時をひっかけた少年

一歩

第1話 「火力勝ブランチ」

「此処は誰!? 今は何処?!」

 僕はそう叫びながら立ち上がった!

 混乱の極み!


 教室の皆が僕を注目してた。

 算数の先生が、あんぐりと口を開けて僕を見てた。

 授業中だった。


 保健室経由大学病院行き、終点は精神病棟。

 そんなのは嫌だ。

 僕は教室からダッシュで逃げた。先生の制止の声が後ろから聞こえたが

「トイレ―!!!」

 大声でそれだけ言って振り向かなかった。


 当然のように行先はトイレではない。家だ。

 懐かしい校門をくぐりぬけ、くぐり……閉まってる。授業中だもんな。

 校門じゃなくて隣の通用門をくぐり抜け、坂道を曲がって走り続ける。

 ああ、信号機がLEDじゃない。歩道がちょくちょく整備されてなくて、車道と一つになっている。街灯の下に犬の糞。時々走っている車の排気ガスが黒い。

 あ、鞄。教室に置いたままだ。いいや。

 大通りを折れて細い道へ。田んぼがまだいくつか残る住宅街に入る。息が切れる。けど、体は軽い。無限の体力を感じる。そうだ。この頃はそうだった。

「ただいまー。」

 帰宅。

 誰も居ない。両親は共働きだ。

 だけど帰ってきた。



 タイムトラベルは科学の夢だ。

 だがその実現への壁は大きい。

 私はその壁の迂回路を考えた。

 物質は取り沙汰しない。情報だけ。

 電波がそうであるように、情報だけならば、時にソレは全てを遮るはずの壁を透過して進む。可能性はある。

 送信機は、私。

 受信機は、私。但し、時間の違う、遠くの、私。

 送る情報は、私。



 成功した!

 ん、だと、思う。

 僕にはよく判らない。

「えっと、理論式は……。次の課題と、問題点の整理と、えっと……」

 学習机に新しいノートを引っ張り出してきて、鉛筆を構える、のだが、字が出てこない。

 式も出てこない。改善点とか整理できない。

「あれえ?」

 結局、僕は僕みたいだ。

 授業を受けてる場合じゃない! と思って飛び出してきたけど、うーん、でも学校エスケープぐらいどうでもいいんだよなあ。そんなの僕がしたら一大事なんだけれども、全然そうは思えないんだけど。

「お腹すいた。」

 机につっぷす。

 そうだ。この頃はそうだった。すぐにお腹一杯になってすぐにお腹がすいた。


 レトロな冷蔵庫の取っ手を、えいやと引っ張って、中に頭を突っ込む。なにがあるかな。

「なんでもあるさ! いやなんでもはないけど。」

 色々ある。

 どうせなら、今しか食べれないものを食べたい。

 今しか、って、でも、なんだろう。

「あ。」

 突っ込んでた頭を引っ張り出し、冷蔵庫の取っ手(なんだか古臭いデザイン)をもう一度みる。

 台所全体を見回す。

 そうだ、今しかないのは、多分、食材じゃない。

 この場所だ。この場所の、道具だ。

「大きいガスコンロ。」

 IHじゃない。

「大きいガスオーブン。」

 電子レンジじゃない。

「大きい炊飯器。」

 電気じゃない、ガス釜だ。


 美味しい料理の条件には、大火力があると思う。

 より丁寧には、簡単に美味しくするなら大火力が一つの手段。

 あ、こういう言い回しするのって、私っぽい。やっぱり僕は僕だけじゃないのかな。

 とにかく。すぐにブレーカーがとんじゃうような所で、それでも電気しか使えなかったようなのとは、質の違う料理がここではできる。概ねガス頼りで。安全基準何それみたいな道具達で。


 お米を米櫃からすくう。何回も研いでいく。無洗米? 知らない子ですね。っていうかこの時代なら本当に居ない子なんじゃ。米の面に手の平を沿わせて、手首の所まで水を張る。

 炊飯器のスイッチオン。カチン、じゃなくて、バチンッ、という感じで、力いっぱいに押さないとオンにならない。ボッ、というガス火の音がする。タッチパネル? 知らない子ですね。

 そして(比較的)すぐに炊き上がりの匂いが。蓋をあけると、”粒が立ってる”という状態のツヤツヤな平野が現れた。


 えーと確か、流しの下のこのへんに、煮干し発見。どっさり雪平鍋に入れて煮出す。きちんとした出汁なら、煮干しの頭とはらわたを取るらしいけど、うちでは取る手間を嫌って一緒に入れちゃってたなあ。あ、あっという間に沸いた。なんか凄くグラグラ沸騰してるな。やっぱりこの頃は火力が強いのかな、それとも鍋がいいのかな?

 沸いたら煮干しをすくって(面倒ならそのままほっといて)。大根と、豆腐を入れて。すぐ火が通る。あ、塩蔵ワカメがあった、これもちょっと、ってずるずるずる、ええ何処まで伸びるのこれ、うわあ一株全部ついてきた。適当にひき千切ったらその反動で塩があちこちに飛び散った。見ない振りして、軽く洗って砂と塩を落として、細かく切って鍋へ。

 味噌をどぼん。あんまり丁寧に溶き入れない。きっと勝手になんとか溶けきるさ。


 オーブンは、使った事がない。お前にはまだ触らせられないって言ってた。火事とかになるって。でもきっと私なら大丈夫。そうだ、グラタンを作ろう。

 マカロニを茹でて。なんかお肉、あ、鶏肉の悪くなりかけがある、こんなにどっさりまとめ買いするからだよお母さん、これを刻んで炒めて。シチューの素、あったこっちの引き出しに使いかけがカレールーと一緒に入ってた、あ、同じ引き出しの中のコンソメの固まりも一個取り出して。

 待てよ。シチューの素はしまい直す。代わりにこれまたかなり古くなってたバターの欠片、残り全部をフライパンで溶かして、小麦粉をちょっとずつ振り入れながら混ぜて。どろどろから塊になったら、今度は牛乳をちょっとずつで。とにかくあせらずちょっとずつ、ゆっくり丁寧に。

 ねっとりになったら他のも全部混ぜ入れて、器に半分ちょっとぐらいの深さまで盛る。

 そして、チーズをどっさり上に。

 よしついにオーブンの出番だ。

 ……予熱ってどうやるんだろう。

 取扱説明書とか、無いよね。うちは台所にそんなの置かなかったよなあ。

 いいや。適当にやろう。

 グラタンこそはまず火力、だと思う。

 電気オーブンだと、長時間頑張ってドライヤーをかけました、みたいな出来だし。

 魚焼きグリルだと、外は焦げ焦げ中は生、だし。

 火力っていうか、窯、かな。一気の高熱を保持する空間。

 そしてそれが今ここにある。

 何度も焼き加減を確認するうちに、熱くなったプレートを不用意に触ってしまい、指をちょっと火傷した。やっぱり僕にはまだ早かったか。

 でもおかげで完成。素敵な焼き色が、フツフツと踊っている。


 台所のテーブルの、僕の席、に座って。

「いただきます。」


 御飯が甘い。ほどける訳じゃないけど、拡がる。

 大根がしゃくりでしゃっきり。豆腐とワカメが柔らかい。出汁とかの色々な風味が舌を洗う。

 焦げチーズがパリッと香ばしく、併せて脂とか小麦とかが口一杯にくる。

 緑が無いとか、和洋折衷とか、主食と主食とか、考えない。

 全部食べた。食べれた。

「ごちそうさま。」

 美味しかった。なんでこんなに。



 いつの間にか、私が消えていた。

 食事中、涙がちょっと零れちゃった時に、なのかな。



 ああ、明日になったら。

 学校の鞄の中でお弁当が腐っているんだろうなあ。

 考えない。

 それに多分「トイレ太郎」とかあだ名がついてる。

 考えない。

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