【KAC20223】怪奇! 恐怖のねこレーダー男ソウジロウ見参!! の巻

狂フラフープ

周囲の猫の位置がわかる第六感を手に入れた人の話

「ごきげんようエレクトリカル本田。そこにいるのだろう?」

 その空き地に入り込んだボクは、本田さんちの壁の前で立ち止まり、二階の辺りをゆっくりと見上げて声を掛けた。

(毎度毎度ご苦労なことだなソウジロウ。よほどヒマと見える)

 返ってきた応答に、ボクは人生で最高の笑みを浮かべた。

 声の主が壁の上で目を光らせた。正確には目が光る様は見えていない。だがボクにはわかる。

「ふふふ。普段なら家を出て君に会うまで十五分といったところかな。今日は君がいる位置とそこに至るための経路を正確に把握できていたからね。そう苦労はしなかったさ」

(何の話だ? 狂ったか? いや、貴様が狂っているのは初めて会った時からか)

「右にふたつ。左の屋根の上にもひとつ。いや、こちらは胎の中にもいるな。ひい、ふう、みい、よお。君の仔か? ……冗談だ。そんなわけがないことはわかってる」

 エレクトリカル本田から返答はない。困惑しているのだ。ボクはほくそ笑む。


「見たまえエレクトリカル本田、これが猫覚だ」

 ボクは来ている服から袖を取り払い、二の腕から上腕に掛けてに並ぶ肉球じみた器官を晒す。エレクトリカル本田が息を呑む音が聞こえるようだった。

(なんだお前……な、いや、え? なにそれマジで何だよそれめっちゃキモイ)

「怖いかエレクトリカル本田。怖いだろうな。今のボクは周囲に存在する全ての猫の位置を知覚することができる。全能の神にも等しい力だ」

 エレクトリカル本田が黙る。押し黙ってる感じではなくなんかオブラートに包むために小声であーとかうーとか言葉を選んでるみたいな雰囲気がした。

(……超怖い。そのクソみてぇな能力を全知全能みたいに感じてるのも怖いし、見た感じもキモくて怖いし、自分の腕にそんなキモい改造してニヤついてる精神性怖いし誰も居ないとこ向いて喋ってるのも怖い。おれそこにいないよ?)

 言葉のナイフもだいぶきつかったが最後のが一番辛かった。ボクはわたわたして周囲を探る。

「嘘、正確な位置どこ? 教えて?」

(え、やだ。怖いからずっと虚空に喋ってて)

 なんでそんなひどいこと言うの。泣いちゃう。そう言いたかったがボクはガマンした。そういうことを言うと神に等しい威厳とかが地に墜ちてしまうかもしれない。今のところはまだ泣いてないからセーフだ。

「そういうことならまあよかろう。神に等しい力を持ったからにはそれ相応の慈悲も必要だしな。実はこの感覚を手に入れるために多少小細工をな」

(ソウジロウ、まさかお前……目が……)

「いい質問ですねエレクトリカル本田くん。幽霊を視る、という表現が示すように、第六感といっても結局は既存の五感に落とし込む形で認識するものばかりだ。視る以外でも、寒気とか、ちくちくぞわぞわする感覚とか」

(はえ~)

 なんかエレクトリカル本田からだんだん畏敬の念が抜けていっている気がした。ボクは威厳を取り戻すべく、咳払いをして声を低くした。

「拡張現実で電波や可視光線外の光を視覚化する類の試みも、第六感的な奴は、結局既存の感覚野にオーバーライドする形式でしか実装できん。人体に存在する入力チャンネルが限られている以上、新たな知覚を得るためには既存の感覚を諦める必要がある。目が見えなくなった人間は、それを補うために他の感覚が異様に鋭くなるという話は有名な話だろう」

(じゃあ君、そんなんのために視覚を手放したの?)

「視覚だけじゃないぞ!」

 実は両腕の肉球のように、全身の至る所に穴とか変な管とかがいっぱいある。ボクはシャツを脱いでエレクトリカル本田にそれを見せた。

(あーそっか。猫の位置わかる以外もおかしいとこばっかだもんね。ソウジロウ君さ、おれと会話するために、何手放したわけ?)

「味覚だよ」

(おれと会話するの結構安いな。あーいや高いわ。感覚マヒしてる)

「ちなみにボクはマヒする感覚無いんですけどね」

(うるせーなマジで全然笑えねーよ。なんでそんなことしたの? 前から狂ってはいたけどここまで酷くはなかったよね?)

「だって、みんながエレクトリカル本田のこと猫じゃないって言ってたから……」

 思い出すだけでも悔しかった。クラスのみんなは目が腐っているのだ。

(いやーでも実際おれ猫じゃないし)

「猫だもん! エレクトリカル本田猫だもん! 絶対猫! みんなにも証明するって言った!」

(あー、待ってじゃあソウジロウはおれが電飾じゃなくて猫だって証明するためにいろいろ感覚捨てたってこと? やだなーやめてよそういうの。責任感じちゃう)

 エレクトリカル本田――本田さんちのピカピカ光るやつはボクがなぜ身体を改造したかを知り、驚いているようだった。これで絶対ボクに惚れたと思う。ボクはここに来るまでの道中で練習したセリフを口に出す。

「お前は猫さ、エレクトリカル本田。他の誰が否定してもボクだけはそれを知っている」


(そっかー。でもおれ今チューリップになってるぞ?)

「えっマジで? 嘘でしょ?」

(いやいやガチで。ほんとにチューリップ)

 目の前が真っ暗になった。視覚を手放しているのでもともと真っ暗なのだが、気持ちの問題だ。

「待って。エレクトリカル本田くんの位置教えて。猫に戻してあげるから。あっ、好きな品種とか言ってくれれば考慮するから。どんな猫が良い?」

(えー無理。福笑いにしかならなさそうだし。そもそもおれ猫よりチューリップの方が良い。ちな好きな品種はストロングゴールド)

 ストロングゴールドってどんなのだろう。お家に帰ったらググってみようと思った。でもググっても見れないことに気が付いてボクは悲しくなって、今日はもうお家に帰りたくなった。

「…………帰る。今度はチューリップ覚付けてくるから」

(代償足りる? ちゃんとここまで来れる?)

 エレクトリカル本田が心配してくれたのは嬉しかったけど、ボクに感覚があんまり残ってないのは感覚的に分かる。

「わかんない……」


 マジでわかんなかった。


 おわり。

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