普通

ハヤシダノリカズ

【普通】

「何度言ったら分かる。ホウ!レン!ソウ!報告、連絡、相談!これらの徹底は二、三度言われりゃ普通できるだろ」

 棒立ちのオレをイスに座ったまま見上げている上司は苦々し気な顔をしてそう言った。


「え? これくらい普通、親が買ってくれるだろ?」

「いいなぁ、羨ましい」と言った僕に、きょとんとした顔をして、たかし君はそう言った。僕の家には一つもないおもちゃに囲まれながら。


「オレたちもまあまあいい歳だしな。これ位の収入、普通あるだろ」

 スーツが似合うようになった同級生の佐々木はそう言った。オレの倍以上の金額を口にした後で。


「普通6段くらい簡単に跳べるよな」

 何度も何度も踏み台の上で、お腹を跳び箱に貼り付けている僕の後ろで、同級生たちが喋っている。


「この歳になりゃ、普通、彼女くらいいるさ」

 制服のボタンを留めながら、涼しい顔をして伊藤は言う。


「クルマの免許の試験くらい、普通一度で受かるよな」

 バカにした調子で坂下は笑う。


「風呂は毎日入るものだし、歯は毎朝毎晩磨くものだ。それが普通だ」

 目の前の教師は嫌悪感を隠そうともしない。


「あぁ、そうだ。お前は哀しいヤツだよ。今まで辛い人生を送ってきたよな」

 アニキだけはオレを受け入れてくれた。アニキに出会えてよかった。

「そうさ。これからはオマエがそいつらを見下ろす番さ。金さえあれば、何でも出来る。そいつらを見返してやれ。今度はオマエがそいつらの上に立てばいい」

 金が手に入るんだね。それも大きな額の金が。

「なぁに、難しい事じゃない。ソイツの引き金を引くだけでいい。今回のヤマは簡単だ。お前に経験を積ませてやろうってオヤゴコロよ。標的のコイツの頭か胴体に狙いをつけて引き金を引くだけでいい」

 一枚の写真をヒラヒラさせながらアニキは言う。

「頭か胴体を打ちぬかれりゃ、普通、人は死ぬ」

 ポスッポスッっと渇いた音がした。

 本当だねアニキ、頭か胴体を打たれたら人は死ぬんだね。

 喋る事を止めたアニキに「バイバイ」と言って、オレは部屋を出た。

 

 弱肉強食の世界にオレは生きている。

 弱いというのは食われるって事だ。強いっていうのは食らうって事だ。

 今日も水牛を狩り、肉を食らった。明日はハイエナ共と一戦交えようか。

 おっと、今日もメスライオンがやってきたな。何を言っているのか分からないが、どうやらオレの事を心配してくれているらしい。このメスライオンはたまに偉そうなカバを連れて来やがるが、あのカバ野郎はどうにもいけ好かない。まぁ、オレに恐れをなして威嚇しているのだろう。たまに格子の付いた窓のような幻覚が見えるが、問題ない。このサバンナでオレに勝てる存在などないからな。


 この弱肉強食の世界で生きていれば、ごく稀に幻覚を見る事だってあるだろう。


 それが、普通、だ。

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普通 ハヤシダノリカズ @norikyo

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