こいぬのポロのおはなし

ハヤシダノリカズ

こいぬのポロのおはなし

 どんより曇ったある日、ポロはトテトテ歩いていました。

 しばらく歩いていると、大きな桜の木の下で一人で何かをしているおばさんが見えました。

 ギョロリと大きな目をしたおばさんは何だか怖かったけど、何をしているんだろう、とポロは気になって、そのおばさんを近くで見ていることにしました。

 おばさんはなにやら一人でブツブツ喋っています。

「ヒッヒッヒ。この桜の生きる力を全部吸い取って、その力で魔法の秘薬を作れば、あたしにはもう、怖いモノはないのさ・・・。ヒッヒッヒ」

 どうやらこのおばさんは魔女だったようです。そして、この桜に悪さをするつもりみたいです。

 ポロは大きくて立派なこの桜の木がかわいそうになりました。まだ、沢山のつぼみをつけたままの桜の大きな木。魔女に何かをされたら、花も咲かせることもなく枯れてしまうかも知れません。

「何とかしなくっちゃ」ポロは思いました。

 ポロが少しはなれた場所でジッと観察していると、魔女はふと顔を上げました。「おぉ、嬉しくてすっかり忘れておったわ。この儀式にはナイフがいるんじゃった・・・。」と、言うと歩いて何処かへ行ってしまいました。忘れ物を取りに帰ったのかも知れません。


 魔女が桜の下を離れてすぐにポロはその桜に駆け寄りました。「ワン、ワン!(桜さん、大丈夫?)」

 その大きな桜は何だか、すっかり怯えているように見えます。

「何とかしなくっちゃ、何とかしなくっちゃ」ポロは桜の周りをぐるぐる回り始めました。「何とかしなくっちゃ、何とかしなくっちゃ・・・」ぐるぐるぐるぐる・・・・。

 すると、小さな古ぼけたカバンが桜の木の根元に置いてあるのにポロは気付きました。

「これはもしかして、あの魔女の持ち物かな?」鼻先で、カバンの口を開けてみると、中には怪しげなものが沢山入っています。

「この中のものが無くなっていたら、魔女は困って、桜に何かをするどころじゃなくなるかも知れないぞ」と、ポロはゴソゴソカバンの中から一本のガラス瓶を取り出しました。

 綺麗な小さな透明の瓶。中には紫色の液体が入っています。

 ポロは適当に取り出したその瓶を、桜の木の根元に穴を掘って、埋めてしまいました。いつあの魔女が帰ってくるかわからないので、ヒヤヒヤしながら。

 木の根元の穴を埋めたら、またすぐに離れたところにポロは行きました。


 そうしてまもなく、魔女が帰ってきました。小脇になにやら大層な包みを抱えて。

 桜の木の下に辿り着くと、その包みから大きなナイフを取り出して、木の幹から皮を剥がし始めます。

 桜の木は少し震えたように見えました。

 画用紙くらいの大きさの皮を剥がし終わった頃、魔女はおもむろにカバンに目を向けます。

「おぉ、そろそろ薬の切れる時間じゃ・・・。さて・・・。」と、カバンの中に手を入れます。

「おや?」

「薬が無い!・・・、どこじゃ?どこにやった? アレが無いと私は、私は・・・」魔女はとっても驚き、慌てています。周りを見渡し薬を探しています。

 もしかしたら、さっき埋めたあの瓶が無くて困っているのかな? ポロは魔女が桜の木を傷つけるのをやめたので嬉しくって思わず尻尾をフリフリ振ってしまいました。

 それを見た魔女がポロの近くにやってきます。

「オマエか!オマエが薬を何処かにやったのか! 返せ、返せー!」恐ろしい形相で魔女はポロに襲い掛かってきました。

「ワン、ワン!」ポロはヒラリと逃げました。

「返せ、このバカ犬めー!」魔女はポロを追う事をやめようとしません。

 しばらく追いかけっこは続きました。

「ハァハァ、ゼェゼェ・・・か・・え・・せ・・・・」魔女はフラフラしながら、ポロに近づいてきます。

 でも、ポロは元気で利口な犬。魔女の手をすり抜けるように逃げ続けています。

 とうとう、魔女はバタリと倒れてしまいました。「あの薬が無いと私は・・・・」というや、魔女の顔には見る見るうちに皺が深く刻まれていきます。

 とうとう魔女は皺の深い老婆になって動かなくなりました。

 ポロが近くによると「アレが無いと・・・ワシは消えてしまう・・・、薬を・・・」と、魔女は言いました。ポロがどうしようかと思っていると、魔女の体は色を失い灰のようになって、グズグズと崩れていきました。そして、風が吹いてその灰を吹き飛ばしてしまいました。


「ワン、ワン!」ポロは一声吠えると、薬を埋めた所を掘り返し始めました。

 埋めた瓶は少し割れて、中身が少ししか残っていませんでしたが、ポロはそれを咥えて魔女の灰のところへ持ってきました。

 割れた薬の瓶を残った灰の上に置くと、割れたところから薬が漏れて灰に浸み込んでいきます。

 すると、灰がまた色を取り戻し始め、魔女がまた生き返りました。でも、風に沢山灰を飛ばされたので、ポロと同じくらいの大きさにしかなれませんでした。

「あれ? 何をしていたのだろう。 私はどうしてここにいるのかしら」魔女はどうやら桜の木に何かをしようとしていたことを忘れてしまったようです。そして、とぼとぼ何処かへ行ってしまいました。

 ポロは魔女がもう、桜の木をいじめない事を知って嬉しくなりました。

「ワン、ワン!」桜の木の下まで駆け寄って見上げると、桜はもう怯えていません。

 それどころか生き生きしています。幹を傷つけられたのに。

 瓶が土の中で割れて、魔法の薬が土に染み込み、それを桜の木は根から吸ったのでした。魔女を生き返らせるほどの元気の素だった魔法の薬を根から吸った桜は元気モリモリになる事が出来たのです。

「ワン、ワン!」ポロは嬉しくなって思わず吠えました。

 そして見上げると、満開の桜が空を覆っていました。

「ワン、ワン!」綺麗な桜、ポロはまた嬉しくなって吠えました。

 いつの間にか曇っていた空も晴れ、青空の下に元気に桜が満開です。

 嬉しい気持ちを胸にポロはまた歩き始めました。


 -おしまい-

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