃厚な甘さが口の中に広がる。

濃厚な甘さにより、米を口に入れたくなる。

ただ既に茶碗は空なので、最後の唐揚げを口の中に入れた。しばらく咀嚼した後、全てが終わってしまったことを認める。


まだ食べ足りない。


ストレス解消と、仕事からの解放感で、自分の食欲バグりすぎだろとも思う。

しかし食べるものがない。唐揚げとパック寿司しか買っていない。冷凍ご飯はない。米を炊いたとしても、おかずがない。無い袖は振れぬ。

この家の中で、食べるものは。

実家から送られてきた段ボールを覗く。そこには何の加工もされていない玉ねぎ、大根、長ネギ、ニンジンがそこにあった。これをどうにかすればいいのだが。

普段やらない自分が作る料理なんて、炒める、煮る程度である。この材料を自分が貰っても、腐らせるだけな気がする。                 

野菜だけで料理しても、さっきみたいにわかりやすく美味しいものを作れる自信もない。あともう一回着替えて買い物に行くのも考えるが、スエットを脱いで一瞬でも寒くなりたくない。

誰か自分をこのままコンビニにつれていってくれ。いや無理なのはわかっている。


しばらく考えた後、決心した。

料理をしよう。

久しぶりではあるが、やり方はある。初心者でも、ある程度の料理レベルに強制的に持って行ってくれる魔法の道具が、我が家にはあった。

棚の奥深いところに、眠っていたものを取り出す。

取り出したものは、一人暮らしをする時に母親に無理矢理持たされた、やたらデカい鍋。厚みと蓋が通常の物より一回り大きな鍋。引っ越し以来使うことのなかった、圧力鍋だった。

鍋を軽く洗ったあと、皮をむいて適当な大きさに切った玉ねぎを、鍋に入れる。そして量としては大丈夫か? と思う量だけ、水を入れた。

なぜそれだけしか水を入れないかと言うと、この料理はほぼ玉ねぎの水分だけで作り上げるから。

世にいう、ほぼほぼ野菜の水分だけで作っちゃった~という、例のスープである。

だから玉ねぎの量は半端ない。5個ぐらい一気に消費する。

一度の玉ねぎ消費量としては、一人暮らしではありえないくらい量。ちょいとした合宿である。

だが、これだけで準備完了。あとは火を入れるだけだ。

圧力鍋の蓋は、ただ鍋の上に置くだけではない。下の鍋と互いの溝を組み合わせて、カチリと音がするようになるまで嵌め合わせる、アタッチメントみたいな仕組みとなっている。

蓋だけでまぁまぁ重い。さらに喫茶店でコーヒーミルクが入っている容器みたいなサイズのおもりを、蓋の真ん中あたりにセットする。

これが圧力を調整する仕組みとなっているらしい。

そこまで準備が進んだら、そのまま鍋に中火にかける。

火をかけてしばらくすると、おもりがシュシュシュシュ! と言いながら蒸気を出し、クルクルと回転しだした。

これが圧力がかかった証拠らしい。

自分はこの圧力がかかったサインが怖い。ちゃんと手入れをしていない圧力鍋だと、爆発事故を起こしたりする。

おっかなびっくりにガスコンロに近づき、火を弱火にした。

そしてそのまま20分ほど火をかける。20分たったら、火を完全に消す。

火を消したとはいえ、これで完成ではない。まだおもりは蒸気を出しながら回り続けている。圧力が完全に抜けるまで、数分間このままにしておかなければならないのだ。

しばらくそのままにしておくと、カシャという音がした。この音がしたら、重りが下がり、圧力が抜けたことを意味する。

おもりを外して、蓋を外そうと取っ手を持った。                         この瞬間はいつもワクワクする。                                  圧力鍋は鍋の中がどうなっているのか、まったくわからないから、結果は蓋を開けてみないとわからないのだ。はたしてうまくいっているのだろうか。

蓋を開けると、蒸気が大量に漏れ出る。

鍋の中は玉ねぎは原型がまったく無くなっており、そこには白みがかったオニオンスープが出来ていた。

はやる気持ちを抑え、眼鏡を曇らせながら、ドンブリにスープを入れる。すぐにテーブルに持っていき、どんぶりを両手で持って、スープをずずずっと、啜った。

優しいが激しい甘味が、自分の口の中を暴れまわる。

塩も何も味付けをしていない。ただただ玉ねぎの味だけである。それなのに、こんなに滋味深く、美味いスープが出来上がっていた。

一口、二口と口に入れる。                                   これだけでも十分美味しいが、試しにここで、塩をちょっと入れてみる。


最高。


これだけでいい。ダシとかそういうものは一切いらない。

野菜だけでダシがでている。究極なシンプルイズベスト。

入れても胡椒程度だと思う。あ。ごめん。クレイジーソルトとかいいかも。

あと特筆すべきところとしては、食べた感と言うか、満足度が凄いのである。

さっきまであんなにバカスカ、白米やら唐揚げやら寿司やらを食べていたのに、体はまだ足りないと訴えていた。

それなのに、このスープを食べていると、食べ物として濃いというか、あっという間に満ち足りた。要は満腹感を得ることが出来た。某ロイヤルなファミレスのオニオングラタンスープにも負けないと思う。

この瞬間が、今日の幸せの最高点、ハイライトだ。

よって風呂にも入らず、歯も磨かず、このまま寝たとしても、わが生涯に一片の悔いはないのである。

自分は万年敷きっぱなしの布団に倒れこむと、満足感と共に、そのまま夢の中へ行ってみたいと思いませんかと誘いこまれ、睡魔に馬乗り殴打されていった。

食べるのもよいが、寝るのもとっても気持ちがいい。



翌朝。

起きた瞬間、口が気持ち悪かった。

口内環境、最悪。

なのでまず歯を磨く。時間は朝9時過ぎ。

冬晴れなので、溜まっていた洗濯をやり、軽くフローリングにクイックルワイパーをかける。それと昨日やってればなぁと思いながらも、食器を洗う。キッチンで洗い物をしていると、昨日の圧力鍋が視界に入る。

昨日作ったオニオンスープがまだ大量に残っている。

どうしよう。

結構量がある。なんていったって、玉ねぎ五個分である。

そのまま食べても、もちろん美味しく頂けるだろうが。

頭にある閃きが走る。


(やめとけ)


しかし直後にそれを否定する。

自分の直感に従って動いた結果、最近ろくなことがなかったろ。

仕事の時も、よく上司が出動するような大苦情を引き起こす。また良かれと思ったことが同僚に大不評。自主的に行動すると、すぐに厄介ごとを作り上げる。だったら何もやらない方がいい。冒険せずに大人しくするに限る。

金曜日の帰り際の時も、とりあえずここに立ち止まって、悪口が収まったら帰ろうという決断をしたおかげで、20分くらい悪口を聞く羽目になった。

あと、炊飯器にウーロン茶を入れて、ご飯を炊いたことで、後悔したことを思い出せ。

やめろと、余計なことをするなと、自分に言い聞かせる。

(でもなぁ)

ただよくよく考えてみると、これに関してはうまくいく気がする。

俗に言う『それ絶対にうまいヤツ』だと思う。

どういう結果になるか、見てみたい。

そして想像したら、朝ご飯を食べていないこともあり、急激にお腹が空いてきた。

挑戦してみよう。失敗してもいいじゃないか。


よし。やろう。


そうと決まれば、行動である。

まず炊飯器に米をセットし、急速炊きにてご飯を炊く。

そして昨日のオニオンスープの中に、実家から送られてきた大根、にんじんは皮も剥かずに、長ネギと一緒に適当に切って入れ、少しだけ圧力をかけた。

さすが圧力鍋、どの野菜もオニオンスープエキスしみしみとなっている。さらに実家から送られてきた塩昆布を入れる。

そして出来たオニオン野菜スープの中に、リンゴとはちみつ押しのカレールーを入れる。

そう。自分は昨日作ったオニオンスープをベースに、カレーを作ろうとしていた。                                              鍋に溶けるカレールー。途端に、家中に広がるカレーのいい匂い。                カレーのいいところは、圧力鍋と一緒で、どんな初心者が作ってもある程度のレベルまで引き上げてくれるところだ。匂いはめっちゃくちゃ美味そうである。平日の夕方に香ってきそうな匂い。

しばらくグツグツと煮込むと、とろみがついてきた。見た目、匂いは立派なカレーである。

食欲をそそられる。

ただ入っている具は大根と長ネギ、そして定番のニンジンと、よくわからない布陣。そして何よりも肉が入っていない。いくらオニオンの力とは言え、野菜の一転突破でなんとかなるのだろうか?

ちょっと心配になった自分は、冷蔵庫で死蔵されていたバターを二かけほど入れる。

NHKに出ているフランス人が、バターは全てを美味しくさせると言っていた気がする。そこまでは思わないが、最後のダメ押しである。

そんなこんなしていると、ご飯が炊きあがったBGM(アマリリス)が炊飯器から流れた。

ご飯をどんぶりによそい、そこに出来上がったカレールーをかける。

どんぶりをテーブルに置き、スプーンと水を入れたグラスを置いた。準備完了。

恐る恐るスプーンで、カレーをすくい、口の中に入れる。

しばらく咀嚼した後、


「……うまい」


独り言が出た。昨日家に帰ってから、一言も喋っていなかったのに。

休みの日には喋らない陰キャの口を動かすほどの、とんでもない野菜のダシがそこにあった。

かつてないカレー。称するなら、『悪魔合体 バターオニオンスープカレー』がそこにあった。

元々甘口のカレールーだったが、そこにさらに野菜の甘味が上乗せされて、複雑な、一段上の旨味と化している。

肉が入っていないことを心配していたことが、馬鹿らしくなるほど味が濃い。オニオンとバターの相性が抜群である。

それに塩見がちょうどよく、旨味を引き出している。

オニオンスープにちょこっと、塩を入れた時と同じだ。

さらに塩昆布のグルタミン酸というか、肉の旨味とは違う旨味が、野菜の旨味を相乗効果で引き立てさせている。

そして意外だったというか、むしろカレーに合うか心配だった、長ネギも大根もカレーにうまく染まっていた。

長ネギはとろっとした食感と甘さを、大根は自分から主張をしない分、カレールーをたっぷりと吸って、柔らかいが、少し歯ごたえがあるカレールーと化していた。

ずっと同じ食感が続いていたら、飽きてしまう。大根は米とは違う食感をもたらしてくれた。米もカレールーを吸い込んで、超うまい。

つまり、自分が作ったものとは思えないぐらい、美味しい。


ドンブリの中が、あっという間に無くなる。

ご飯をおかわりし、再度カレールーをたっぷりとかける。

かきこんで、かきこんで、はふはふ言いながら、カレーを親の仇みたいに頬張り、堪能する。

おそらく同じものはもう、作れない。適当に作っていたから、もう一回作れと言われても無理だ。

そんな一期一会なカレーに、夢中でスプーンを掻っ込む。熱さを無視しながら、口の中に放り込み、とにかく夢中で咀嚼する。

合間合間で飲む、水が美味い。


食べて、食べて、食べ終わるころには、腹がいっぱいになった。ごちそうさまでした。


食べ終わったあと、自分はまたフローリングに寝っ転がっていた。


(うまくいった)


昨日の帰宅時とまったく同じ状況だが、気分がとっても良い。満足感を味わっている。

美味い食事と、自分の予想がうまくいくということが、こんなに満足感をもたらしてくれるものなのかと、新鮮だった。


まだ圧力鍋にはカレーが残っている。晩御飯もこのカレーを食べるのもよいが、豚肉を入れたり、和風だしを入れて、カレーうどんにして食べても良い。このカレーをどうアレンジするか、考えるだけでワクワクしてくる。

時間的には土曜の昼。まだ全然明るい。

『悪魔合体 バターオニオンスープカレー』のアレンジ食材を買いに行こう。

いやそれだけじゃない。明日も休みだし、今日はとにかく好きなことをしよう。

買い物に行ってもいいし、好きな本を買ってもいい。映画館で映画を見てもいいじゃないか。

フローリングから立ち上がり、カーテンを思いっきり開ける。

すると日の光が、自分を包んだ。

暖かい、気持ちがいい日の光に目を細める。

仕事で嫌なことは確かにあったが、せっかくの休みがそれに引きずられるのも、勿体ない。

まだ土曜日、もっと好きなことをやってみようと思う。



着ているスエットを、勢いよく脱いだ。

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